第2話 乙女ゲームの悪役王子と見せかけて…
頭を打ってから三日が経った。
すなわち前世の記憶を思い出してから、三日だ。
頭の怪我のこともあり、この三日間私は安静にしているよう言われた。
自室のベッドで眠り、暗い部屋の中で高い天井を眺めている。
暇ね……。
「こうもやることがないと、ゲームでもやりたくなるわね……」
不思議なことに、時間が経つとおぼろげにしか覚えていない前世の記憶が、ふつふつと浮かび上がってきた。
転生したのだと自覚した初日は、死ぬ直前の事以外はあまり思い出せなかったのに。
私は前世ではよく乙女ゲームを嗜んだものだ。
私はノベルゲームが好きだった。恋愛シミュレーション系のものも大好きなのよね。
その中でも──
「【誰ガ為ニ剣ヲトル】かぁ……」
私の頭の中には、前世で死ぬ前にやっていた、とある乙女ゲームのことが思い出されていた。
そう、大学受験そっちのけで遊んでいた例のゲームである。
なぜその乙女ゲームを今思い出したのか?
それはもちろん、前世でクリア出来なかったのが心残りだからよ!
「ああ~~~~! 五人の攻略対象のうち、まだ二人しかクリアしてなかったのに~~!!」
私はベッドの中で頭を抱えて唸り声を出す。
だってそうでしょう!?
大事な受験の時期を犠牲にしてまで(まぁ、志望校の合格ラインには乗っていたんだけど)ゲームを進めてたのに、クリアも出来ずに死んじゃうって、悔しくてもったいなくて、頭がおかしくなりそう。
結局、私が攻略したのはイケメンで女たらしのパッケージのセンターポジションを飾るキャラと、物静かで大人しい少し天然が入った糸目のキャラ。この二人だけだった。
「はぁ……残りの三人……あと隠しキャラもいるってオタク友達のゆりちゃんが言ってたっけ」
五人(隠しキャラも入れると六人)中、攻略したのは二人。数にして半分以下。
まだゲームの半分も楽しめていないってわけだ。
「私って楽しみは後に取っておくタイプなのよね~~……。見た目が好みのキャラを後回しにしちゃった……。攻略できずに死んじゃうなんてね……。まさか前世の性格を、来世で後悔することになるなんて思っても見なかった」
私が後で楽しもうと攻略するのを後回しにしたキャラは二人いた。
一人は騎士団長の息子で他のキャラに比べて体格がガッチリしたキャラ。PVに映っていた剣を持つイラストが素敵だったなぁ。
もう一人は絶世の美男子で、物腰柔らかい執事系キャラ。甘いマスクが特徴的で、発売前の人気投票だと一位だったのよね。私も実はあのキャラに投票したっけ。
はぁ……思い出せば思い出すほど、虚しくなるわ。
あのゲームは、主人公は平民だけど、特別な魔力を持っていたおかげで貴族達の通う学園に入学することが出来るのだ。
平民出身ということもあり、その学園の中で主人公は嫌がらせを受ける。
貴族達の嫉妬よね。自分たちとは違う存在を排斥したくなったのかしら。
次第に嫌がらせはエスカレートしていき、学園を去ることも考え出す主人公。
でもそんな時、主人公を助けてくれる存在が現れる。
「それが攻略対象の五人のイケメン! 平民でありながら特別な力を持つ主人公に興味を持って近づくの!」
それぞれの攻略対象との出会いイベントも独特だ。
貴族の御曹司に迫られ、混乱する主人公。それを見て更に嫉妬する貴族達。
しかし、学園のアイドルである五人の攻略対象が興味を持つ主人公に、簡単に手出し出来なくなる。
そんな中、ある一人の男の子だけは、主人公への嫌がらせを止めなかった。
主人公の通う学園には、とある国の王子も通っていた。
王子は攻略対象達よりも上の立場だから、いじめを止める気も、必要も無かった。
「悪役令嬢ならともかく、あのポジションで男キャラっていうのは珍しかったなぁ」
そう。他の乙女ゲーなら悪役令嬢がいるポジションに、その王子様がいたのだ。
王子様自体は攻略対象と並べるほどの美形で、しかも中性的な顔立ちだから人気もそこそこあった。
まぁ、嫌みな性格だったから発売後は人気もそんなに無かったようだけど。
おまけに行き過ぎたいじめに、攻略対象も激怒。
当然ね。取り巻きに主人公の机を隠させたり、靴を魔法で燃やしたり、掃除道具で叩きつけて汚物呼ばわりしてたし。
あまりに生々しく陰湿だったから、私はプレイしながら動悸がおさまならかった。あんなの見せられたら、陰キャのトラウマスイッチがオンになってしまう。
結局、それぞれの攻略対象のルートで王子は因果応報とでも呼ぶべきか、痛い目に遭って終わる。
廃嫡されて王位継承権を失うとか、決闘で負けて大怪我を負って病院生活とか。クリアしてないけどルートによっては死ぬ場合もあるらしい。
というか、全五つのルートのうち、三つは死んでるらしい。隠しルートはさらにすごいことになるとか。
王子、可哀想すぎる……。
いや、乙女ゲーの悪役は往々にして自分がやったことが倍になって帰ってくるものだ。仕方が無いのかも。
「あの王子、子供の頃から悪ガキだったみたいだしね、同じ王子でも私と全然ちが……あっ!?」
その時、私に電流が走った。
「え? 待って、待ちなさい……。確かあの王子はシャル王子とか呼ばれてたような。正式名称はシャルル・ノアロード……って、それ私のことじゃない!?」
う、嘘だ!
こんなの何かの偶然よ!
だってあり得ないわ、死ぬ前にやってた乙女ゲームの世界に転生だなんて。
おまけに、悪役王女になってるじゃん!?
しかもなんでか、男装して王子になってるし、意味分かんないよ~~!!
「こんなのって、あんまりだよ~~~~!!」
私の声がこだまして、メイドが何事かと慌てて部屋に入ってきたが些細なことだ。
だって、自分の将来がバッドエンドしかないって分かったら誰でも取り乱すに決まってるじゃない!
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「はぁ……憂鬱。食事もろくに喉を通らない……」
私が乙女ゲーの世界に転生したと分かってから二日が経った。
後頭部のたんこぶも腫れが引いて、メイドたちの外出禁止令も解かれた。
これでようやく、外に出ることが出来るわね。ずーっと寝てるか、本を読むだけだったから退屈で仕方がなかったわ。
私が部屋から出て、廊下を歩いていると正面からガレイが歩いてくる。
「………………」
ガレイの足取りはとても重くて、スローモーションで歩いてるんじゃないかって思うほどゆっくりとしたものだった。
視線は足元を向いていて、手は両手の指を交差させている。もじもじしている手がちょっと可愛らしいかも。
「ガレイ? どうかしたの?」
「っ!? シャルル殿下!」
私が声を掛けるとガレイはハッと顔を上げた。そしてトタトタとこちらへ歩いてくる。
ふふ、犬みたいで可愛い……なんて思ったのは本人に言っちゃだめね。ガレイはこう見えても、結構気が弱いところがあるし。
ガレイは騎士団長の息子だから、幼い頃から剣術の稽古をしている。周囲の期待に応えようと本人も必死に努力している。
だが、父親のガイアース卿は中々ガレイの努力を認めてくれない。それくらい当たり前だと一蹴してしまう。
だからガレイは自分の腕に自信がない。十歳にして大人たちとも張り合える剣術の腕があるのにだ。
それってなんだか……勿体無いわよね。
可愛そうだわ、本人が自分の努力を認められないって。
「殿下、もうお怪我はよろしいのですか?」
「ええ、大丈夫よ。元々そんなに腫れてなかったし、少し冷やせばすぐに腫れは引いたのよ。全く、みんな大げさよね。いくら王子だからって過保護すぎるんじゃないかしら。あなたもそう思わない、ガレイ?」
「…………で、殿下?」
「どうかしたの? 私の顔に変なものでも付いてる?」
「い、いえ……。やはり、怪我の影響が酷いんですね……。私は殿下に許されない行いをしてしまいました。何なりとお申し付けください。このガレイ、どのような処罰も受ける所存です!」
ガレイは頭を下げて、更には地面に膝を付き、謝罪の姿勢をとった。
「え、え、え?? ちょっと待って、なんで謝るの。怪我はたいしたことないから大丈夫だって言ったじゃな──」
「いえ、殿下の喋り方がその……以前とはずいぶんと変わられたので。頭を打ってから性格が変わってしまわれたのだな、と」
「喋り方……? …………あっ!」
そ、そうだった! 私、ここでは男の子という事になってるんだった!
前世の記憶が蘇って、つい気を緩めてしまってた!
「は、ハハハハ! な、何を言っているんだいガレイ。ボクは普通に喋っているじゃないか。全く、おかしなことを言うなガレイは」
「え? いや、でも先程までまるで女の子のような喋り方を……」
「ボクは、最初から、今みたいな喋り方だった! いいね!」
「あっ、はい。そ、そうですよね。考えてみれば、殿下が急に女の子みたいな喋り方をする理由がありませんよね。……うん、きっとそうだ。すみません殿下、私の勘違いだったかもしれません」
「勘違いだったかも、じゃなくて勘違いだよガレイ。さあ、君の謝罪も受け入れたことだし用は済んだかな?」
「いえ、実は謝罪とは別にもう一つ殿下にお伝えしたいことがありまして。こちらを御覧ください」
そう言うと、ガレイは一枚の紙を取り出した。大事そうに持っていることから、なにか重要なことが書かれている文書なのだろう。
一体何なのかしら。私に手紙をよこす人なんてそんなにいないはず。それこそ、公爵や王族なんて王宮の中でもトップの人たちぐらいだよね。
ってことは、この文書の差出人はひょっとして、ものすごく偉い人なのでは……。
私は恐る恐る文書を開く。
「『ええと、我が愛しきシャルルよ』って、これ父上からの手紙じゃないか!」
「どのようなことが書いてるのでしょう」
「忠臣であり、騎士団長を務めるガイアース卿の息子、ガレイ・ガイアースをシャルルの近衛騎士に任命する……ですって」
「近衛騎士って、えええ!?」
手紙の内容に驚愕の声を上げるガレイ。
その反応も当然ね。だって、相手の自業自得とはいえ、怪我をさせた相手の護衛役に任命されたんだもの。
本人は処罰を受けるのを覚悟してたのに、王子の護衛役なんて大役を受けるとは思いもしなかったはずだ。
「ぼ、ぼく……いや、私が殿下の護衛役に?」
「そうみたいだね。ひょっとして、嫌だった?」
「そそそ、そんなことありません! とっても、とっても光栄です!」
興奮気味に頷くガレイ。この子ったら、あんまり興奮しすぎて一人称がぼくになっちゃってる。
普段は礼儀正しくあろうとしているみたいだけど、やっぱり年相応に可愛いところもあるようだ。
「そっか、ならよかった。これからよろしく頼むよガレイ」
「こ、こちらこそよろしくお願いします殿下。私の命にかえても殿下をお守りします!」
「頼りにしてるよ、でも無理はしないこと」
「は、はい!!」
ガレイと握手を交わし、廊下で別れる。
ガレイの手、まだまだ子供だけど、硬かったなぁ。
男の子なんだって、ちょっとドキッとしたのは秘密だ。
「そういえばあの乙女ゲーム【誰ガ為ニ剣ヲトル】でも、騎士団長の息子が攻略対象にいたなぁ」
確か剣術の達人だけど、本人は自分の技量に自信がないんだったっけ。
それで、純粋な眼差しで剣の腕を褒めてくれる主人公に好意を持つことになったのよね。
「ふふ、まるでガレイそっくり……って、あれ!?」
またもや頭の中から記憶が蘇ってくる。
ちょっと待って!
確か攻略対象の名前もガレイよね? ゲームでは悪役王子の近衛騎士で、ルートによっては王子と決闘して大怪我を負わせるはず……。
ひょっとして、今私が会話していたガレイって、乙女ゲームの攻略対象のガレイと同一人物……?
ってことは、いずれガレイに見限られて剣で決闘する羽目になっちゃうの!?
「嫌よ、そんなの〜〜〜〜!!!!」
痛いのは嫌ぁ〜〜〜〜!!
廊下で叫んだら、またもやメイドたちがやってきて私の頭の調子を心配したけど、そんなことは些細なことよ。
だって、このままだと私命の危機じゃない!
どうすればいいのよ!!!!????
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