第6話 近衛騎士の誕生よ!

 ガレイに剣の稽古をつけてもらうようになってから、数週間が過ぎた。

 一日の内空いてる時間にガレイを誘って、基礎的な型の構えや素振りの練習をしていた。


 なぜかセイがいつも見学に来ていたけど、暇なのかしら。


「ふっ! えいっ!」


 木剣を両手で持って素振りを繰り返す。

 最初の頃に比べたら、中々様になってきたんじゃないかしら。

 木剣を振った時にビュオ! ビュオ! と鳴る風切り音が心地いい。


「ねえ見てよガレイ。私の素振りも結構上手になったんじゃない?」

「そうですね、殿下は筋がいい。あっという間に基礎の型を覚えてしまわれた」

「そう? まあ運動は嫌いじゃないしね。前世はインドア派だったけど、体育の成績は良かったし」

「ぜんせ? たいいく?」

「何でも無い、失言だから忘れて」


 ガレイの指導はとても丁寧で分かりやすかった。

 初日に私とセイが剣で打ち合うのを見て、私に合った教え方をすぐに考えてくれたらしい。


 一瞬で教育方針を思いつくって、スポーツのトレーナーとかなら超優秀よね。

 おかげでわずか数週間で、素人から初心者にレベルアップ出来た。


「ガレイって優秀だね! 素人のボクでも、目に見えて上達してるのが実感できるもの!」


 これで強くなって、来るべき破滅フラグから逃れてやるのよ!

 そのためにもガレイと手合わせ出来るレベルになって、彼の剣筋を覚えてやるんだから!


 攻略対象の中で一番強いガレイと戦えるようになれば、少なくとも戦闘で死ぬ未来はなくなるものね!

 私って天才じゃない? 自分の発想の豊かさに惚れ惚れしちゃう!


 私が浮かれていると、ガレイがポツリと呟いた。


「私は……優秀な騎士なんかじゃありません」


 ガレイの声はとても小さく、まるで怒られた後の子供みたいだった。

 ガレイの顔はとても思いつめた表情をしている。


「優秀じゃないって、そんなことあるかよ。なぁバカシャル」


 ここで私がガレイの言葉を否定して『そんなことないよ』と言うのは簡単だ。

 慰めるために優しい言葉を言う。本人を傷つけない選択肢を選ぶ。一番簡単な行為だ。


 でも、ガレイはそんな言葉を言ってほしいわけじゃない。なんとなく、そんな気がした。


 なぜガレイはそこまで自信がないのか。

 それは、親に否定されているから。

 周囲の人間に努力を当然の行為だと言われているから。


 だから自分に自信が持てない。

 自分に人より優れた才能があることに気付けていない。


 でもそれはゲームの情報だ。眼の前のガレイから聞いたことじゃない。

 だから私は、目の前の男の子の気持ちを知りたくなった。


「……ガレイは、どうしてそんなこと言うの?」

「私……僕は、落ちこぼれなんです。父に比べて秀でたところがないし、教えてもらったことを繰り返すしか出来ない馬鹿なんです。

 周りの大人たちも、僕のことをちっとも認めてくれない……」

「だから自分は大したことないって思うの?」

「……はい」

「そっか」


 ガレイの悩みはゲームと同じだ。

 親と周囲の大人が厳しい。それがガレイの悩み。


 乙女ゲームの公式サイトに載ってるような情報だ。

 ガレイルートを攻略してない私でも知っている。


 でも、聞けてよかった。

 本人の口から苦しそうな声色で、ポツポツと言葉を紡いでいる姿を見て、ほっとした。


 相手の悩みを知ってることと、本人がそれを吐き出せるかは別なのよね。


「ガレイ、一つここでボクと勝負をしよう」

「え? え?」

「そら、ボーッとしてたら危ないよ! えいっ!」


 私は木剣を持って、ガレイに斬りかかる。


 前世の記憶が戻る前に比べて、いくらかマシな構えだと思う。

 流石にこの前の振りは酷すぎた。あんなの、幼稚園児の方がマシよ。


 というか、シャルルの身体能力は結構高い。

 前世の私は女子ながら五〇メートルを七秒ジャストで走れるくらい運動神経は良かった。

 でも、シャルルはそれ以上だ。


 なんでこれほどの身体能力があって、あんな酷い剣の振り方が出来るのか疑問に思うわ。


「おいバカシャル! お前いきなり斬りかかって危な――」


 セイが叫んで止めようとしたが、その制止は無意味だった。

 だって、次の瞬間には不意打ちで攻撃を仕掛けた私の方が、地面に倒れていたから。


 ガレイが一瞬でカウンターを決めたのだ。


「うう……痛い」

「ハッ……! だ、大丈夫ですか殿下! ああ、僕またやってしまった……」

「おいバカシャル怪我してるじゃないか!」

「だ、大丈夫大丈夫。これくらいなんともないよ」

「で、でも腕が擦りむいて血がいっぱい出ています!」


 流石ガレイね。ガレイの剣を持つ手が動いたと思ったら、もう地面に倒れていたんだもの。正直混乱したわ。

 ひょっとしてガレイは時を消し飛ばす魔法でも使ったのかと思って冷や汗をかいたわね。


 やっぱりとてつもなく強いわ、ガレイは。

 これで自信がないとか他の騎士たちがちょっとかわいそう。


「どっこらせっと」


 倒れた体を起こして、地面から立つ。

 ついでに体についた土を叩き起こしておこう。


「……お前本当に大丈夫か?」


 ガレイとセイはとても心配そうな表情で見ている。

 心配性ね、これくらい怪我のうちに入らないのに。


「殿下、今すぐ医務室に――」

「いいかガレイ!」

「――っ!」


 私が大声を出したことでガレイの背筋がピンと伸びる。

 怒られると思ったのかな?

 残念でした。絶対に怒ってなんてあげないから。


「君の死角から不意打ちで攻撃したのに、ボクは情けなくも君に返り討ちにあった。これをどう思う?」

「はい。本当に申し訳――」

「そうじゃなくて、不意打ちを仕掛けたこっちがやられたことをどう思う?」


 ガレイは不思議そうに首を傾げる。


「いや、不意打ちくらい防げて当然では? 視覚と聴覚が同時に潰されているとかでもない限り、不意打ちを防いでカウンターを決めるのは当然でしょう」

「ねぇセイ。ガレイの意見どう思う?」

「化け物かよ」

「?」


 ガレイは本当に分かっていないって表情をしている。


「いいかいガレイ。普通の人間……いや、普通の騎士なら不意打ちなんて簡単に防げないんだ」

「え!? そうなんですか? 不意打ちってカウンターを決める格好の獲物だと思ってました」

「その発想自体が化け物じみた実力を物語ってるよな」


 セイの言う通り、ガレイの考え方は常人のものじゃないわ。

 どこの世の中に不意打ちは反確(反撃確定の略)だから美味しいですなんて言う騎士がいるのよ。

 しかもそれが普通だと思ってるし。


 ひょっとして、一般の騎士との違いを自覚させたら自信を持てるんじゃないかしら。


「よーし、そうなったら早速出発よ! ついてきなさいガレイ! セイ!」

「また急にどうしたんだよバカシャル! 待てってば!」

「ま、待ってください~~」


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「で、殿下~! どこに連れて行くんですか~?」

「それは、ここさ! ねえ、そこの貴方!」

「ん? おや、珍しいお方がいらっしゃった。どうなさったんですか殿下? こちらの第二訓練場まで来るなんて珍しいですね。こっちは広いだけで何もないから、イタズラのしがいが無いって嫌ってましたよね」

「ちょっとした用事があってね」


 私が会いに行ったのは、騎士団の小隊を指揮する小隊長だ。

 小隊長は二十代と若く、ガイアース卿ともそれほど親しくない。

 ガレイのことを偏見の目で見ないだろうと、この人を選んだ。


「小隊長! ガレイと手合わせしてあげてくれる?」

「ガレイ……ああ、団長の息子さんですか。噂では子供ながらに大人並みの腕前だとか。別に手合わせ程度なら構いませんが、なぜそんなことを?」

「いいから、これは王命だよ!」

「バカシャル、お前は王様じゃないだろう」


 セイのツッコミは無視する。

 私だって王様になりたいわけじゃない。むしろお断りである。

 でもこれは王命だ! って台詞はいつかは言ってみたかったのよね。


 別の乙女ゲームで、王子様キャラが他の攻略対象達を奮い立たせて主人公を助けに行くって盛り上がりどころで言ってた台詞だ。

 真似してみて、あの名シーンが脳裏をよぎる。

 ああ、ジークフリート王子尊い……。


 私もあのキャラのように王子としてビシッと決めたいけど、シリアスな時に言う機会なんて無さそうだし、思いつきで今言っちゃったのだ。

 本当に、シリアスな機会が来なければいいけど……。


「じゃあ手合わせ願おうか。団長の息子さんだから手加減したほうがいいかな?」

「いいえ、手加減無用です。よろしくおねがいします」


 さっきまで困惑していたガレイだけど、剣の話になると一気に表情が引き締まる。


「おお、その若さで随分といい顔をするね。これは確かに、大人顔負けの迫力だ」


 ガレイは実感できてない様子だ。


「よし、こうなったらとことん戦ってみよう! そして、いかにガレイがすごいか分からせてやるんだから!」

「戦うのも分からせるのもガレイなのが、なんともおかしいな」

「いいから行くよ! レッツゴー!」

「殿下、私の脇腹の心配をしてくれると有り難いのですが」

「ありがとう小隊長、あなたのことは父上によく伝えておくよ!」

「シャルル殿下サイコー!」


 うんうん、これが王子に対する正しい反応よね。


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 その後も私達(というかガレイ一人)は第二訓練場にいる騎士たちに勝負を挑んだ。


「グワー!」

「やられた、私もまだまだですね……!」

「この剣筋、まさに騎士団長そのもの……!」

「うおおおおお! このエーリッヒ隊長、絶対に絶対に負けるものかああああ……ぁぁ負けたぁ」


 倒した相手が十人を超えた辺りから数えるのを止めたけど、訓練場にいた騎士全員を倒したと思う。


「ふぅ……父上以外と勝負したのはこれが初めてでしたけど、中々の緊張感でした」


 ガレイは息切れ一つしていなかった。

 いや、十歳でこの強さって強すぎじゃない!?

 チートじゃない、こんなの!


 今更ながら、私は自分の行いが恐ろしく感じてきた。

 ひょっとして、私はとんでもない眠れる獅子を起こしてしまったんじゃないか、と。


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「それで、結局殿下は私に何を伝えたかったんですか?」

「あのね、この光景を見てもまだわからない?」

「えっと、誰も立ち上がりませんね。みんな倒れてます」


 訓練場にいる倒れたままの数十人の騎士達を眺めて、出てくる感想がそれかぁ。

 これはもう、言葉にして伝えるしか無いわね。


「あのね、ガレイ。騎士数十人相手に息切れせず、一発も攻撃を受けずに全員倒し切るって十歳の子供が出来ることじゃないよ!」

「というか、大人の騎士でも無理だろうな」

「はぁ……でも、父上はこれくらいのこと出来て当然だと言うと思います」

「それ! 君が自信を持てないのは父上と自分を比べるからだよ!」


 さっきガレイが言っていた。

 父上以外と勝負するのは初めてだって。


 つまり、ガレイの中では敵イコール騎士団長しかいないのだ。

 今まで父親としかまともに手合わせしたこと無いせいで、負けの経験しかない。


 周りの大人も、負けてばかりの子供を見たら失望するだろう。

 普通ならいいところを少しでも見せれば、期待されるはずだ。

 でも相手は騎士団長。少しの隙きもない相手にどうやっていいところを見せればいいのだ。


「ガレイ、君は並の騎士の数倍強い。騎士団に入れば十指に入る実力があるんじゃないかな。君は弱くない、むしろかなり強いってことを認識すべきだ」

「俺も同感だ。正直戦ってるときのお前は辛そうだった。失敗しないよにと気を張ってるようで、ちっとも楽しそうじゃない。

 それほどの腕があるなら、慢心しろとは言わんがもうちょっと楽でいればいいのに」

「私は、強い?」


 ガレイはもう一度、周囲の騎士たちを見る。

 自分が倒した相手たちを。

 自分の実力の証拠を。


「父上や周囲の大人が何を言おうと気にするな。

 仮に騎士団長の実力が一〇〇だとして、君が五〇だとする。

 でも普通の騎士は五や十なんだ。それをわかってほしい」

「自分の実力を把握してないと、いかに強くても命を落とすこともあるぜ。

 バカシャルはお前に立派な騎士になってほしいと思ってる。

 自分と他者の力量差をきちんと測れるやつは戦場で生き残りやすい。

 そんなやつは、さぞ立派な騎士になれるだろうさ」

「…………少し、考えを整理させてください」


 ガレイはその場では納得できなかったようで、ゆっくりと帰っていった。



 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 次の日――


「殿下! 殿下はいらっしゃいますか!」

「きゃあああ! 急に入ってこないで――コホン。急に入ってくるなガレイ、不敬だぞ」

「はっ、すみません! 嬉しくてつい!」


 あっぶなかった~~~~!!


 着替え中に急に部屋に入ってくるものだから、女の子だってバレちゃいそうだったわ!


 幸い下着姿なのは下だけで、上はシャツを着ているから助かった。

 テーブルがちょうどいい高さで下半身を隠してくれているから、このまま乗り切ろう。


「それで、そんなに慌てて何かあったのかい。昨日までとまるで別人だよ」

「はい。実は殿下に言われたこと――私は今のままで既に十分強いということを父上に確認したのですが……」


 ガレイの話を聞くと、あの後騎士団長に昨日の出来事を話したらしい。

 最初は怒られたそうだけど、話をしていく内に怒られることはなくなった様だ。


「父上も私が他の人と勝負したことがないことは失念していたらしく、私が数十人の騎士を倒したことを聞いたら褒めてくれたんです。人生で初めて、父上に褒められました!」

「そっか、よかったね。ガイアース卿に認められたってことだもの」

「ええ! でもそれだけじゃないんです。話をした後、父上から手合わせしようと誘われて、一本勝負をしたんです。そしたら……」


 ガレイはここまで興奮して喋っていたからか、少しむせた。

 落ち着くように背中を擦っておこう。


 ガレイは呼吸を整えて、大きく息を吸った。


「なんと、初めて父上から一本取ったんです! あの騎士団長の父上からですよ!?」

「えっ!? 騎士団長に勝っちゃったの!?」

「い、いえ。もちろんあくまで遊びの手合わせなので、勝ったことにはなりません。ただ、あの父上から一本取れたことが嬉しくて嬉しくて……!」


 ガレイは今にも飛び上がりそうなほど、全身から喜びオーラが溢れ出している。

 その嬉しそうな笑顔は、どこか犬に似ている。

 甘えん坊の、大型犬の雰囲気を微かに感じた。


「殿下! これも殿下のおかげです! 自分の実力をしっかりと把握し、父上と自分の差を認識できたからこそ、私は父上から一本取れたのだと思います。

 壁を乗り越えたような感覚を味わえたんです! 本当にありがとうございます!」

「うん……本当に、おめでとうガレイ。君の実力を、誰よりも君自信が認めてあげたようで嬉しいよ」

「私は今まで自分はだめだ、落ちこぼれだとしか思ってませんでした。

 自分の力がどのあたりなのか、父との差はどれくらいなのか考えもしませんでした。

 でもそれは思考停止をしてたんですね。ですがもうそんなことは止めにします!」


 ガレイは部屋の中央まで来て、私の眼の前に立つ。

 そして、ガシっと両手を掴んできた。


 うわぁ、ちっちゃい手だけど、剣だこが出来てる。

 この小さな硬いたこだけでも、ガレイの努力が垣間見える。


「殿下、私はあなたのためにこの身を捧げます! 殿下をどんな危険からも守れる立派な騎士になってみせます!」

「う、うん! 期待してるよガレイ! でも、ちょっと近づき過ぎかなぁ……もうちょっとで見えちゃいそう……じゃなくて、部屋の中には極力人を入れないようにしているんだ。身の安全のためにね」

「そ、そうでしたか。近衛騎士になったからには、常に殿下の側に控えていようと思っていたのですが……」


 シュンと落ち込むガレイ。叱られた犬みたいで、ちょっとかわいい。


 でもごめんね。

 常に側にいられたら、私が女だってバレちゃうから!

 それだけは避けたいから、ごめん!


「き、気持ちはありがたいけど、ボクも人の子だ。一人で安らげる空間が欲しいのさ」

「確かに……休養は体だけでなく心を休ませるためにも重要ですね。

 今回の件で、精神面の重要さを痛感しましたし、殿下がしっかり休むために必要なら仕方ありません」

「ほっ……」

「では殿下! これからもあなたに忠誠を誓わせていただきます! また午後の稽古で会いましょう!」

「うん、じゃあまた後でね! ……ふぅ」


 ガレイが部屋から出ていって、一安心だ。

 危なかったぁ、もう少し机に乗り上げて視線が下に行ってたらパンツを見られてた。


 でも、女の子だってバレなかったし、これで問題なし。

 さて、すぐに着替えを済ませて私も外に出ようかな――――


 ガチャリ


「ようバカシャル! 遊びに来たぜ――」

「えっ――」


 一難去ってまた一難。

 着替え中の姿を、義兄のセイに目撃されてしまいました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る