第十一話 役に立ちたい私達


 膂力りょりょくも技術もない。

 まだ魔法使いとしても未熟で、共鳴魔法が使いこなせない。

 未だ足を引っ張り続けてます。

 ねぇ、何もしていない私に「すごい」と言ってくれた貴方。


 ——こんな私でも役に立てると思いますか?







「……ゲルトルード、何か言った?」


 モニカの後ろにピッタリと張り付き、暗闇を手探りで歩いていたサキヤノは振り返った。


「えっ!……いえ、別に何も」


「そう?」


 気のせいだったかなと首を傾げつつ、サキヤノは救世主と呼ぶべき女性の背中に視線を移した。

 また自分達はモニカに助けられている。今も、それから少し前も。


 城郭都市から夢の魔法で聖都に来たのは良いもの、何故かケイシーがいなくなってしまった。「何故」とは思うが、これは小説や漫画で見たことのある展開なので予想は付く。口には出しにくく、小恥ずかしいが——


「……」


 思い切って言うならば、裏切りだろう。なるほど、こんな短期間で裏切られる時もあるのか、そうなのか。何か理由をつけようと考えるが、自分は友達に裏切られる感覚を既に知っている。だから、出会って一日も経っていないケイシーに裏切られても、他人事にも思えるし仕方ないとも言える。

 ……慣れているから、仕方ないと思うのだろうか。


 考えれば考える程むなしくなって思考を止めようとしたが、サキヤノの頭にはネガティブな言葉が湧いて止まない。


「サキヤノさん」


「ん?」


 サキヤノは、自分の横に並んだゲルトルードの声が、今度ははっきりと聞こえた。


「考え過ぎです。今は目の前だけ見てください」


 珍しく厳しい言葉。


「あ、うん」


 とりあえず驚いて返事をするが「ごめんね」と間髪入れずに謝罪もした。


「別に謝らなくて良いんです。サキヤノさんの思ってることが、不快だとか間違ってるとか思わないので」


「お、おぉ」


「……ただ貴方が暗いと、私だって嫌なの。なんせ私が見込んだ旅の相棒ですもの」


「おぉ」


 改めて言われると照れてしまう。かなり嬉しくてサキヤノは彼女の横顔を一瞥いちべつするが、暗いせいで顔が見えなかった。そしてゲルトルードがそれ以降口を開かなかったため、話すのは断念し「モニカさん」と照れ隠しのために声を掛ける。


 「あとで聞くね」食い気味で答えたモニカは、城壁をいじって聖都の門を開けた。「……あぁ、やっと開いた」


 門の開く音にかき消されないよう、モニカは声を張り上げた。


「貴方達を至急呼び戻したのは、理由があるの。まあ、『理由がないのに呼ぶ』なんてことしないから、当たり前なんだけど」


 聖都に足を踏み入れ、外灯に照らされたモニカがサキヤノを見遣る。一瞬見せたモニカの不快な表情と、ステファンのことで強く責めた時の彼女の表情と重なった。

 サキヤノは罪悪感で心臓が飛び出そうだった。呑気な自分に嫌気が差し「そうですね」と同意しようとしたが、言葉としては吐き出せなかった。


 モニカは気にせず、足を進める。


「ステファンが聖都の周りに変なやからがいる、って言ってたでしょ?その集団の一つがちょっと活発になっててねー。丁度サキ君達が出発したくらいに、聖都が襲われて……」


 ある建物で足を止め、モニカは扉を開けた。


「臨時の対策本部だよ。今、ある作戦で他の隊員達は出払ってるからこの人数で打破するの」


 扉を開けた先の部屋は、お世辞にも広いとは言い難かった。家具と呼べるものは床一面に敷かれている赤い絨毯だけの殺風景な部屋である。

 そんな部屋には「やあ」とのんびり手を振るディックと、高身長の女性が腕を組んで座っていた。

 反射的に頭を下げるが、サキヤノの挨拶はあやふやで終わる。この世界は挨拶がそんなに大事じゃないのかと考えたが、それ以前に自分が異界人であることが問題かもしれない。


 人知れず落ち込むサキヤノとゲルトルードに座る指示をした後、モニカは説明を続けた。


「やることは単純に一つだけ。その集団……『叛逆軍』と名乗る奴らを追っ払うだけ。勝手に聖域に立ち入った罪は重いんだから」


 モニカが拳を強く握り締めたところで「でもー」と気が削がれるような、やる気のない声が響いた。

 声の持ち主は、名前の知らない高身長の女性。

 彼女の言葉は、今までの空気を全てひっくり返した。


「別に追い払う必要なくない?だって、私達には関係ないし?」


 「え」とゲルトルードの声と、「もー!」とモニカの声が重なった。

 モニカは「関係大アリだよ!アタシ達保護部隊がいる意味、なくなっちゃうじゃん!」と半分怒ったように女性に詰め寄る。


「でもー、ディックもそう思うでしょ?」


 モニカを完璧に無視し、女性は首を傾げた。


「僕はパスで、めんどい」


「ちょっとディックー!」


 それぞれ言い合う三人を見て「仲良しだ」とゲルトルードは呟く。

 「うん、確かに」言いながら、サキヤノはモニカとディックと親しげに会話する女性に、自然と目が奪われていた。

 腰まである青髪と華奢きゃしゃな身体、高身長でスタイル抜群の女性から放たれるモデル的オーラは、テレビから飛び出してきたようで直視が眩しい。女性の透き通る声が発せられるたび、サキヤノは感嘆していた。

 一方的に緊張していると、不意に女性と目が合う。


「何見てんのよ」


 その瞬間彼女は目尻を吊り上げ、サキヤノに近付いた。

 マントの下から女性の長い脚がのぞき、不覚にも心臓が飛び上がる。


「異界人。みんながみんなアナタに優しいワケじゃないから、この二人が特殊なだけだから、勘違いしちゃダメよ。私みたいに、すーっごく嫌いな人間だっているんだから。今すぐにでも追い出したくなるくらい嫌いなの。というか出てって。アナタなんかいなくても私達でなんとか出来るワ、むしろ足手まといよ」


 一瞬で空気が固まるのが分かった。

 突如女性の口から飛び出た言葉にサキヤノは言い返せず、彼女は淡々と続ける。


「ねぇ聞いてるの?私、アンタみたいに周りに流されそうな気弱な人、それから前髪で顔を隠しがちな人、嫌いなのよねー。どうせ『自分には何も出来ないんだー』とか言って周りに助けてもらってるんでしょ?全く甘えるんじゃないわよ」


「……ううっ」


「……カスカータ、それ以上は言わないでほしい。彼は大切な協力者なんだから」


 彼女の正論がぐさりと刺さる。造形的な面についてとやかく言われたのは、なんだかんだこの世界で初めてだ。


 見ていられなくなり女性を制止したディックが、ふぅと一息吐く。


「ごめんサキ君、別に悪い奴じゃないんだ」


「良いわよディック、別にフォローしなくても……」


「カスカータ」


「……もぅ」


 ディックは再度息を吐くと「彼女のこと、言ってなかったね」と微笑んだ。


「……彼女の名前はカスカータ。元帝国騎士で『凱旋がいせん乙女おとめ』の二つ名を持つ、凄腕の傭兵。この通り性格に難があるけど、本当は良い人なんだ。今回僕達の手助けをしてくれることになった」


 少しも悪びれず、次にディックは女性に笑顔を向けた。

 「別にコイツに紹介しなくても良いわよ!」カスカータは吐き捨てるように言うと、サキヤノをじっと見つめた。「アナタはヒツジ……かしら」


「えっ」


「アナタのこと、これからヒツジって呼んであげる。異界にもいる動物の名前で呼んであげるなんて、私って優し過ぎるワ。光栄に思いなさい」


「……はぃ」


「声が小さいわねぇ、さすが気弱で臆病なヒツジだワー」


 叛逆軍のことが、頭の片隅に移動したのが分かった。そして新しいタイプの女性で頭がいっぱいになったサキヤノは、助けを求めるようにディックへ視線を送る。

 ディックは肩をすくめた。


「カスカータ、その辺で勘弁してあげて」


「別に私の好きにして良いじゃない?だって……」


「あのさ、カスカータ」


「何よ」


「勘弁してくれない?」


「……」


 ディックに何度も注意され、眉をひそめたカスカータは「ふん!」とそっぽを向き、今度はゲルトルードに声を掛けた。


「貴方は異界人じゃないのね。でも、こんな部隊に手を貸すなんてどうかしてるワ」


 始めはきょとんとしていたゲルトルードだったが、すぐに笑みを溢した。


「ふふ。私、よく物好きってよく言われるの」


 カスカータとゲルトルードが静かに話し始めて、ようやくディックとサキヤノは向き合う。しかし、本題は何だったか、と案の定忘れてしまったサキヤノは頭を掻いた。


「サキ君?」ディックは苦笑した。


「……すみません、えーっと」


「ま、カスカータと話すと半分くらい前後の話分かんなくなるし、説明下手なモニカの話は半分も理解出来ないから、実質サキ君は全て理解してないわけだ。大丈夫、しゃーない!だからもう一回、分かりやすく説明するよ」


 若干のけなしを交えつつ、ディックは咳払いをした。


「はは……本当に全然頭働いてなかったので、助かります」


「正直者か!……こほん、ではまずは『叛逆軍』と名乗る連中について!彼らは僕達の保護活動を邪魔して、異界人を攫っている集団だ。そんな団体さんを今まで野放しにしていたのは異界人保護部隊の人数が足りないのも理由だけど、隣国のヴィリジットが……」


 「あっ」ディックは不意に大声を上げた。「やっぱ何でもない」


「?はい」


「……ともかく。人数不足で、かつ作戦が重なって部隊中で人が全くいない今!……彼らは聖都を荒らし始めた。聖都には防衛の騎士団がいるにはいるんだけど、何故か防衛面だけあんまり機能してない。だから僕達が頑張ってます」


「おお……」


「ちなみに聖都の地下には、異界人を保護する施設があります。確かこれは言ったよね?幸いなことに叛逆軍はまだその施設の存在に気付いていないから、町を歩く異界人だけを襲っている。……それも許せないんだけどね!」


 語尾を上げ、にっこりと笑うディック。

 サキヤノもつられて笑ってしまう。

 差別されている人間にこんなにも寄り添っている人がいるのは感激だった。叛逆軍を追い出す一番の理由が、差別対象を守るためと、彼は躊躇いもなく言っているのだ。

 ——こんな人、生まれて初めて見た。


 知れて、良かったなと思った。自分に出来ることは限られているが、彼らの役に立ちたいとも思った。

 役に立つため、自分に出来ることを考えないといけない。


 今まで黙っていたモニカが、ディックの肩を組んで「おっ、サキ君なんか決意した感じ?良い顔になったねー!」と茶化してきた。

 なんでも「いや」とか「あの」とかを言葉の始めにつけがちなサキヤノだが、今は否定せず、モニカを正面から見据えた。


「……なんか。俺頑張らないと、って改めて思いました」


 「そっ……そっか」ディックの肩を叩きながら、モニカは「大変だけど、こういう姿見ると……嬉しいよね」と、はにかんだ。


「……本当に、ありがとうございます。感謝してもしきれないというか……」


 「な、何だよ突然!」モニカに感化されたのか、気恥ずかしそうなディックは勢いよくサキヤノの肩を組んだ。


「好きでやってるんだから良いんだよ!改めてそんなこと言わないでほしいんだけど!?」


「……確かに、みんな好き勝手言い過ぎ」


「——わぁ!!?」


 驚きで身体が跳ね上がる。ディックの肩越しに後ろを振り返ると、冷たい目がサキヤノ達を見下ろしていた。

 いつのまに後ろにいたのだろうか。カスカータは驚くサキヤノの横でかがみ、切れ長の目で彼を睨みつけた。


「ヒツジのくせに、くっつき過ぎなのよ」


 モニカとディックを引き剥がすと、カスカータはそう言って舌を出す。言葉から不機嫌さが滲み出ており、彼女の腹立ちはひしひしと伝わってきた。


「明日は結局どうするの?」


 カスカータは深く長い溜め息をし、声を荒げた。


「結局どうやって迎え撃つの?どこで、誰が、何をしたら良いのかしっかり考えてる?きっとこの人数じゃ……四人じゃ呆気なく返り討ちにされると思うのだけど」


 おそらくその場にいた全員がカスカータが空気を壊した、と思っているだろうが誰も口にしない。実際自分も思ってしまったが、一番下の立場でかつ迎撃の人数にも含まれない奴に、文句や不満を言う権利はない。

 一人にも満たないサキヤノは息を殺すも

 

「あのね、カスカータ。四人じゃなくて五人。私とディックとあなた、それからゲルトルードちゃんとサキ君の五人。ご・に・ん、だからね」


 と、モニカがフォローをしてくれた。

 それからサキヤノを見て笑顔で続ける。


「既にサキ君達が叛逆軍と接触しているのは驚いたけど、あの男のお陰で明日彼らが集団で来ることが分かったわ。不本意かもしれないけど、ありがとね」


「そんな……」


 サキヤノは心底不安だった。

 正直言って本当に俺は足手まといだからだ。戦うすべも、体力も、勇気もない奴に何が出来ると言うのだろうか。

 出来るとすれば——。


「とりあえず、今日は寝ましょう!しっかり寝て、明日に備えるぞ!」


 切り替えるように、モニカは「おー!」と元気良く拳を突き上げた。

 ディックとゲルトルードも続けて「おー」と言い、サキヤノの方を見る。その場の流れでサキヤノも控えめに手を突き出すが「やめて、恥ずかしいワ」と、カスカータの冷たい一言で手を下ろしてしまった。


 こうして明日——サキヤノは改めて無力さを痛感する。



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