第四十二話 流布
シンシアは道すがら自身のことを語った。時折商人として聖都に交流へ行くこと、軍人として魔物退治に出向くこと、機甲師団の副団長としてアルカナを背負う立場であること。機甲師団とは、ライノスの誇る最強部隊のことらしい。聞き覚えはなかったが、少年心をくすぐるような格好良さは伝わった。
サキヤノは多忙なシンシアの話を聞きながら、周りの視線が痛いことに納得をする。
帽子を被っていないのは予想外だったが、意外にもライノスの人はサキヤノを見ない。それよりも、自身の隣のシンシアに向けられている気がした。周りを見渡しても目が合わないから、ほとんど確定だろう。
道行く人の羨望の眼差しは、シンシアがいかに活躍しているのかが容易に想像できた。
サキヤノはシンシアを見上げる。傷一つないきめ細やかな肌、桜色の瞳を乗せた吊り目、自然な笑みを称える唇と、顔全体からは疲れを全く感じさせない。多忙なはずなのに、彼女から疲労の色は見えない。
それでね、と話していた彼女がふとサキヤノを見下ろす。
「ん、どうしたの?」
「あ、いや、別に……です」
サキヤノは慌てて目を逸らした。
よく見なくても彼女の美貌は目を惹く。今までの人生で一番綺麗な人だとも思う。サキヤノはそんな彼女に敬語を使わないのが急に恥ずかしくなった。不相応で失礼では、と卑下するもサキヤノは首を振る。
シンシアに念を押されたのに、今更敬語を使う方が失礼だろう。
「あの、シンシアさん」
「シンシアで良いわよ」
「……シ、シン……シア……」
シンシアが突然足を止めた。ぶつかる直前、サキヤノはなんとか急停止する。
「何よもう。嫌なら嫌って言いなさ……って、なんでそんなに恥ずかしそうなの!」
「いえっ、俺、歳上の人とあんまり話したことなくて……」
異性と話した経験も浅いが、とサキヤノは口に出さずにぼやく。
そして身分が高い美人への呼び捨ては、サキヤノにはハードルが高かった。異世界の人は何故こんなにも距離が近いのだろう、と文句を垂れながらも顔が
シンシアは腰に手を当て、やれやれと溜め息を吐く。
「歳上って言っても、あたしは……まぁ良いわ、徐々に慣れれば良いんだから」
シンシアはサキヤノの腕を掴み、すぐ側の建物に入った。入ってすぐの扉にはシンシアと同じ軍服を着た男性がおり、サキヤノを訝しむように眺めた。
シンシアは間に割り込むように立ち、男性に笑顔を向けた。
「どうもエリック警備長。お疲れ様」
「はっ。シンシア副団長も此度の出張お疲れ様でした。総統がお呼びでしたが、何かこちらに御用でも?」
エリック警備長と呼ばれた老人は、サキヤノをじっと見つめたまま応えた。お前は誰だと言わんばかりの目力に耐えれず、サキヤノは顔を伏せる。
「本部へはまたすぐに向かいます。それより、部屋は空いてるかしら?あたしの前にアンティークが来たと思うんだけど」
「えぇ、はい」エリックはサキヤノから目を離した。「アンティーク様がお見えなのが意外で驚きましたが、なるほど副団長とご一緒されてたんですね」
「彼は今は聖都の人間だけどね」
「そうでしたね、失礼しました。お部屋ですが、今は五号室が空いてますよ。アンティーク様は四号室を使われているので、ちょうど良いのではないでしょうか」
「じゃあ、それでよろしく」
シンシアとエリックの会話は切れず、サキヤノが割り込める余裕はなかった。何も分からないまま話は進み、シンシアと共に扉の奥へ誘導される。
「ありがとうございます、エリック警備長。また何かあったら、よろしくお願いしますね」
「とんでもないですよ。それより……」エリックは扉を閉めながら、サキヤノを見つめる。「気になっていたんですが、その異界人は
エリックの視線は警戒心を剥き出しにした、サキヤノを嫌悪するものだった。シンシアは再びサキヤノとエリックの間に割って入ると、
「いいえ、むしろ彼は客人よ。とてもとても大切なのだから、あんまり見ないで」
「はっ、シンシア副団長が仰るなら。この時期に異界人でしたので、魔物関連かと……」
「失礼よ。じゃあ、五号室は借りるわね」
鍵を受け取り、シンシアはエリックを流し見てすたすたと建物の奥へ歩いていった。サキヤノは尚も敵対心を隠さないエリックに一礼をして、そそくさと方向変更する。
怖いお爺さんだ、とサキヤノは身を縮めてシンシアの背中を追った。
シンシアに連れて来られたのは殺風景な部屋だった。建物全体が石造で冷徹な雰囲気があった為、部屋にはあまり違和感がない。室内には木造の机が一つと椅子が二つ。机を挟んで椅子は対照的に置かれているが、奥の椅子は鋼の如く光輝いている。
まるで取調室みたいだとサキヤノは思った。
「早速こんな部屋でごめんなさいね、勅使さんなのに」
「あぁ、別に全然……」
「今は一対一で話したいの。終わったらすぐ本部へ連れて行くから。えっと、壁側の椅子に座ってくれる?」
「はい」とサキヤノは促されるがまま、電灯を反射する椅子に座った。
「ありがと。じゃあ……」
「シンシア副団長、少しよろしいですか」
次に部屋に入りかけたシンシアを、ヘルメットを被った軍人が直前で呼び止める。シンシアが鬱陶しそうに首を傾けると、軍人は早口で続けた。
「お、お忙しいのは存じてます。ただ……帝国皇帝からのお言葉です。さすがに無視はできず、今お伝えを」
「帝国がわざわざ?」
「大陸全土の人間に知れ渡るようにと、各国に書状が届けられました。……『死の病』関連のお言葉です」
「そう……」
シンシアは悩む素振りを見せてから頷いた。サキヤノに向き直り「少し待っててね」と眉を下げ、彼女は重い扉を閉じる。
サキヤノは一人部屋に取り残された。
ようやく一人になれて、サキヤノは椅子の上で脱力する。
「はー、すげえ気を張るよ……」
鋼鉄の椅子はお世辞にも座り心地が良いとは言えない。むしろ座り心地は最悪だ。だが、誰にも見られない空間は本当に安心ができる。
サキヤノは部屋を見渡した。壁は石膏のような丈夫な作りで窓は一つもない。次に天井を見上げると、これまた同じく白い石。しかし扉上部にはカメラのような黒いものが取り付けられている。
「……監視カメラ?」
あっ、と血の気が引いた。
サキヤノは椅子に座り直し、扉を見据えた。まるで取調室のようだと思ったが、もしかすると予想は当たっているのかもしれない。
シンシアが戻ってくるまでは大人しくしよう、とサキヤノは背筋を伸ばした。
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