第7話 女とバレたらお終いよ!
「ようバカシャル! 遊びに来たぜ――」
「えっ――」
自室で着替えていたところに、義兄のセイが突然入ってきた。
直前にガレイに女の子だってバレそうだったピンチを乗り切って、すっかり油断していた私。
そのせいでセイに着替えを見られても、ただ唖然としてしまうの だった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「はああぁぁ……」
セイに着替えを見られて二日が経った。
その間、私は気が気じゃなかった。
「……女だって、バレちゃったなぁ」
あの後、セイは気まずそうな顔をして部屋を出て行った。
『間が 悪かったな、すまん』とだけ言っていた。
あの反応、完全に女だってわかってる感じだった。
「もう、なんであのタイミングで来るのよぉ……」
ホントサイアク……。
いくら義兄弟と呼び合う仲でも、いきなり部屋に入ってくる普通?
私は仮にも王子なんだから、せめてノックの一つや二つくらい入 室するまえにすべきじゃないかしら!
そもそも、私の部屋に鍵がないのはおかしいでしょう。
なによ、あんなに立派な部屋なのに、鍵が無いって!?
メイドに聞いたら、王子の部屋に無断で入る者なんてこの王宮にはいない。
故に鍵の必要はない、とのことだった。
「思いっきり無断で入ってきてるんですけど……。しかも二人とも私の関係者だし。どうなってるのよ、攻略対象のキャラはルールを守れない人しかいないの?
ひょっとしてワル系目指してるの? ゲームキャラならともかく、リアルだとそれで惹かれる要素ないから!
だってヤンキーとかな らともかく、ただの自己中非常識なだけじゃない!」
他の乙女ゲームで主人公に向かって「お前は俺のものだ。俺だけの奴隷だ……誰にもお前を渡さない」って言うキャラがいた。
当時は私もキャーー!! ってはしゃいでたけど、この世界で似たようなこと言われたら、私は逃げるよ。
リアルでそんなこと言われたら、やべーやつじゃんこいつ……っ て思う。
美形であればあるほどうわ……ってなる。
つまりは、フィクションで許される行為でもリアルだと割と迷惑よねってこと。
今回のガレイとセイが部屋に入って来たのもそう。
セイに女ってバレたせいで、一昨日から寝付けないし。本当、困ったわ。
受験のストレスで眠れないって言ってたゆりちゃんの気持ちが今なら分かる。
モヤモヤとした気持ちと、漠然とした不安が混在してる感じ。
イライラとオロオロで日中も気分が悪い。
私はストレスを感じていた。
「でも、このまま放置してたらセイが周りの人にバラしちゃうかもしれないわ……。そうなったら、王位継承権剥奪はもちろん、責任追及されて国外追放……いえ、運が悪かったら死刑!?」
さ、流石に死刑は無いわよね。
不安になって大げさにものを考えちゃってるだけよね。
うん、そうよ。きっと大丈夫。セイも秘密にしてくれるはずだわ。
なんたって、義兄弟なんだし。
…………でも、ゲームだと何故か知らないけどセイはシャルルを失脚させようとしてるのよね。
裏で色々と動いて、シャルルの妨害をしているってゲームのキャラ紹介にもあったし。
じゃあ、今頃私の正体をバラしてるんじゃ?
もしそうだとしたら、色々な人が父上に事実を確認しに行ってるかも?
「やばいわ! 大ピンチじゃない! もう、バカバカ私ー! なんでセイを最初に攻略しなかったのよー!!」
こうなったら居ても立っても居られないわ。
すぐにでもセイのところに行かなくちゃ!
私は準備を整えると部屋の外に飛び出した。
「し、シャルル様!? 急に飛び出してどうなされました?」
「セイのところに行ってくる! マリア、付いてきて!」
私の専属メイドのマリア(十五歳)を同行させてセイのいる別棟の部屋に向かう。
「もう、シャルル様はこの数週間で別人みたいになりましたね! 急に叫んだり難しい顔をしたかと思えば部屋を飛び出したり! お世話する私の身にもなってください」
「前の悪ガキよりマシでしょ! これでも反省したんだから! 急いでマリア、ボクの未来のためにも!!」
「よく分かりませんけど、お供いたします!」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「セイーーーー!!」
義兄の名前を呼ぶと同時、勢いよく部屋の扉を開ける。
セイは机に肘をついて、つまらなそうに本を読んでいた。
「おい、バカシャル。人の部屋に入る時はまずノックをしろ。ノアロードの名前が泣いてるぞ」
「これでおあいこですよ。でさ、セイ。ボクがここに来たワケは分かってますよね」
セイは本を閉じて雑に机に放り投げる。
そんなことして、さっきまで読んでたページが分からなくならないのかしら。
興味なさそうに読んでたから、どうでもいいのかな。
「ここに来たワケって言うと、一昨日のあれだよな。いや、そりゃそうか。あんなの見られたら、言いふらされないか心配するか」
「やっぱり……」
セイの言い方から、私の正体が女だってバレてると分かってしまった。
どうする、セイを口封じする? でもどうやって?
「はあ……はあ……シャルル様、速いですよ……」
遅れてメイドのマリアがセイの部屋の前に到着する。
「おっと、他にお客さんが来たみたいだな」
「セイに逃げられないようにしないといけませんからね」
「ハハっ、我が義弟は用心深いことで」
「マリアはそのまま部屋の外で待機。大事な話があるから、そこで 待ってて。誰も部屋に入れず、ボク達のどちらかが抜け出そうとしても止めて欲しいんだ」
「なるほど、了解しましたシャルル様」
マリアは扉を閉めて廊下で待機する。
これでこの場には私とセイの二人だけとなった。
さて、話し合いのお時間よ。
「セイ、この前見たあれだけど……誰かに言ったのかな」
「いいや、まだ誰にも言ってない。言うつもりもない。あんなのを見て、誰かに言いふらしたくなる気持ちも無くはないけどな」
「そう……」
セーーーーフ!!
セイはまだ私が女だってことを誰にもバラしてない。
もちろん、セイが嘘を言ってる可能性もある。
でも、ここで嘘を言う必要があるかしら。
無いわ。
セイの性格上、誰かにバラしたのを私に黙っているより、バラしたことを明かして反応を見るに決まっている。
私の嫌がる表情を見るチャンスをわざわざ逃す真似はしない。
ってことは、本当に誰にも言ってないんだわ。
ふう、よかった……。
「我が義兄ながら、口の硬さに感心します。ボクとしても、あんなこと人に知られたら生きていけないからね」
「だろうな。王子であるお前に、まさかあんな秘密があるなんて知 られたら、王宮は大騒ぎだ。陛下もきっと、責任を追及される。そんなこと俺は望んでないからな。そりゃ、無闇に言いふらさないさ」
確かに、セイの言う通りだ。
私の正体をバラしたら大騒ぎになる。
だから簡単にバラすような ことをしない。
もしセイが短慮な子供だったら、今頃炎上騒ぎになってたわ。
でも懸念事項もある。
それは、ゲームだとセイがシャルルを裏切るような設定があることだ。
ゲームの事前情報を鵜呑みにするなら、セイは少なからず私に良くない感情を抱いていることになる。
それが幼い頃からなのか、ゲーム開始時点なのかは分からない。
だからこそ、疑心暗鬼になっちゃうのよね。
セイのことを信じていいのか、どうか。
「なんだよバカシャル、その人を疑った目は」
「本当にバラさないか心配なんですよ。ひょっとしたら、王宮が大騒ぎになることでセイに利があるかもしれないから」
「はあ? お前の評判下がることで、俺が得られるメリットって何だよ。むしろ義兄弟として俺の評判も下がるわ」
「むう……確かにそうですね」
困ったわね……セイを疑う要素がないわ。
というか、私も別にセイを疑ってるワケじゃない。
ゲームの設定を知ってるから、本当は裏で何かしてるんじゃないかなって勘ぐっちゃうだけだ。
この世界のセイとは本当に兄弟みたいに仲がいい。
私のことを裏切るなんて、とても思えない。
だから、疑うのはやめるわ!
よく言うじゃない。相手に信用されたいなら、まず自分が相手を信用するんだって。
疑う前に相手を信じる。それが大事なのよ!
「わかった。ありがとうセイ、黙っててくれて。君が誠実な人でよかった」
「何を今更。それによ、言えるワケないだろあんなこと」
「確かに……。セイも驚いたでしょ? ボクがまさか女――」
「まさか、バカシャルに女装趣味があるなんてな」
衝撃が、走った。
「今、なんて言いました?」
「だから、我が義弟がまさか自室で女装してるなんて思いもしなか ったなって言ったんだよ。でもお前もお前だぜ。誰も見てないからって、パンツまで女物を履くとかどんだけハマってんだよ!」
「ええええ〜〜〜〜!?」
なんという事でしょう。
セイは私が着替えているところを見て、私が女だと気付いたんじ ゃなくて。
私が、女装趣味のある変態男子だって思ったらしい。
いや、何よその勘違い!
だって、あの時私はシャツも脱ごうとしていた。
下だけじゃなくて上も見られてた、と思う。
その上で男って思われてるわけ?
なんでよ!?
…………あ、そっか。
前世も今も、私の体には共通してある一つ欠点がある。
絶壁。
それはもう、驚くほど無い。
前世の私の体を見て、親友のゆりちゃんがポツリと言ったのよ。
嘆きの平原って。
その後ゆりちゃんはシメテヤッタワ。
……この体がまだ十歳だということを差し引いても、全く無いの よね。
…………胸が。
くそーーーー!!
そういうことね! なるほど合点がいったわ!!
セイは私の胸を見て、こんな丘が女のはずがないと思ったんだわ。
女じゃないなら女装してる変態としか思えない。
シャルルは女装 趣味の変態だ! と思ってしまったのね。
いや、正体がバレるよりかはいいけど……どうなのよこれ。
なんか、無性に悲しいんですけど。
「どうかしたか、バカシャル」
「いや、何でもないですよ。それより、他の人に言わないでね絶対」
「フフフ、言わないとも。こんな面白いこと、俺だけの秘密にするに決まってるだろ」
「それボクをいじる為のネタにする気でしょ!?」
「当然じゃないか、察し悪いな義弟。それより、剣術もいいけどお前もうちょっと体鍛えた方がいいんじゃないか?」
セイが私の全身を眺めて言った。
全身を見られてるけど、その視線に不快感はない。
男って思われてるのが効いてるのかもね。
「そんな貧相な胸板じゃ、相手に舐められるぞ」
「ふんっ!!」
「あいたっ!? 何で頭を叩く?」
「別に、何となく」
「何となくで義兄の頭を叩くなよ!」
私の胸を貧相というやつは、ゼッタイユルサナイ。
まあ、セイは勘違いしてくれたこともあるから大目に見てあげよう。
「じゃあ、ボクは行きますね。わざわざすみませんでした、セイ」
「おう、構わないさ。それとバカシャル、その敬語つかうのをやめ ろよ。俺たち十年の付き合いなんだから、そんなかたっ苦しい喋り方しなくていい」
「……! ああ、そうだね。分かったよ、セイ。じゃ、また剣の稽古見に来てね」
「おう、後でな」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「ふんふんふ〜〜〜〜ん♪」
「随分とご機嫌ですねシャルル様」
「まあね〜〜。これも怪我の功名ってやつかな」
セイの疑惑も晴れたし、セイとタメ口で話せるようになって気分 がいい。
実は、シャルルはゲーム本編の時期でもセイに敬語で話していた。
義兄弟のように育ったけど、本当の兄弟のように仲がいいわけじゃない。
それがゲームでのシャルルとセイだった。
まあ、他のキャラのルートやってる時に流れた会話を見た印象だけどね。
セイルートをやっていたら、印象変わったかもしれない。
「とにかく、今回のトラブルを経てセイとボクは前より仲が良くな ったのは間違いない! これで憂いの一つが無くなったようなものさ!」
「まあ、それは喜ばしいことですね」
メイドのマリアはニコニコと笑っている。
うん、私の会話内容を理解出来てないはずなのにこの笑顔。
主人を立てるメイドの鏡ね。
マリア。ゲームには出ていなかったこの世界特有の人物だけど、 あなたはとっても素敵よ。
いつまでも私の世話をしてもらいたくなる程だわ。
「そういえばシャルル様、今度私の弟が使用人見習いとして王宮に入ることになったんですよ」
「へえ、姉弟そろって王宮で仕えるなんて素敵じゃないか。君の弟にも、いつか会ってみたいな」
「弟は基礎もろくに分かっていませんから、シャルル様に会わせられませんよ」
「そっか、じゃあしっかりと学んだ後に会えるのを楽しみにしてるよ」
マリアの弟ってことは、その子もきっとゲームには登場してない 人ね。
マリアと一緒で優秀な使用人なら嬉しいわ。
さて、セイの問題も解決したし、そろそろアレをどうにかしない とね。
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