第5話 義兄のセイがやってきたわよ!

「剣術の稽古だ!」


 王宮をぶらぶらと歩いていると、偶然ガレイを見つけた。ちょうどいいと思って、ガレイの手を取り訓練場へ連れて行く。

 いきなりのことだったからか、ガレイは困惑している。


「いきなりどうしたんですか殿下。剣術の稽古って、先日のような ことをするって言うんですか?」


 ガレイは心配そうな顔でこちらの様子をうかがっている。

 そりゃそうよね。だって、シャルルはつい最近ガレイに剣術の稽 古と言ってイタズラをしようとして痛い目にあったんだもの。

 また 懲りずに同じことをするつもりかって思われても仕方がないわ。


「大丈夫だガレイ。流石にボクも反省してる。もう剣術の稽古でイタズラはしないと誓うさ」


「そうですか……。ですが、もしまた殿下が怪我してしまったら私 は……」


「心配しないで、ガレイ。もしまた頭を打っちゃったりしても、ボ クの自己責任だってちゃんと父上には言う。君の父上のガイアース 卿にも、既に許可はとってある。さあ、ボクに稽古をつけてくれ!」


「うう…………」


 私の頼みを聞いても、ガレイの反応はあまり良くなかった。

 というか、どうやって断ろうかと迷ってる気がする。

 そんなに私に教えるのが嫌なの? ……今までの行いを考えたら、 嫌に決まってるわね。


 でも、私は諦めない。意地でもガレイに剣術の稽古をつけてもら うんだから!

 だって、破滅フラグを回避するために最も必要なのは強さだから!

 ほとんどのルートでシャルルは死ぬか大怪我を負う。そうじゃな くても国外追放や廃嫡されるなんて散々な結果になる。


 そうなる原因は大きく分けて二つ。

 一つは物語の終盤で、攻略対象相手に決闘を挑んで負ける。もし くは魔剣に乗っ取られて暴走しているところを攻略対象に倒される。

 もう一つは、引くほどの悪事を行い主人公を追い詰める。その行 いが攻略対象の怒りを買い、罪を断罪される。


 乙女ゲームでよくあるシーンよね。

 他のゲームだと悪役王子じゃなくて、悪役令嬢が断罪されるけど。

 まぁ、シャルルも男装しているだけで、実質悪役令嬢みたいなも のか。

 そう考えると、ますます恐ろしいわ。

 いつ破滅が訪れるのかと、背中がヒヤリとする。


「わた……ボクはなんとしても、破滅フラグをかいひしないといけ ないんだ。そのためにも、強くなる!」

「ふらぐ……?」


 来たるべき破滅、その原因はさっき言ったように二つある。  でも、私が対策するべきなのは一つだけでいいと思っている。


 悪事を働いて断罪される? そんなの、悪いことをしなければい いだけじゃない。

 私は人をいじめる趣味なんてない。

 人付き合いも特別得意なわけじゃない。

 わざわざ他人を虐めるためだけに、嫌いな相手に絡んでいけるほど余分なコミュ力を持ち合わせてなんかないの。


 だから警戒すべきは一つ。

 攻略対象に倒される未来だ。


 こればかりは、今の私じゃ防ぎようがない。

 攻略対象と戦わないように行動しても、ひょんなことから決闘す る羽目になるかもしれないもの。

 もし戦わなければいけない状況になった時、何も手立てがなきゃ 一方的にやられちゃうに決まってるわ。


 じゃあどうすればいいのか?

 答えは簡単、鍛えるのよ!


 そのためには、将来剣の達人になるガレイに早いうちから稽古をつけてもらうのが一番!


 ついでに、ガレイの剣術の癖なんかも調べられたらなぁ、と思っている。

 だって、現状一番危険な相手はガレイだもの。

 ガレイは攻略対象の中で一番剣の腕が立つ。だから、私の中の警戒レベルが一番高く なるのも当然ね。


「というわけでガレイ。まず何をすればいいの?」

「何がどういうわけなのかは分かりませんが……。殿下の決心は固いようです。わかりました。殿下の鍛錬に、私も微力ながら協力させていただきましょう。差し当たり、殿下にはちゃんとした剣の型 を覚えてもらいます」

「剣の型……?」


 前世が日本人の私が剣の型と聞くと、北辰一刀流とか天然理心流という日本刀の流派が思い浮かぶ。


 思い浮かぶって言っても名前だけしか知らない。

 以前プレイした明治時代が舞台の乙女ゲームで、攻略対象たちの流派が実在の剣術を参考にしていた。

 それで、名前だけ知ってるのだ。


 ちなみにそのゲームの名前は【明治剣客恋愛譚】。激動の時代の明治を駆け抜ける男たちの熱く切ない恋物語だ。

 私の好きなゲームの一つでもあるのよね。


 刀とイケメンの組み合わせは正義。これは宇宙の絶対の法則よ。


「剣の型って、構えとか振り方とかそういうものを習っていくのかな?」

「はい。殿下はご自分の腕前がどのくらいか、把握出来ていますか?」

「ゔ……。えっと、だいたい初心者を抜け出せたように見えなくも無いと言えるような気がしなくもないレベル……かな?」

「そうです。全くの素人です」

「どストレートに言うの!?」

「失礼ながら、剣術に嘘はつけません」


 いつになく真面目になるガレイ。

 これは私も真面目に稽古を受けなきゃいけないね。


「ちょっと待ってね、ガレイ。ボクの髪を纏め上げるから」


 シャルルになった私は髪の毛をシニヨン風にアレンジしているんだけど、これがなかなか難しい。

 いつもメイドに手伝って貰っているけど、今はいないし。


「あの、殿下。髪の毛なら適当な紐で縛っておけばよろしいのでは」

「ガレイ、君はわかってない! わた、ボクにとって髪の毛は宝な の! こんな綺麗なブロンドの髪を、雑に扱ったらバチが当たるよ!」

「そ、そうですか。すみません気が回らずに」

「はぁ……もう面倒だからポニテにしようかなぁ。それなら簡単にできるし。でも、ポニテだと女性的すぎるかな……」

「ぽにて?」


 慣れない言葉を聞いて、ガレイが首をかしげる。


「あれ、知らない? ほら、こういう風に後ろ髪を一本に束ねて後ろで縛るんだ。馬の尻尾みたいに見えるからポニーテールって言うんだよ。ほら、ぴょんぴょん」

「っ……!」

「ん? どうしたのさガレイ。なんか顔が赤くない?」

「そ、そうですか? 熱はないと思うんですけどね」


 ガレイは不思議そうに自分の顔を触る。


「全く、体調管理は立派な仕事の一つなんだよ。しっかりしてもらわないと。なんたって、ガレイはボクの近衛騎士なんだから」

「はい、以後気を付けます!」

「うんうん、それでよし。さて、結局髪型は妥協してポニテでやるしかないか。本当はシニヨンが良かったんだけどなぁ」


 今の私は前世と違い、光り輝くブロンドヘアーだ。

 こんな綺麗な 天然の金髪、磨かないのは勿体ないじゃない。

 せめて編み方だけで も、オシャレにしておきたいよね。


 そういう思いもあって、女だってバレないためにもシニヨンは最高の髪型だった。

 この世界の男性は前世の日本と違って長髪も珍しくない。

 アーティストでしか見たことないような超ロン毛ヘアーも、騎士団の中に数人は見かける程だ。

 その中で、男性も長い髪を纏め上げるためにシニヨン風の髪型にしている人も結構いた。


 だから、男性がしていておかしくない髪型で、なおかつオシャレに見えるシニヨンはすごくいい!

 でも、一人で纏め上げるなんて難しいから出来ないのよね……。

 そんな風に悩んでいると、後ろから一人の少年が声をかけてきた。


「なんだ、バカシャル。そんな難しい顔して、なに悩んでるんだよ」


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 私のことをバカシャルと呼ぶ人物は一人しかいない。

 私が義兄と呼ぶ男の子、公爵の跡取り息子のセイだ。


 私シャルルとは、乳兄弟の間柄だ。

 それ故に、実の兄弟のように幼少期を共に過ごした。


 乙女ゲームの中のシャルルも、血の繋がった姉妹とセイには心を開いていた。

 私も、セイを実の兄のように親しんでいる。

 もっとも、セイはシャルルにイタズラを教え込んだ張本人なのよね。


 つまり、シャルルが悪役になった間接的な原因はセイにあるってことになる。

 おのれセイ。あなたが余計なことをシャルルに教え込まなければ、私がここまで未来に絶望することもなかったのに……。


「おい聞いてるのかバカシャル。眉間に皺を寄せてこっち睨んで、キレてんのか?」

「別にキレてなんかないです。ボクはこの表情が普通なんですよーだ」

「その態度がキレてる証拠だろ? ったく、シャルは相変わらず子供だなあ。そんなんじゃ、いつまで経っても大きくならないぞ」

「余計なお世話です、セイ。だいたいあなたもボクと歳は近いでしょう。身長だってそんなに変わりません。ボクにチビとか言ってないで、あなたも嫌いな牛乳を飲んで背を伸ばしたらどうですか?」


 私の言葉を聞いて、セイは目を丸くする。


「うわー、頭を打って性格が変わったって聞いたけど本当だったのか。いつものお前なら『うるさい馬鹿、死ね、消えろ、どうでもいいでしょそんなこと』くらい言ってたのに」


 どれだけ酷かったのよシャルル……。

 いや私のことなんだけど。


「別に頭がおかしくなったってわけじゃないですよ。ただ、今までの自分のあり方に疑問を持っただけです」

「へぇ、少しは王子としての自覚に目覚めたのか? いい傾向じゃないか」

「ええ、本当に……(悪役)王子としての自覚に芽生えちゃったのよね……」

「お? 何か言ったか?」

「いえ、なにも?」


 いきなり前世の記憶が蘇って、自分の未来が絶望しかないと分かりました!

 なんて言ったら、今度こそ頭の病気を疑われる。


「ガレイも大変だな、こんなやつの稽古に付き合ってやるなんて」

「いえ、そんなことありませんよセイ様。私は殿下の近衛騎士です から!」

「そっか、ガレイは近衛騎士になったのだったな! どうだ、感想は?」

「正直分かりません。今はまだ、何をすればいいのかも手探りです」

「簡単だ、このばかの尻拭きをすればいい」

「ちょっと、それだとボクが何かやらかす前提みたいな物言いじゃ ないですか」


 失礼しちゃうよね。私は謙虚に生きていくのが心情の、平凡な人間だ。

 そんなトラブルメーカーみたいな言い方はやめてほしいわ。

 シャルルという人間は、トラブルの元だと思うけど……。


 前世の記憶が戻る前の悪ガキでも、戻った今でも関係なく、シャルル自体がトラブルを起こしうる存在なのよね。

 だって、王位継承権一位の王子の正体が男装した王女なんだもの。

 バレた瞬間争いが起きてもおかしくない。


 私を暗殺しようとしたり、事実を隠してきた国王へ責任を追求するとか、私でも思いつく程度には女とバレた後の問題が山程ある。

 シャルル・ノアロードという存在は、このノアロード王国最大の厄ネタと言ってもおかしくない。


 でも、だからこそ破滅フラグを迎えないように努力するんだけどね!


 実際、ゲームのシャルルは男装しているとバレなかったわけだし、やりようはあるはず。

 上手くフラグを回避して、理想的な未来を迎えるのよ、私!


「まぁ、セイの言う通りボクの補佐のようなことをしてくれると助 かるよガレイ。ボクはこう見えても不器用でね、誰かの力を借りてようやく一人前だ」

「こう見えて……? 見たまんまじゃないか」

「コホン……。こ・う・み・え・て! ボクは不器用だから、君のように優れた騎士がそばに居てくれると心強いんだよ。だから、ボ クを支えてくれガレイ」


 私の精一杯いいこと言った感を出した勧誘を聞いて、ガレイは俯いた。


 え、何でそこで俯くのよ!?

 そこは『流石殿下! あなたの優しさが私の五臓六腑に染み渡り ました! 殿下サイコー!』って感じに盛り上がるところじゃない の!?


 俯いたガレイは全然感動する素振りを見せない。

 そして、数秒沈黙した後にようやく重い口を開いた。


「……わかりました。微力ながら尽力させていただきます」


 ガレイの言葉にちょっと引っかかりを覚えるけど、セイの会話に引き戻されてしまった。


「バカシャル、お前に剣が扱えるのか? また前みたいに怪我するのがオチだぞ」

「流石に頭を打つのはもう嫌だね……」

「いきなりガレイと稽古するのは危ないから、俺とやってみないか?」


 セイは楽しそうな表情で木剣を持つ。

 遊びに行くのを待ちきれない子供みたいな顔だ。


 もう、セイは勘違いしてるわね。

 私が剣の稽古をするのは遊びでもイタズラのためでもなく、強くなって破滅フラグを回避するためなんだから。

 遊び気分で混ざられると困るのよね。


 でも、またガレイにふっ飛ばされて頭を打ったら前世の記憶が消えちゃうかも。

 そしたら破滅フラグを回避する情報が失われて、完全にバッドエ ンドだわ!

 そんなの絶望しかないじゃない!


「じゃ、じゃあお言葉に甘えて……ま、まずはセイと手合わせしようかな~」

「ははは、お前ガレイにびびったな! いたずらを仕掛ける余裕の ある相手じゃないもんな、油断してたら木剣で叩かれるに決まってる」

「甘いよセイ! ガレイは油断してなくてもやられるくらい、強いんだから!」

「ハハハ、違いない!」

「お二人とも、酷いですよ~」


 結局この日はセイと剣の打ち合い――レベル的には子供のチャン バラごっこだった――をして稽古の時間を終えた。


 ガレイに剣を習うのはもうちょっと後にしようかな。

 まずは基礎的なことを出来るようになってからでも遅くないはず だわ。


 決して怪我が怖いとか、そんなんじゃないから!

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