第4話 結論

「寧々さん、この小林さんのこと、作る曲も含めて好きになったの?」

 なんだろう、さっきの続きだろうか。私は正直に話す。


「それはあると思う。歌詞読んで胸がぎゅーっとなるもん」

「じゃあもし、歌詞が下品な表現だったらどう?」

 下品? 例えば過去の恋人を語る歌詞であからさまな性的表現とか? それは幻滅するかも。ストレートな表現っていうのと何も考えないで感情を並べるのは違う。


「そうだよね、小林さんは考え抜いて歌詞を書いたんだもんね。だから寧々さんは惹かれたんだよね」

 深田くんは自分に言い聞かせるように、でもどこか納得していない様子だった。


「どうして小林さんを好きになったの? 話していて愉しいとか?」

「話したこと、ない。バンドやってる小林さんしか知らない」

 深田くんは驚いていた。それはそうだろう。話したことがないのに好きだなんて。外見と曲だけで好きになったということだ。アイドルを好きになるのと一緒だ。


「なんで話さないの? ライブもいつも見に行って、好きなんでしょ?」

「なんか、オーラが……。私にはたっとすぎて、話しかけられない」

 理由を見つけて言葉にして絞り出している感じがする。情けない。


「自分から壁を作っちゃってるんだね」

 耳が痛い。その通りだ。確かに小林さんに話しかけてはいけないルールなんてない。皇族でも読経どきょう中のお坊さんでもない。



みどりさん、三番テーブルご指名です」

 もう一人の「髪の長さが肩くらいの子」が呼ばれるのが聞こえた。

 私にはそれが来る確率が、低い。いつもは情けないけれども、今はラッキーだ。


 紹介でこの店に入って、指名がとれずに申し訳ない気持ちと情けない気持ち、あとは気まずい気持ちがあった。

 いつだったかママにごめんなさいと謝ったが、ママはそんなに気にしていないようだった。


「寧々ちゃんのマイペースなキャラが珍しいから、それだけで貴重なのよ」

 ママはそう言った。たぶん本心だろう。私がこの店に来るときも「女の子が足りない、誰でもいいから来てほしい」と言っていた。

 あのときは私が行きやすいようにそう言ったと思っていたが案外本当だったかもしれない。

 深田くんと今話していることが、面白い。話を続けたい。

 初めて誰かと、小林さんについての話をした。



「小林さんの、なにが好きなの?」

 深田くんの質問は続く。


「曲とか歌う姿、かなぁ」

「ステージを下りたあとは?」

「ステージを下りたあともかっこいいよ」

 私は得意気に言う。ステージに上がっていないとき、友達と談笑している小林さんはかっこいい。たばこを片手に微笑んで友達の話を聞いている。

 酔っ払った時は饒舌じょうぜつになるみたいで会話の中心になっている。後輩にも気さくに声をかけてよく相談に乗っているみたいだった。

 そんな風に小林さんのかっこいいところを述べる。でも聞いている深田くんは、どこか納得しない表情だった。


「でも小林さんの中身は知らないんでしょう?」

 確かにそうだ。そうだけれども、なんだろう。深田くんは何が言いたいんだろう。深田くんが私のしかめっつらに気づく。


「ああごめん、僕も外見で売っている側だから」

 私が小林さんの外見だけを見ていると言いたいのかな。でも小林さんは外見で売っているわけじゃない。


「例えば私が小林さんの存在を知らなかったとするよ。んで合コンとか会社、もしくは街中で小林さん個人を見かけても好きにはならないと思う。小林さんの雰囲気とか作る曲も含めて小林さんに惹かれたから」

 私は小林さんをルックスだけで好きになったんじゃないことを説明した。


「じゃあ小林さんからバンドを取ったら?」

「……魅力はないかも……」

 なんという結論。私はバンドありきで小林さんを好きになっていたことを知った。

 小林さん個人で出会っていた場合、恋愛感情が生まれることはなかったのか。


「でもでも【バンドをやっている小林さん】に出会ったんだもん。そのタイミングは運命でいいよね」

 私はどこか訴えるように、なぜか深田くんに許可をもらうような形だった。同時に、自分に言い聞かせている気もした。


「そっか……」

 深田くんの感想はその一言だった。そのタイミングでマネージャーから連絡が来たといい、深田くんは店をあとにした。


「今日はありがとう、愉しい時間を過ごせたよ」


 深田くんは笑顔でそれだけ言い、会計をすませてすぐに行ってしまった。お見送りの言葉も言えなかった。

 またツアーで来たら寄ってね、テレビに出るとき教えてね、今度は後輩連れて来てね。どれも言えなかった。もう一人の「髪の長さが肩くらいの子」だったら言えていたのだろう。

 キャリアだけじゃない。私はなんとなくこの仕事をしていたから。

「また」「次」には、いないかもしれない。無責任な発言はしたくなかった。それだけは私の誠意だった。普通の深田くんへの。


 深田くんが帰ったあとも店は特に混まず、私はずっと待機時間だった。すぐに深田健吾で検索をした。

 深田健吾は有名なアイドル事務所所属でまだデビューしていないいわゆる「ジュニア」組だった。それでもプロフィールが載っているのだからさすが国内最大のアイドル事務所だ。

 深田くんのプロフィール写真は、今まで話していた深田くんと少し違った。メイクをして照明を当てて一番かっこよく見える角度で撮影したのだろう。キャバ嬢だって同じだ。

 けれども深田くんは実物のほうが綺麗だと思った。


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