第十六話① 『凱旋の乙女』



「カスカータ。僕、ようやく見つけたんだ」


 ××××は、例によって卑屈ひくつな笑みを浮かべる。


 紅葉の葉が散る夜、彼と最期の別れをしたカスカータは彼の笑顔を忘れなかった。脳裏に焼き付け、胸に刻みつけ、心の底に留め、お礼を言われるたびに彼を思い出そうとした。


 ——彼を見殺しにした自分を責めるために。


 自分を嫌う××××を、代わりにカスカータは好きになろうとした。


 ——せめてもの、罪滅ぼしに。


 それでも、助けられなかった事実に上書きは出来ない。


 ——異界人って本当に。


 ————関わりたく、ないワ。










 カスカータはウォンを追うべく、部屋から飛び出した。清純な青髪を掻き乱し、限界まで目を見開いて短剣を引き抜く。


 ——どこ?どこにいるの!?


 カスカータは跳躍し、空から聖都を見下ろした。サキヤノを刺した相手の姿形は分からないが、あの特徴的な黒コートは、しっかりと頭に


 路地裏を走る黒い影を捉える。叛逆軍かは不確かだが、突撃する価値はありそうだ。

 頭の中でカスカータは、自身の場所から目的の路地までの経路を最短でなぞった。

 それは、聖都の立地を完璧に覚えている彼女だからこそ出来る荒技だ。

 近くの屋根に着地し、俊敏な動きで目的地に滑り込むカスカータ。顔を上げると、裾に菱形模様が編み込まれた——旧アジトに折り重なっていた黒コートと同じ人を視認出来た。コイツらだ、と記憶と合致するや否、カスカータは逃げる背中を短剣で躊躇なく斬りつける。そこまで深く斬ったつもりはないが、野太い声を上げて黒コートは倒れた。

 が、手応えがあまりにもない。


 違和感を感じ、呻く黒コートのフードをめくって、カスカータは顔を近付ける。

 フードの下で、丸顔の男が怯えていた。

 「殺さないで」「違うんだ」と弁明する、戦意喪失した男の身体を持ち上げた。こんな腰抜けが刺せるわけない、そう思いながら斜め下から睨みつけた。

 男の胸倉を掴み「異界人を刺した奴はどこ!ねぇどこ!」と捲し立てる。男性は恐怖に震えながら、口を動かした。


「ボ、ボスはオレ達を置いてっちゃって……分かんないんです!だから、こ、殺さないでくれぇ!」


 醜い命乞いをしながら、男性は暴れた。カスカータは胸倉を掴んだまま離さず、およそ予想のつく返答に首を傾げる。

 サキヤノを刺したのは、ボス?

 わざわざ、ボスが会いに来たって言うの?


 疑問に思うことはあったが、それを聞いてもきっとこの下っ端は知らないだろう。


「じゃあ特徴を教えなさい!」


 そう言って男性の頬を叩く。

 平手打ちはカスカータの精一杯の手加減だったが、男性にはすこぶる利いたようだ。

 首を振られた男はしばらく目を回してから「ボスは銀髪です!異界人みたいな白っぽい髪をしてます!コートは来てないです!!」と早口で答え「殺さないで!」と顔を庇った。


「銀髪?」


 珍しい、銀髪なんて。


 カスカータは敵に命乞いする男を、軽蔑の意を込めて地面に叩き付けた。


 だが、分かりやすい特徴を教えてくれたのは感謝しよう。


「助かるわ」


 小さく呟き、カスカータは路地裏を後にした。 

 有力な情報を得たカスカータは家と家の隙間を這うように走り抜け、怪しい人影を探りながら東へ向かう。銀髪、銀髪……と主犯の特徴を何度も繰り返し、銀髪の人を見掛けると、片っ端から短剣を突きつけた。

 しかし、元々銀髪の人間自体少ないため、すぐに人が目まぐるしく移動する大通りに到達してしまった。


 ——見つけられるわけない、か。


 肩を落とし、諦めて戻ろうとすると、ちょうど花屋から銀髪の男が出てきた。

 花束を持った三人の男女に囲まれ、談笑しながら歩く男に釘付けになる。そもそもが珍しい銀髪なのに、若干白みを帯びていて……叛逆軍のボスの特徴には、充分当てはまる。

 だけど、周りの人達は黒コートを着ていない。

 別人なのか、本人なのか。確信できない内は怪しんで、とカスカータは四人を目で追った。


 カスカータは周りがざわつき、血濡れた短剣を握ったままだと気が付いた。「あら、ごめんなさい」と慌てて腰の鞘に仕舞い、四人の男女へ顔を向けると。


「————!」


 銀髪の男が、一瞬カスカータを見ていた。僅かに口角を上げ、不自然な笑顔を浮かべた男はすぐに正面を向いたが、カスカータは確信した。


 ——間違いない。アイツが、叛逆軍のボス。

 

 確信したら、もう止まらなかった。


 カスカータは群衆の間を縫い、ついさっき仕舞った短剣を握り締めて、銀髪の男へ迷わず振り下ろした。


「……っふ」


 何かに勘付いたのか銀髪の男は振り向くが、それより早くカスカータの速攻が腕を抉った。

 瞬間、周りにいた人々に血しぶきが舞い、花束が散った。


 始めは頭が働いていない人々だったが、状況を認識すると、誰かが絶叫した。

 それを合図に、止まっていた時が動き始めたように雑踏が散らばった。口々に叫び、何が起こったのか目撃していない人々も、逃げ惑い、混乱の波紋が広がってゆく。


「見つけた!!アナタね!」


 花弁の中心で、カスカータは目を見開いた。雑踏を撒き散らしたカスカータの双眸そうぼうには、銀髪の男を叛逆軍と信じてやまない、自信に満ちた瞳が揺れていた。


 ——こんなのじゃ、足りない!


 周りの状況を気にせず、暴徒化したカスカータは殺傷力の低い短剣を捨てた。腕から血を流した男は、尻餅をついてカスカータを困惑の眼差しで見つめている。


「アナタでしょ?ねぇそうでしょ?」


 恫喝どうかつするカスカータに、男性は首を振って答えた。


「……な、んのことで?」


 男性の声は震えている。

 まるで怯えているようだが、男性が腰に手を当てたのをカスカータは見逃さなかった。


 反射的に身を引いた途端、目の前を刃物が通り抜けた。慣れた刃先ではあるが、油断はせず、カスカータは軽く息を吐く。

 カスカータの青髪を裁断した刃物は、間違いなく男性の服の中から出てきた。カスカータは二、三歩下がり、銀髪の男を見据える。


「っだー、もう!わざわざ斬られたってーのにさぁ!」


 銀髪の男——ウォンは斬られた腕を見つめながら、長槍を両手で持ち直した。


「てか、誰ですか?僕、確かに恨みは買ってると思いますけど、いきなり斬られる覚えはないんですがね」


「……アナタ、叛逆軍?」


 ウォンは煽るように口を尖らす。


「それがなに?別に、僕は異界人以外あんまり手は出していない。このタイミングで襲ってきたってことは……お前、サキヤノの仲間か?」


 脅すように、低い声に切り替えるウォン。


「サキヤノ……ええ、そうよ。彼、酷い怪我してたのだけど、誰が手を出したか知ってるかしら?それが分かれば、別に良いのだけれど」


 一応保険をかけてみるが、彼は期待通りの受け答えをした。


「手を出したって、ちょっとつついただけじゃん。君もそれについて怒ってるの?大丈夫大丈夫、急所は逸れてるから死なないって!ま、止血が遅れれば死んじゃっても仕方ないけどー」


 クスクスと無邪気に笑うウォンは、表情一つ変えないカスカータに小首を傾げる。


「ちょっと、聞いてる?」


 無論、カスカータの耳にはウォンの言葉は聞こえなかった。「叛逆軍のボス」で「刺した」と分かればそれ以上聞く価値もないからだ。


「……アナタなのね、良かった、合ってたワ」


 誰にともなく呟いて、カスカータは愛用の武器を外套内から引き出した。


「ちょっ、そんなものここで使う!?」


 ぎょっとするウォンの声は、カスカータの耳には届かない。

 カスカータは、自分の武器を眺めた。




 ——背丈程の、雪を連想させる純白の銃剣。


 これがカスカータの昔からの武器だった。危険な任務の時も、皇帝から表彰を受けた時も、国を追われた時も、この銃剣と共に過ごしてきた。

 もう——家族みたいなものだ。

 カスカータは愛剣に想いを馳せ、ウォンに切っ先を向ける。


「私、目の前で異界人が傷付けられると、ほんっと許せなくて……」


 銃身に手を添える。

 ——温度を感じない冷たさが、心地良い。


「だから私が……アナタを安らかに、殺してあげるッ!!」


 コイツを仕留める準備は、私も愛剣も出来ている。



 カスカータは銃剣を振り上げ、ウォンに飛び掛かった。ウォンは伸縮自在の長槍で受け流すも、貼り付いたカスカータの歪な笑み、屈強な銃剣に初めて怯えの表情を見せた。


「あはっ!!よく止めたわね!」


 狂ったように笑い叫び、彼女は背中を反らして後ろへ飛びのく。かと思えば瞬時に距離を詰め、猛攻を続けてゆく。


「ちょっ、待て待て!!」


 ウォンは建物の柱に身を隠し、長槍を最大限まで伸ばした。

 少しでもウォンが時間を稼ごうとしているのは、目に見えて分かる。カスカータは銃剣を振り子のように左右に振って柱ごとウォンに斬りかかった。

 轟音。そして、バランスを崩した煉瓦の家が視界の端で崩れた。


 ——大丈夫、ここの家には誰も住んでいないもの!


「はぁぁ!?無茶苦茶な……!」


「待ちなさい!!」


 カスカータは崩壊から逃れたウォンに武器を振り被ったが、彼は紙一重で躱し、武器が地面に陥没する。煉瓦が砕け、破片が飛び散った。

 「……っ!」逃げ続けるウォンに舌打ちをし、カスカータは銃剣を構え直す。


「……おっ、おかしい、だろ……!」


 見るからに重量級の武器を軽々振り回し、ウォンへ少しでもダメージを与えようとする女。カスカータはウォンにその印象を抱かせて、彼の心に少しずつ恐怖を塗り重ねてゆく。


 周りに人がいないことを瞬時に確認して、跳躍するカスカータ。弾薬をセットした銃弾を、地面に向けて放出した。


 閃光を伴いながら弾は煉瓦を抉ってゆくが、残念ながら三発では相手を仕留められず、特に成果なく着地。しかし、勢いを緩める気はさらさらない。まだ熱い銃身を、長槍の横っ腹に叩きつけた。


「っう、お」


 武器がひしゃげ、ウォンは体勢を崩す。

 長槍を気にするウォンは、カスカータにとっては格好の的であった。彼女は追い討ちをかけるために距離を詰め、銃剣の切っ先をウォンの顔面向けて突く。


 瞬間、ウォンは反撃を図った。

 銃剣を長槍でかち上げ、ウォンは上へ飛び上がる。バランスを崩し、つんのめるカスカータの背中に一撃を加えようと、ウォンは力いっぱい長槍を振り絞った。




 ——が、一撃を喰らっていたのはウォンの方だ。

 カスカータは銃剣を地面に突き刺す勢いで跳ね上がり、彼の腹部に蹴りを放った。高跳びの要領で愛剣を基点にし、すぐに空中で体勢を整えて静かに着地する。


 「あははっ!!!」カスカータは再度嘲笑した。「意外にしぶといのね!!」


「っ、お前こそ中々やるじゃねえか」


 地面に膝をつき、被弾点を押さえるウォン。


『 逃げるか?

  仲間はもう役に立たず、とうとう自分一人になった彼はそう思わざるを得ない 』


 ——そうよね?きっと、そう思ってるわよね。


 どん、と乾いた音がウォンの思考を中断させた。


「戦い中に考え事なんて、随分余裕ね」


 ウォンが思案する一瞬の隙を突き、カスカータは再度銃弾を放った——今度は腕ではなく、確実に殺せる胸を狙って。


「おいおいおいおい……何、してんだよ」


 ウォンの白服が真紅の血で染まってゆく。

 ウォンは胸を押さえるが、血液は止めどなく溢れ、足元に血溜まりを作った。


「ごめんなさい、ちょっと外れたワ」


 銃剣を構え直し、カスカータは肩にかかった青髪を払う。


「でも、苦しんで死ぬなら……懺悔、出来るわね」


 地面を蹴り、光の如く距離を詰める。

 カスカータは少しも手を緩めず、ウォンの腕を引き裂いた。


「ッお……あッ、あああッッ!!!!」


 ウォンの悲鳴を、音楽を聴くようにカスカータは愉しむ。




 たけくるう彼女は、もう止まらない。


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