第4話 ガレイ視点
騎士団長の息子、ガレイ・ガイアースは剣を振っていた。
「どうしたガレイ、剣に気持ちが乗ってないぞ。そんな適当な気持ちで剣を振るなど、剣術に対する冒涜だ。やる気がないならやめなさい」
「す、すみません父上!」
騎士団長の父に、鍛錬に集中出来ていないと注意される。
ガレイは一度リラックスしようと、訓練用の木剣を近くに置く。
「ふぅ……。駄目だ、全然集中出来ないや」
剣士として既に並みの大人よりも強いガレイだ。
その実力は日頃の鍛錬の成果に他ならない。
その鍛錬も、教えられたことを自分の中で反芻し、昇華するという抜群のセンスあればこそだ。
ガレイは天才だ。
しかし、本人がそれを自覚出来ていない。
なまじ才能がある分、父親と比較されてしまう。
彼自身の技量を褒めてくれる人が周囲にいないのが原因だ。
子供の時点で騎士団長の父親と比較されること自体が凄い。
そういうことには誰も触れてあげない。
子供離れした才能があるというそれだけの理由で。
「こんなんじゃ駄目だ。父上はもっと、太刀筋が研ぎ澄まされている。僕の剣にはまだ雑念が混じっている」
私ではなく僕。普段は使わない一人称だ。しかし、ガレイにとってはこっちが素だ。
王宮の敷地内にある訓練場に入り浸るため、色々な立場の人間と顔を合わさる。
だから、年齢以上の立ち振る舞いをしないといかなかった。
(あの日から、鍛錬に身が入らない……)
ガレイを悩ませている要因、それは王子のシャルルだった。
(殿下はいつもわがままで、王宮内でもイタズラばかりしていると聞く。僕も同年代という理由で、よくイタズラの餌食にされる)
王宮に出入りする人間の中でも、シャルルと歳が近い者はそう多くない。
王族であるシャルルの姉妹たちや、乳兄弟のセイ。そして騎士団長の息子のガレイくらいだ。
シャルルは姉妹や乳兄弟のセイにイタズラをするのは流石に気がひけるのか、いつもガレイが遊び相手になっていた。
正直、シャルルのイタズラに辟易していた。
しかし、相手は王子だ。無碍に扱うわけにもいかない。
ガレイは嫌々とイタズラに付き合うしかなかった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
ある日、シャルルがいつもの思い付きで剣の稽古を付けろと言い出した。
どうせ、誰も見ていないところから木剣で殴るとか、訓練中の騎士達の尻に木剣を刺すとかしたかったのだろう。
あるいは、本で読んだ英雄譚の真似事でもしたくなったか。
ガレイは溜息をつきながら、了承した。
『いくぞガレイ、昨日本で読んだサラマンダー退治の英雄の真似だ! 避けるなよ〜、てやぁ!』
『殿下、むやみやたらに剣を振っても当たりません。しっかりと相手を見て、腕も乱暴に振り回さない方が……』
『うるさいな! お前は黙ってボクの剣に切られればいいんだよ! 見よ、ボクの華麗な剣捌き!』
この時、ガレイは日頃の鬱憤を晴らしてしまおうと考えてしまった。
いじめっ子にも、たまには痛い目を見てもらった方がいいだろう。
そんな軽い気持ちだった。
『くらえガレイ、死ね〜〜〜〜!!』
『ふんっ!』
『えっ? う、うわぁ!?』
シャルルのデタラメな攻撃を、剣で防いで受け流した。
ただ受け流しただけじゃない。
相手の力をそのまま相手に返す、カウンター技を使った。
実戦でも実用的な技だ。
相手が非力な子供だったから良かったものの、これが大人だったら腕が壊れていた。
幸い、シャルルは腕こそ無事だったが、返ってきた力に押されて、後ろへ倒れてしまった。
剣術の素人のシャルルが、急な衝撃に対応出来るはずがない。
そのまま勢いを殺せず、受け身も取れないまま、後頭部を地面にぶつけた。
『いった~~~~い!!』
ガレイは自分がしたことの重大さを、相手に怪我させてから気付いた。
そんなつもりじゃなかった。
ちょっと痛い目を見せるだけのつもりで……。
色んな言い訳が頭の中に浮かぶ。
とにかく今は、わざとやったって思われないようにシャルルの身を案じよう。
そう思いシャルルに駆け寄り、声をかけたのだが……。
困ったことに、頭を打った影響はかなり大きかったらしい。
『ありがとう、ガレイ。騎士団長も気にしないでくれ。これはボクの自業自得。むしろ貴殿らに迷惑をかけた、すまなかった。
騎士団長も貴重な時間を割いてくれて感謝する。またの機会があれば、ぜひ手ほどきを受けたいものだ』
今までのシャルルからは絶対に聞けない言葉。
感謝と謝罪。
聞いた瞬間に、ガレイの脳天に衝撃が走った。
(殿下の頭の中にお礼を言ったり、ごめんって言う習慣があったなんて……)
大変失礼なことを思っているガレイだが、それだけ普段のシャルルの行いが酷かったことを物語っていた。
その後もまるで人が変わったかのように、温和な性格になったシャルル。
その様子を見た医者は、頭を打ったショックで混乱しているのではと言っていた。
王宮の人達は皆、変わり果てたシャルルの性格に困惑していた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
事故から数日が経って、シャルルが元の性格に戻る気配がないと分かると一同安堵した。
『正直今の性格の方がいい』
性格が変わったのは、頭を打ったことによる影響だということになった。
記憶も正常で、健康面にも異常無しと分かり、以前よりマシになったのだから採り立てて騒ぐ事もないだろうと判断された。
しかし、他の者が悪ガキ王子の性格がまともになったと喜ぶ中、ガレイは喜ばないでいた。
「ど、どどど……どうしよう。僕のせいで殿下に後遺症が残っちゃった……この責任、どうやって取ればいいんだ」
ガレイは全身を震わせながら、シャルルに謝りに行こうと決意する。
事故当日は笑って許してくれたけど、後遺症があると分かったら、きっと怒るだろう。
もしかしたら、性格が変わったと見せかけたイタズラかもしれない。
自分が謝りに行くことで、ネタバラシをされるんじゃないか。
悪い考えがどんどんら頭に浮かび、次第に足取りが重くなる。
俯いて歩いていると、前方から件の王子がやってきた。
「ガレイ? どうかしたの?」
トクン。
明るい笑顔ではにかむシャルルを見て、不意に心臓が跳ね上がった。
(な、なに……今の?)
事故以来シャルルを初めて見たが、やはり以前のような刺々しい雰囲気は感じられない。
それどころか、今までにない柔らかな雰囲気が溢れ出している。
「殿下、もうお怪我はよろしいのですか?」
シャルルと話していると、ガレイは一つおかしな点に気が付いた。
言葉遣いが、女の子のものになっているのだ。
思わず指摘すると、シャルルは慌てて男の子の喋り方に戻った。
(あれ……おかしいな。殿下が男の子の喋り方をするのは当然なのに、さっきの女の子の喋り方のほうがしっくりくる……?)
なぜこんなことを疑問に思うのか、ガレイは分からなかった。
ガレイは気付いていないが、シャルルが油断したせいで言葉遣いだけでなく、シャルルの女性的な部分が露見していた。
それを無意識にいつもとの差異として感じ取ったのだ。
「近衛騎士って、えええ!?」
王の勅令により、ガレイはシャルルの近衛騎士に任命された。
(この前までは殿下の近衛騎士になっても嫌だと思ったはずなのに、今はそんなに嫌じゃない。むしろ、絶対守り通さなきゃって思える……)
近衛騎士としてこれからよろしく、とシャルルと握手を交わした。
(うわ……殿下の手、ちっちゃくて柔らかい。それに殿下って、体も小さいし、なんだか守ってあげたくなっちゃうな……)
シャルルのことを守りたくなるなど、考えられない心境の変化だった。
今まで嫌がらせをしてくる相手としか認識してなかった。
これからもそうだと思っていた。
一緒にいるだけで面倒。
話し相手になるだけで嫌になる。
そう、思ってたはずなのに。
ガレイのシャルルに対する認識は、この日を境に大きく変わることとなる。
(よし、決めた! 僕が絶対、殿下をお守りするんだ!)
その決意の源泉はいったい何の感情から来るものか、幼いガレイは掴めないでいた。
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