転生したら乙女ゲームの悪役王子と思いきや、男装王女 なんですけど!?
taqno(タクノ)
第1話 前世と今世
私は新作の乙女ゲームを夢中になってプレイした。
どれくらい夢中だったかというと、大事な大学受験を控えた高校三年生の十一月末から二週間、ず~~っと。
親にバレないように勉強をするふりをして、こそこそ隠れてプレイしてた。
あと一ヶ月もすれば受験が始まる。こんなことしてる場合じゃない。
そんな焦燥感が、かえっていいスパイスになっちゃったのだ。
「うう~ん、背徳感にまみれた状態でやるゲームって最高ねっ!」
ここ二週間の間、私は毎日明け方までゲームをしていた。そのせいで睡眠時間は二時間程度。寝不足で頭が重い。
おかげで学校では一日中頭がぐわんぐわんと揺れるような気分だった。
そして放課後になり、これまた揺れるような足取りで自宅へと帰るのだった。
ああ、視界がチカチカして星が見える……。
……いけないいけない、ゲームのやり過ぎで体調が悪くなっているわ。
オタク友達のゆりちゃんからも「そんな不規則な生活してるから、あんたは絶壁なんだよ」と言われた。
ちなみに私に対して「絶壁」というワードは禁句だ。言った相手はどこまでだって追いかけてやるんだから。
五十メートル走を七秒ジャストで駆け抜ける私の脚力を舐めてはいけない。
「……でも、ゆりちゃんの言うことも正しいんだよねぇ。夜更かしは控えないといけないわ。最近心なしか肌が荒れてる気がするし」
ゲームのやり過ぎはちょっとだけ反省する。後悔はしないけどね。
志望校は直前の模試でA判定をもらってるから、正直もう受かった気分でいる。だからこんな時期にゲームなんてやっているのだ。
あとは適当に勉強してれば、余程のことがない限り平穏無事に春からキャンパスライフを迎えられるはず。
取らぬ狸の皮算用何て言葉があるけれど、まさに今の私にぴったりの言葉だと思う。
模試でいい結果が出たからって受験勉強をしない理由にはならないのにね。
「ふわぁ~~。いけない、本当に視界が揺れてるみたい……私、風邪でも引いちゃったのかしら……。あれ、なんか足が……っ!」
ふらふらとした足取りで歩いていた私の足から、急に地面の感覚が消えた。足の裏に何も感じなくなった。
スカッと空振りした感じ。不思議な浮遊感が私の中に生まれる。
それが足を踏み外したことだと気付いたときには、もう遅かった。
これは……。小さい頃に何度か味わった感覚だ。
帰り道にある、用水路に落ちてしまったときの、あのパターンだ。
あちゃ~~~~。寒い時期の用水路に落ちるとか、私ついてなさすぎ……。
これは本当に風邪引いちゃうかも、やだなぁ~。
私は別に風邪を引くことがいやなわけじゃない。嫌なのはそれで親や先生に「受験を控えた時期になにやってるの!」と怒られることだ。
別に風邪程度で私は倒れたりしないのに。いや、寝不足ですっころんじゃってるから説得力はないか。
それよりも、風邪を引いたらあの乙女ゲームの続きをやれなくなっちゃうじゃない! それは嫌だ。
熱が出たらゲームの内容が頭に入ってこないし、親が看病で定期的に部屋に来るからゲームをやる暇もない。
せっかく、今攻略しているキャラのストーリーも終盤まで来たのに、続きは当分先になっちゃう。
そんなことを考えていた私の体は、無事用水路に落下した。
そして、急な衝撃で体勢を崩し、頭を打ってしまった。
打ち所が悪かったのか、そのまま意識が薄れていってしまう……。
ああ、私の好きなゲーム……【誰ガ為ニ剣ヲトル】の続きを……やりたい……。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「いった~~~~い!!」
後頭部への衝撃で意識が戻る。
国王である父に無理を言って、騎士団長の息子に剣の稽古をつけて貰っていた。
ん? 何を言ってるの、私。
国王? 騎士団長? というか、剣の訓練って……何。
ちょっと待って。ひとまず頭の中を整理しよう。
ボク……いや私の名前はシャルル・ノアロード。今年で十歳になるノアロード王国の第一王子だ。
騎士団長の息子に稽古をつけてもらっている途中、思いっきりジャンプして斬りかかるという無茶をして、当然そんな攻撃を防がれた。そして、弾かれた勢いで後ろに転び、後頭部を強く打ち付けた。
そしたら、不思議な事が起こった!
なんと、後頭部を打ったことがきっかけで前世の記憶が蘇っちゃったのだ。
今の私は「ボク」であるシャルル王子の記憶と前世の「私」の記憶が混ざり合ってしまっている。
というよりも、シャルルの記憶にいきなり私の記憶がインストールされた状態というほうが正しい。
そのせいか、つい数秒前までの記憶があるにも関わらず、前世の出来事もつい先程のことのように感じる。
おまけに性格は後から上書きされた「私」の性格に引っ張られている。
シャルルとしての性質がなくなったわけじゃないのだけれど……。
突然のことで困惑していると、目の前の少年が声をかけてきた。
「大丈夫ですか殿下! これはとんだ御無礼を……申し訳ありません!」
私に話しかけてきたのは、シャルルと同い年の少年ガレイだ。
シャルルが剣術の稽古をしたいと我儘を言って騎士団長を困らせていたので、同い年のガレイに勝てたら騎士団長が直々に剣の稽古をつけてくれるという話だった。
でも、私ことシャルルの剣術の腕は褒められたものではない。
棒を振ることが剣術とでも思ってるんじゃないのってくらい、ひどいものだった。
あれ、何で私そんなこと知ってるんだろう?
客観的な評価なんて、聞かされたこと無いのに。
というか、さっきまで自分では剣の才能があると思いこんでたはずなのに。
「殿下、傷が残ったら大変です。さぁ、あちらに医務室があります。どうかそちらでお休みください」
ガレイは十歳らしからぬ受け答えをしている。
それでいて、王子の私を怒らせず、身を案じてまでいる。
こっちが迷惑をかけたのに、よく出来た子だなぁ~なんて、前世の記憶が戻った途端にお姉さん目線で見てしまう。
「ありがとうガレイ。騎士団長も気にしないでくれ。これはボクの自業自得。むしろ貴殿らに迷惑をかけた。騎士団長も貴重な時間を割いてくれて感謝する。またの機会があれば、ぜひ手ほどきを受けたいものだ」
ふぅ。シャルルとしての自分が残っていてよかった。
王子の一人称が急に「私」になって女言葉を喋り始めたら、頭の調子を疑われるもんね。
私がなんとかその場を乗り切ったと思っていたら、目の前にいる二人が硬直していた。
「シャルル……殿下?」
「なんだ騎士団長、怪我の心配はいらない。後でちゃんと医務室で見てもらうことにするよ」
「そ、そうですか。……おいガレイ、殿下の打ちどころがよっぽど悪かったのか?」
「い、いえ父上……。軽く頭を打った程度にしか見えませんでしたが……」
何をヒソヒソ言ってるんだろう。
まるで私の態度がおかしいみたいなことを……あ!!
しまった、忘れてた!
つい数分前までのシャルル王子は、悪ガキだったのよ!
シャルルは王宮でしょっちゅういたずらをして、メイドの制服を破くわ、臣下の書類は燃やすわ、同年代の子供を見つければ暴力を振るうというジャイアニズムいっぱいの悪ガキだった。
前世の記憶をインストールしたせいで、性格も上書きされたから、もうさっきまでの横暴な態度は取れないわ……。
だって私、前世はクラスの中でも地味なモブキャラだったし。友達もオタク仲間しかいなかった。
そんな私が、いまさらあんなジャイアンめいた子供になれるわけ無いじゃない!
むしろなんであそこまで性格がねじ曲がってたのよ、さっきまでの
おかげでガレイ達の私を見る目が鋭くなってるじゃない!
「こほん……。ガレイもたかがコブ一つで騒ぎすぎだ。こんなもの、すぐに腫れが引くさ。それに私は髪を結っている。髪でちょうど隠れる位置にあるから運がいい」
「殿下が気になさらずとも私が気にします!!」
「そうだろうか……?」
別に目に見えない怪我、それもたんこぶくらい気にしないのにね。
だって悪いのは全面的にシャルルだし。ガレイは悪くないのに。
むしろ悪ガキのシャルルに痛い目を遭わせて鬱憤が晴れるくらいじゃないかしら。王子だからって気を使いすぎよ。というか、王子様の喋り方をするのも疲れる。
前世は普通の女子高生だったのよ。こんな身分の高い立場、務まるわけないじゃない。
「殿下、今すぐ医務室へ行きましょう。今すぐに!」
「だから大げさだと……ってうわっ! ガレイ、いきなり担ぐな。驚くだろう!」
「行きます、殿下! しばらく我慢してください!」
私はガレイに担がれて、医務室に連れていかれた。
大した怪我じゃないんだけど、王子だからもしものことがあったら大変ってことなんだろう。
だからガレイが私を連れていくのも納得出来る。
ただ……。担ぎ方が問題だ。
だって、この状態……お姫様抱っこだよ?
王子様がお姫様抱っこされてるなんて、ジョークのつもりかしら。
小柄なシャルルを担ぐには丁度いいのかもしれないけど、男の子同士だとちょっと恥ずかしい。
ガレイは容姿が整った男の子だ。
男女共に人気の出そうな、爽やかスポーツ少年といった感じだ。
前世で言うサッカー部のエースとか、そういう雰囲気に近い。
クラス内カーストでいったら最上層だろう。オタクの私ではお近づきにもなれない。
これが前世と同じ女の子だったら、赤面ものの状況だ。
でも、この世界だと私……男の子なのよね……。
「ちょっと待てよ……」
いや、考えようによってはアリかしら。
シャル×ガレ……いや、ガレ×シャル?
この
ジャンルで言えば男の娘に該当しそうな容姿だ。
爽やかなイケメンのガレイと並んでいる様子は、さぞ絵になることだろう。
「なるほど、男の子に生まれ変わったならこういう楽しみ方もアリなのかもね……んふふふ」
「……大丈夫ですか、殿下? 今、なぜか悪寒がしたのですが」
「ん? ああ気にしないでくれ。んふふふ」
二度目の人生、中々に楽しめそうね!
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
医務室のベッドから体を起こす。
「ふぅ、よく寝たわ。前世が寝不足で用水路に落ちて、そのままこけて溺れて死んだから、睡眠を取ることに安心感を覚えるわね」
ガレイはもういない。
私を医務室に連れてきたあと、安静のためベッドで寝るように告げて椅子に座ったところまでは覚えてるんだけど。
「ひょっとして、寝るまでいてくれてたのかしら」
だとしたら、ガレイはいい子だ。
だって数時間前まで王宮一の悪ガキだったシャルル相手に、ここまでの面倒見の良さを見せてくれる。
世話焼きのオカン属性でも持っているに違いない。
「んん、寝てた間に汗かいちゃった。ちょっとタオルで汗を拭きたいわね」
近くに畳んであったタオルを手に取る。
「にしても、未だに信じられないわ。まさか普通のオタク女子高生だった私が、美少年の王子様に転生するだなんて思わなかっ……」
私の独り言は途中で止まる。
ついでに汗を拭こうと、シャツを脱いでいた手も止まる。
「え……?」
私の視線は胸元に。
そこには、真っ平らな胸があった。それだけなら問題ない。
小柄な男の子だ。胸の筋肉もろくに付いていないなら、こんなものだろう。
でも、シャルルの胸は前世でも散々見た胸の形をしていた。
「これ……男の子の胸じゃ無くない?」
真っ平らだ。
絶壁だ。
でも、男子特有のどこか硬さを感じられる胸元ではなく、柔らかさの感じられるものだった。
「ま、まさか……」
念のため、ズボンの下を確認する。
「まさか…………」
男の子に生まれ変わったのに、特に体に違和感を感じないな〜〜〜〜なんて思ってた。
それは当然よ。
だって、シャルル王子は……。
「私、女の子〜〜〜〜!?」
なんと、シャルル王子は王女だった。
前世の記憶が前面に押し出されているせいで、混乱してしまったが、確かにそうよ!
「いや、そうよ! 私はシャルルじゃなくてシャルロット。男の子が生まれないで悩んでた父上が、後継者を用意するために仕方なく王子として育てたんだった! そんなのついさっきまで覚えてたのに、前世の記憶のせいで忘れてたわ〜〜!」
ノアロード家は代々優秀な男児が生まれる。
しかし、今代に限りなぜか女児しか生まれない問題が起きてしまった。
跡目がいないことを気にした父上が宮廷魔術師に相談すると、第六王女を王子として育てるように勧めた。
占いでそのような結果が出たそうだ。
当時の私は生まれて間もない赤子で、女の子だと知っている者は王宮の中でも極一部だったらしい。
おかげですんなりと、私が男の子と信じてもらえるようになった。
「……のはいいんだけど、このまま成長したら女の子だってバレるんじゃないかしら」
成長したら、胸だって大きくなる。
前世は絶壁のままだったけど、シャルロットの場合きっと大きくなるはずだ。
私は信じてる。可能性を信じて期待している。
それに、胸に限らず女性的な体つきに変わっていく。
流石に誤魔化しが効かなくなる時がくるはずだ。
「そうなったら、どうなるのかしら……」
色々な人に咎められそうな気がする。それだけじゃなく、もっと酷い目に合う予感しかしない。
だって、国の後継者の性別を偽ってるんだもの。きっと怒る人も出てくるわ。
「どうすればいいのよ〜〜〜〜!!!! っていうか、せっかく二度目の人生は男の子同士で楽しもうとしてたのに、これじゃノーマルカップリングじゃない! そっちの方がショックでかい!」
こうして、様々な問題を抱えた状態で、私の第二の人生はスタートしたのだった。
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