第5話 ライブ
不思議な子だったな。アイドルかと思ったら普通だったし。プロフィール写真より実物のほうが綺麗だったし。
恋バナで盛り上がるかと思ったら「どこがどうして好きなのか」なんて聞いてきて。恋する気持ちは理屈じゃないのに。
理屈じゃないのに、私は理屈を探して述べていた。曲が歌詞が良いから。曲が良くて、演奏する姿がかっこよくて好きになっていた。
例えば同じ歌詞と曲を演奏するのが深田くんだったとしても、好きにはならなかっただろう。やっぱり私は小林さんを好きになったのだ。また理屈を探してしまった。
でも自分から壁を作っていたのは確かだった。そんな必要は一ミリもなかったのに。そう思ったらなんだかとても、もったいないと思った。
ライブハウスで会えるのに。話せる距離にいるのに。
アイドルだったら客席からステージを見るだけで、しかも肉眼で見えるか見えないの距離。話せるなんて夢のまた夢。
私はなんてもったいないことをしているんだろう。こんなに近くにいるのに。
次のライブの時、私は小林さんに話しかけることに決めた。それまでに少しでも自分に自信を加算しようと思った。
その日から私は出勤時の服装を変えた。そのまま同伴できるレベルのファッションにした。同伴もアフターもお呼びがかかったことはないけれども。
今まではスリムパンツにトレーナーを着ていた。これから友達との飲み会にでも行くのかなっていうラフなファッション。
今日からはスカートを中心としたファッション。ナンバーワンが着ているようなスーツは持っていないので、せめてスカートにした。私の持っているなかで比較的大人っぽいデザインのワンピースを積極的に着る。小物にも気を遣う。
ボーナスで服を買った。今までよりも女子力高めの服を。それらを出勤時に着て自分に馴染ませてゆく。スカートを
今までは髪の毛や爪とか、見える所には気を遣っていたけれども仕草までは気づかなかった。お客の前でだけ綺麗にしていればいいと思っていた。
そういえば深田くんはいい香りがしていた。ライブ後にシャワーを浴びたと言っていたっけ。たぶん香水もかけたと思う。座り方も綺麗だったな。喉のためにたばこは吸わないと言ってた。手も爪も綺麗だった。
なんで今になって深田くんのことを思い出すんだろう。
きっと、私が意識を高めたからだ。深田くんはずっと前から努力をしていた。外見で売っている自覚があるので美しさを保つ努力を。今になって分かる。
外見だけじゃない、待ち時間には曲を覚えていた。流行の音楽を聴いていたのも仕事に繋がるからだろう。中身も鍛えていたんだ。
〇〇〇
小林さんに話しかける日が来た。真夏と呼ぶにふさわしい暑い日が続いていた。二ヶ月ぶりのライブハウスだった。
小林さんのバンドのライブが始まる。
SEがかかるなか、メンバーとライブハウススタッフはセッティングを行う。メンバーが所定位置につき、機材や楽器の確認をする。
SEを
演奏が始まると先ほどまでの緊張は薄れてゆくが、完全にはなくならない。
まだ少し、続く緊張感。ボーカルが入るまでは油断できないとでも言いたいのだろうか。誰に対する油断とことわりなのだろう。
ボーカルの第一声が入る。ライブでもう、何度も聴いている曲。みんな知っている、ボーカルが入るタイミング。小林さんのバンドはカリスマ並みの人気がある。誰もが信頼を置いている。確実なステージを見せてくれると。
今夜の第一声は、調子が悪かったように聞こえた。どうしたんだろう、飲み過ぎたのだろうか。小林さんはたばこを吸っている。ライブハウスでよくお酒を飲んでいる。深田くんは喉のためにたばこを吸わないと言っていた。
私はちょっと哀しくなった。今までは無条件で小林さんを全肯定していた。それが崩れた。小林さんを全肯定していた期間の私の感情が否定された気分だった。肯定も否定も、全て自分勝手に行われていたことなのに。
ライブが終わったあと、みんなは口々に「今日も最高だったな」と言っていた。最高だった? そうか、私には調子が悪いように思えたけれど。今日たまたま調子が悪かった、たぶんそれだけだ。
ライブ直後の小林さんは少し元気がなかったように見えた。やっぱり調子が悪かったのだろうか。少ししたらお酒を飲んで友達と愉しそうにお喋りしていたのを確認してホッとする。
私と比較的仲の良い子が小林さんとお喋りをしていた。チャンスだ。私は仲の良い子に話しかけてそのまま会話に加わった。
話すのは初めてだけれどもお互い顔は知っている、私と小林さんはそんな関係だった。小林さんは私と目が合い、
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