第3話 前世の乙女ゲームの情報を確認よ!

 ガレイが乙女ゲームの攻略対象と分かって、私は大急ぎで自室に戻った。

 私の様子を見てメイドが数人大慌てで外の扉を叩くが、問題ないといって追い返した。


「ええと、記憶を整理するのよ。私は乙女ゲームの悪役王子。正確には男装してる王女なわけだから悪役令嬢よね……。それと、剣術の稽古をつけてくれたガレイは攻略対象ね。騎士団長の息子で大型犬のような甘えん坊なところが人気あるのよね」


 まだ幼い今のガレイには、そこまで大型犬といった雰囲気はない。

 でも、ゲームと同じ成長を遂げるなら、スポーツ選手もびっくりの体格になるはずだ。

 他のキャラに比べて肩幅がやたら広く描かれていたのが特徴的だったのよね。

 で、ガレイはゲームだと主人公に剣術の腕を褒められて好意をもつようになる。

 チョロすぎないかって?

 確かにそうね。でも、ガレイの周囲の扱いは冷たかった。騎士団長の息子なんだからそれくらい出来て当たり前。そんな事を気にするくらいならもっと腕を磨け。

 親も友人も、仕える上司も。ガレイのことを褒めてはくれなかったらしい。

 そんな中で純粋な目を持つ主人公に真っ直ぐな賞賛の言葉を言われたら、そりゃ惚れるわよね。

 きっとガレイの目には主人公が天使に見えたんじゃないかしら。


「けど、重要なことはそこじゃないわ!!」


 今私が問題視しているのは、ガレイがルートの選択肢によってはシャルルを半殺しにするってことよ!

 先日手合わせして一発も攻撃が当たらなかった相手よ? ゲームの舞台は数年後、今よりさらに腕を上げたガレイに敵うはずないわ!


「そもそも、主人公に嫌がらせしたシャルルが悪いのよ……。何よ、コカトリスの生卵を教室の窓から投げつけるって。主人公の教科書にクラス全員分の『死ね』を全ページに書くとか、その労力を費やすやる気どこから湧いて出たのよ……」


 ゲームのシャルルはやることなすこと悪質すぎてドン引きする。


「大体、嫌がらせをやめるよう忠言したガレイに対抗するために、学生同士の決闘で国宝級の魔剣を持ち出すとか頭おかしいんじゃないの!? そんなことするから病院送りされるのよ!!」


 ガレイが忠誠を誓う相手であるシャルルを半殺しにして病院送りにする理由。

 それはシャルルが物語終盤に持ってくるとある魔剣が原因だ。

 呪いの魔剣と名高い【バルムンク】を勝手に宝庫から持ち出し、その力を暴走させてしまう。

 魔剣の力は膨大で、魔力量が豊富なシャルルが担い手のせいで被害は大きくなっちゃうの。

 そんな時、ガレイが主人公の魔法でパワーアップしてシャルルを止めることに成功する。

 魔剣の力に飲み込まれたシャルルを止めるためにはギリギリ限界まで攻撃しなきゃいけなかった。

 結果、シャルルは病院送りになってしまう。

 …………というのが、ガレイルートの大まかな流れだったのよね。 私はクリアしてないけど、先にクリアしたゆりちゃんが大まかな流れを教えてくれた。

 嫌がる私に無理やりネタバレしたとも言う。

 おのれゆりちゃん……。


『あんたの抵抗が必死過ぎて、全部ネタバレしたくなっちゃうわ~~!』と笑いながら言ってたのを思い出す。

 でも、今この瞬間ネタバレを聞かされたことを感謝することになるなんてね。

 ありがとう、ゆりちゃん。

 ちなみに補足すると、バッドエンドだとシャルルの暴走を止められず、やむを得ず殺めてしまう。

 ガレイの好感度が足りなかったり、最終章の選択肢をミスるとバッドエンドに行っちゃうのだ。

 ちなみに私は他キャラのルートで一回経験済み。

 こまめにセーブを取るのを怠って、結構中盤まで戻ってやり直ししたのは苦い思い出ね。


「死ぬのは論外、病院送りは当然嫌。だけど、そもそも魔剣を持ち出して暴走させた時点で廃嫡確定じゃないかしら……?」


 ちなみに、シャルルが魔剣を持ち出すのは全ルートで共通しているらしい。

 いや、なんでそこ共通ルートなのよ! 主人公と攻略対象の絆を深めるために山場を用意したんでしょうけど、そこはシャルル以外の人材を用意しなさいよ!

 何が嬉しくて五人の攻略対象に倒されて、主人公と攻略対象の仲が深まるのを眺めなくちゃいけないのよ。

 絶対に嫌よ、そんな役どころ。

「って、待って。五人のルート全部で暴走するってことは、この世界だと私の暴走は確定事項だったりしないわよね? ど、どうしようかしら……!」


 落ち着け、シャルル。シャルロット・ノアロード。

 私は前世でこの世界の知識の一部を持っている。これは他にはない大きなアドバンテージよ。

 この知識を活かすことで、私の破滅フラグを回避するのよ!



 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「そもそも攻略対象はどんなキャラがいたかしら」


 思い出せる限りの情報をノートに書き出してみる。

 まずは私が最初に攻略したキャラクター、アルクショット王子。通称アルクだ。

 パッケージのセンターに堂々と立つこの物語のメイン攻略キャラ(実際は五人に優劣なんてなくて、パッケージ映えするってだけで選ばれたんだけど)。

 イケメンで女たらし。青髪で切れ長な目をした、大人っぽい雰囲気を持つキャラクターだ。

 主人公に対するアプローチが積極的で、属性的には俺様系に分類すると思う。

 確か隣国のフレンテーゼ王国の王子で、このノアロード王国には勉学の一環で留学に来る予定だ。

 予定、というのはこの世界の現在ではアルクはまだノアロード王国に留学してないから。

 彼がこの国に来るのはゲーム本編の二年前。今から四年後となる。


「主人公の二つ年上だから、高校入学を機にやってくるということね。アルク王子は当分マークしなくても大丈夫そうね。彼のルートだとシャルルは散々無礼を働いて最終的に廃嫡されちゃうけど……」


 もう一人、私が攻略したキャラがタントリス・ウォーバートン。攻略対象の中では唯一の冒険者だ。

 わずか一代で独立し、国から騎士の爵位を与えられている。

 物静かで大人しくて、少し天然が入った糸目のキャラだ。

 冒険者、と聞いてピンとくる人がいるかも知れないけど、この世界は剣と魔法のファンタジー世界だ。

 散々魔力とか魔剣って話をしてるから想像ついてたとは思うけど。

 タントリスのルートにあるイベントで、主人公がタントリスと一

 緒にダンジョンへ潜ることがあった。

 ダンジョンに眠る、万能薬エリクサーを手に入れるためだ。

 彼の一族は特殊な体質を代々受け継いでいて、毒を受けやすい体質なのだとか。妹のためにも希少なエリクサーを求めて危険を冒すタントリス。

 その事情を聞いて、主人公は一緒にダンジョンを攻略する。危険な橋を一緒に渡ることで、芽生える感情。

 そこからタントリスは主人公に惹かれていく……。

 ちなみにこのルートのシャルルは金でタントリスを縛るザ・悪役王子(令嬢)だ。

 終盤になるとシャルルの言うことを聞かなくなるタントリスに苛つき、毒を盛ろうとして失敗。逆に毒に汚染されて死んでしまう。

 魔剣バルムンクを暴走させて、王都を壊滅させちゃう……一歩手前で毒殺されちゃうのだった。南無。


「正直、タントリスは他と比べてシナリオがファンタジー寄りすぎて、あんまり興味なかったのよね。でもクリアした後は、愛に目覚めたタントリスの語りに泣いちゃったなぁ」


 他にも私が攻略していないキャラが三人。

 一人は騎士団長の息子のガレイ。この世界に来て最初にあった攻略対象だ。

 幼いけど剣の腕は既に大人と張り合える。私の近衛騎士となった少年だ。

 一番身近にいる存在だけあって、一番バッドエンドに近いのもまた彼だ。

 バッドエンドだと死亡、それ以外でも病院送り。ガレイルートの行き着く先は詰みという未来が待っている。

 もう一人は絶世の美男子で、物腰柔らかい執事系キャラ。名前はクリフレット。発売前の人気投票だと一位で、私の本命予定だったキャラ。

 クリフのルートは最後の楽しみに取っておいたんだけど、それが仇となった。

 だって、まさかクリア前に死ぬなんて思っても見なかったんだもの!


「クリフはシャルル専属の執事だったよね。いつもシャルルにいびられて、つらそうなところを主人公に手伝ってもらうことで知り合う……って事前情報で書いてあった。ゆりちゃんのネタバレはどんな内容だったかな……」


 主人公がバイトでクリフの仕事の手伝いをするって話なのは知ってる。

 確か一緒に仕事していく内に、主人公がシャルルにクリフへの理不尽な対応をやめてってお願いする流れらしい。


 ガレイルートもプレイしてないけど、ゆりちゃんの語り具合が凄まじかったからあっちは話の流れをある程度掴めてるのよね。

 でも、クリフルートは話の流れ自体は平凡で、聞いてる限り大きな山場はなさそうだった。


「こんなことなら、もっと詳しくクリフルートを聞いておくんだったわ……。内容がわからないといえば、最後の一人もだ~~……」


 最後の攻略対象、セイ。彼はシャルルの義兄だ。

 シャルルとは乳兄弟の関係にある。だから血の繋がり自体は一切ない。

 セイは公爵家の跡取りとして王宮に入り浸っていて、普段からシャルルと顔を合わせている。

 実際、この世界でもセイは一番会話をする相手だ。 もっとも、セイにはある秘密がある。

 それは、シャルルの失脚を狙っていること。 なぜ乳兄弟のシャルルを失脚させようとするのか。

 その狙いは何なのか。

 主人公はセイにどのように関わっていくのか。 真相はゲームをプレイして、君の目で確かめてくれ! というのが、ゲーム雑誌に載っていた事前情報だ。


「っていうか、まとめてて思ったけど……攻略対象全員身内じゃない!! 何、全員私を裏切って主人公の元へ行くの? どんだけ嫌われているのよ私! そりゃ学園での行いを考えれば? 私だって立場を顧みずに主人公の方へ行くけどね! 人望なさすぎてしょシャルル!」


 ノートに書いている攻略対象たちの欄に、シャルルの○○と書かれている。

 部下、義兄、執事……などなど。立場は様々だが全員が何かしらの形でシャルルに関わっている。


「バッドエンドを逃れるためには、全員の破滅フラグを回避しなきゃいけないのね……」


 破滅フラグはいたる所に存在する。全てを回避するなんて不可能よ。

 ならどうすればいいの……?

 最終的にシャルルは死ぬ、もしくは大怪我を負う。それはなぜ? それは、シャルルが弱いから!

 王族という立場にあぐらをかき、剣も魔法もろくに鍛えなかったからよ!

 この前ガレイに打ちのめされたのがいい例よ。

「だったら、鍛えないと!」


 簡単なことじゃない!

 死にたくないんだったら、相手より強くなればいいのよ!


「なら、強装備とか回収したほうがいいのかしら……?」


 【誰ガ為ニ剣ヲトル】はADVとRPGを合わせたゲームだ。

 ノベルパートとRPGパートが別れている。

 シナリオは当然のこと、RPGパートも出来がよく、女性向けのゲームにもかかわらず男性プレイヤーの人口が多い。

 イラストも男女ともに受け入れやすい、柔らかくもカッコいい絵柄で人気を博している。

 なんと発売から二週間で十万本も売れたらしい。そのうち男性プレイヤーは三割だとか。

 男性プレイヤーが三割というのは、女性向けの恋愛ADVでは異様な数値だとゲームサイトで書かれていた。

 もちろん、私もRPGパートをプレイしてクリアした。

 二周目以降は強くてニューゲームを選べるし、一回やれば楽だったのが救いだ。

 男性プレイヤーには、二周目から選べる縛りプレイモードが人気らしいけど、私には難しかった。

 先にシナリオみたいって気持ちもあったしね。


「強くなるためのアイテムや装備を回収するには、ダンジョンに潜らなきゃだめなのよね。今の私じゃあ……」


 自分の体を見る。

 貧相な、十歳の子供の体だ。

 こんな状態で魔物を相手に剣を振れるだろうか。  無理だ。

 じゃあ、するべきことは一つじゃない!


「よし、明日からガレイに稽古をつけてもらうわよ! 待ってなさい破滅フラグ~~! 私が全部へし折ってやるんだから~~!!」


 夜、メイドたちが私の頭を触り、熱がないか確認してきた。  外に出てないから熱なんて出るわけないじゃない。

 まったく、おかしなメイドたちよね。ふふ。

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