第4話 花師殺人事件
「おいザギ、ヤツを挑発する気か? 勝手なことをするな」
近藤が、ぎろりと佐木を睨みつけた。
怒鳴られた側はヘラヘラと笑っていた。
「まあ、いいじゃないですか。ものは試しですよ。別に奴を怒らせるような内容じゃないんだし。俺の前にも、次の花は何かって話題にしている奴いるし、そんなに突っ込んだ質問でもないし。まだ反応は無いですけどね」
「いやいや、もう、いくつか花の名前が書き込まれてるぞ」
「それは雑魚。花師は今んとこ無反応ですよ」
「どうして花師じゃないと分かるんだ? この中に紛れているかもしれないだろう」
「IDが違うんです。このスレッドでは必ずIDがつくんで、個人の識別が可能です。IDはIPと日付を暗号化したものです。で、遺体画像と天雲の画像を送ってきた人物、すなわち花師のIDはこれ」
佐木はそういって、スクリーンショットしておいた画像を映し出した。
「IDを変えて書き込みしてるかもしれねぇじゃないか」
「まあ、変えられるっちゃ変えられるけど、今花師は自分を誇示しようとしてると思うんですよね。注目されたいんです。だから、自分の書き込みだと分かってもらえなきゃ意味が無い。気付かれなかったら面白くないでしょう? だからIDを変えたりはしませんよ」
「お前の書き込みに反応するとは限らないんじゃないか?」
近藤はいちいち反論してくる。しかしこれは、佐木を否定しているのではなく、根拠や理由を示すように促しているのだ。
鳥居が、またハイと手をあげた。
「あの、ハンドルネームですよね? 佐木さんは〈zagi〉という名前で書き込みしてます。他の人みたいに〈名無し〉じゃないから目立つんじゃないでしょうか。だから花師が反応してくるということなのでは」
「ナイス・アテンションです! 鳥居さん!」
佐木は左手の親指を立ててニカっと笑う。
「ラストサンクチュアリでも、俺〈zagi〉だからね。もしも花師があそこのメンバーなら気付く可能性は高い。っていうか先輩、絶対メンバーだと俺は思いますよ。返事もくると確信してます」
「根拠は?」
「俺の直感です」
「ほお! そりゃあ、すげえや」
「あ、バカにするもんじゃないですよ。割と当たるんですから。花師からのコンタクト次第では、何かしらの情報を得られるかもしれない。でもまあ、これに関しては花師待ちなんで、少し置いときましょう。では先輩、花師について語り合おうじゃないですか」
佐木がそう言うと、近藤の目が輝いた。
「おう早速、初めよう」
「まずは、被害者の分析からしましょうか。とりあえず、今先輩たちが掴んでいることは全部教えて下さいよ。で、後日でいいんで、被害者の死体検案書や司法解剖の詳しい結果なんかも見せてほしいですね。もちろん写真も添えて」
1番最初の事件は今から1年と少し前、ゴールデンウイーク直前の4月27日に起きた。
A区で、女性の全裸死体が、彼女の自宅アパートで発見されたのだ。
ベランダへと出られる大きな窓のすぐ近くで、遺体は外を向いて椅子に座らされていた。首のない胴体の肩に、付け根から切断された両足がひっかけられ、切り取られた首は、被害者の膝の上で両手に抱え込まれていた。グロテスクで無残な姿だった。
そして遺体を彩っていたのは色とりどりのガーベラと、たっぷりのカスミソウだった。常軌を逸した犯行と言わざるを得ない。
細い道路を挟んだ向かいのマンション上層階の住人が、その遺体を発見した。午前、洗濯物を干しにベランダに出た時ふと目に入り、初めはヨガでもしているのかと思ったが、あまりにもポーズが妙だったため、気になって見てみると首が切断されていることに気付き仰天して通報したのだった。
いつもは閉められているカーテンが全開になっており、発覚を早めようとする犯人の意図が見えた。
被害者の名は谷口久美。都内の商社に勤務する26歳の会社員だった。無断欠勤が2日続き、連絡も取れないことから警察に連絡しようしていた矢先の遺体発見だった。
殺害現場は被害者宅であり、死亡推定時刻は欠勤前の24日の夜。洗い流されていたが、浴室で遺体を解体したことも判明している。
部屋を出入りした不審人物の目撃情報は、これまでのところ出ていない。
発見時、部屋の扉は施錠されていたが、室内にあるべき鍵が見当たらず、犯人が鍵をかけて出ていったと思われる。鍵は現在に至るまで発見されていない。
次に被害者がでたのが、8月3日。約3か月後のことだった。
今度はB区にある広い緑地のある公園で、同じく女性の全裸遺体が見つかった。4月と同様に遺体は損壊されていたのだが、今回はさらに両腕も切断されていた。そして、白いカラーの花が頭部の代わりを務めていた。別の場所で殺害解体された後に、運ばれたものと思われる。
発見者は、早朝、犬の散歩をしていた男性だった。
被害者は山本沙雪。隣県在住の21歳の女子大生だった。遺体発見の4日前に、たまたま友人と都内に遊びにきて、友人と別れた後行方不明になっていた。
この頃から、花師という呼び名が聞かれるようになった。
3人目の被害者は、それからまた約3か月後の11月21日に発見された。C区の大きな霊園で見つかったそれは、ダリアの花で飾られていた。
バラバラにされた遺体は、先の2件よりもさらに奇天烈な形に組み替えられていた。
彼女は吉野美月23歳で、飲食店でアルバイトをしていた。彼女もまた、3日前から行方不明になっていた。
そして半年経った今日5月29日、4人目の被害者が出た。
遺体の発見場所はD区の雑居ビルの空室。今度は真っ赤な薔薇が、遺体に生けられていたのだった。
発見の経緯は、第1の事件と酷似していた。この雑居ビルの向かいのビルに務めている会社員が第一発見者だった。彼は毎朝一番に出社し、部屋の換気をするらしい。いつもと同じように窓を開けたのだが、見えたのはいつもと同じ景色ではなかった。長い間閉められていたカーテンが全開になったその先に、薔薇をあしらった遺体があったのだ。
現在、被害者の身元の確認中だ。
ラストサンクチュアリの「神の作品」のページをひらき、佐木は事件のあらましをかいつまんで読み上げた。
そして近藤に問いかける。
「被害者に共通しているのは、20代の若い女性で、ロングストレートの黒髪、身長約150センチ前後で細身という小柄な体形、そして美人ということなんだけど、警察はそれ以外の情報掴んでたりするんですか?」
佐木があげた共通点は、見れば分かる外見に関するものばかりで、報道番組でもよく取り扱われている。そのため、近頃では花師を恐れて黒髪ロングストレートの女性は、ぐんと数を減らしているらしい。
花師が見た目で被害者を選んでいるのは明白だが、もしかしたらその他にも選ぶポイントがあるのならばと、佐木は尋ねる。
「例えば、既往歴とか、宗教とか、SNSで繋がりがあったとか」
「いや、本当に外見以外はあまり共通するものはないようなんだ」
「職業、居住地、家族構成、学歴、性格など、特に一致をみるものはありません」
メモをみながら鳥居は、近藤に付け加える。
「被害者のご両親の職業や学歴も同様です。SNSを含め被害者同士の接点も確認できていません」
「うーん。やっぱり、花師には見た目が重要ってことか。人間で生け花をやろうってんだから、美人であるってことが絶対条件なわけか。解体して生けるのに扱いやすいから小柄な女の子で、髪型は単に好みか?」
「小柄って、そういう理由が……」
鳥居は眉間に皺を寄せ、嫌悪に顔を歪ませている。
「大柄な女性だと、解体するのも遺棄するのも大変でしょ? だから、多分意図して小柄な子を選んでると思うよ。鳥居さんは身長何センチ?」
「155センチです」
「うーん微妙。でも、ショートカットだし、おっぱいばいーんで肉付きいいから、狙われる可能性は低そうだね」
「おっ、おっぱ……肉付きって!」
今度は違う意味の嫌悪の表情で、鳥居は佐木を睨むのだった。
「ご遺体の検死から分かった、共通点ならあります!」
「聞きたい!」
「死因は細いひも状のもので首を絞められたことによる窒息死です。首を切断されているので分かりにくいご遺体もありましたがいずれも索条痕があり、窒息の際の眼球の充血などが認められています。抵抗した後がなく、また微量の睡眠薬も検出されていますので、意識が朦朧としている所を絞殺されたものと思われます」
鳥居は遺体の状況を説明してゆくのだが、だんだんと口が重くなってゆくので、近藤が後を引き継いだ。
被害者たちは、首を強く絞められて死亡した後、身体を切断された。1件目は首と両足の切断だったが、2件目以降は両腕も切断されている。そして腸のほとんどが摘出されていた。手足を腹に生けるのに、邪魔だったからだろう。
全員に共通するのは、強姦の痕跡はなかったことだ。そして、切断箇所以外には、肌にはかすり傷一つ無かった。
「美しさの追求かな。ガーベラ、カラー、ダリアにバラ。花も、美しく咲ききったものを使っているし、美意識の塊だ。肌を傷つけないように、かなり気を使って作業したみたいだね。今朝の写真を見た感じじゃ、肌には垂れた血の跡も無かったし。まさにアーティストだねぇ……。ノリノリで、さぞかし気持ちよかっただろうねえ。どっかに精液付着してませんでした?」
「そんなもん見つかってない。強姦はされてないって言ってるだろ」
「でも、強姦しなくても自慰はしてるでしょ。するって。人間を切り刻んで生け花してるんですよ? 興奮するじゃないですか。良く調べて下さい。大切な証拠なんですから」
「まったく、お前に言われなくたって検視官も解剖医の先生方もちゃんと調べてくれてるってんだ。このあと、今朝のご遺体の司法解剖がある。俺も立ち会うんで、一応言ってみるが」
鳥居が眉をひそめて、ハイと手を上げた。
「あの、私もそうだとは思うのですが、花師を男と決めつけているのはなぜですか? 女である可能性はないんですか?」
「無いよ。だって男だから」
「ですから、その理由を」
「シリアルキラーのほとんどが男だと言われている。女は極まれで、動機は営利目的であることが多い。花師は明らかに快楽殺人者で、営利目的じゃない。犯行には強い支配欲や承認欲求や自己顕示欲もみえる。女性にそれらがないとは言わないが、男の方がそういう欲望が強くて、暴力とも繋がりやすいんじゃないかって俺は思ってる。被害者が全て女性であるという点も、花師が男だと思う理由の一つだね。鳥居ちゃん、初対面の男には気をつけてね」
急に馴れ馴れしくちゃんづけで鳥居を呼んで、にへらと笑う佐木だった。
少し眉を吊り上げる鳥居を宥めて、近藤が言った。
「捜査本部でも男とみてはいるが、まあ確かに何事も決めつけないに越したことはないな。……で、花師の犯行は計画的で、緻密だ。現場には痕跡を残さないように細心の注意が払われている。このことから、犯行では遺体の尊厳を奪う暴力性を見せながらも、普段の奴はおとなしく物静かなタイプで、知的な人間であると考えられる」
「俺もそう思いますよ」
「誰もが、まさか彼がと驚くような人物だということだ」
「見た目も、厳つい先輩とは正反対でしょう。もしかしたら、結構イケメンかもしれない。被害者たちが消息を絶つ前の目撃情報がないことから、彼女たちが自主的についていった可能性もありますからね」
被害者たちは、警戒心を抱かせない温和そうで容姿の整った男に、ごく普通に話しかけられた。そして、ごく普通についていたった。それなら誰の注意も引かず、証言が取れなくても不思議はない。佐木はそう考えていた。
鳥居が手を上げる。
「イケメンに声をかけられたからって、全ての女性が簡単についていくとは限りません」
「そうだよ。だから、被害者以外に何人も声をかけてるだろうね。聞き込み頑張って。それでもさ、高確率でナンパに成功するタイプなんじゃないかな。なんか腹立つな。百発百中のイケメンかよ! クソだな!」
「佐木さん……。被害者が自分でついていったとするなら、警戒心を与えない人物だろうというのは納得できます。でも、それなら女性の方が警戒されないんじゃないかと思うんです」
「確かに女性は警戒されにくいかもしれないけど、あの犯行はやっぱり男だと思うけどなぁ。それにイケメンは警戒されない。いいかい鳥居ちゃん、世の女はね、イケメンが好きなんだよ。これは真理なんだよ! 君だってそうだろ。人間ってのは見た目の第一印象で、そいつを評価し優劣や善悪さえも、勝手な思い込みで決めつけてしまう愚かな生き物なんだよ。俺なんかなあ、コンビニ行っただけで通報されるんだぞ! 何度職質されたことか」
ムッと顔をしかめると、近藤が大笑いしながら、それは仕方ないだろと背中をバンバンと叩いてくる。1発目で、佐木はパソコンのキーボードに顔を埋めそうになっていた。チッと舌を打って、しばらく放置していた掲示板のチェックを再開するのだった。
実際のところを言えば、佐木は容姿の良し悪しよりは全体の雰囲気のほうが重要なのだと思っている。要は人畜無害な善人の皮を被った、冷血な外道が素知らぬ顔で街を歩いているということなのだ。
掲示板をざっくり斜め読みしていく。と、10分程前の書き込みに目が止まった。バクンと心臓が鳴り、グッと身を乗り出した。
「来ましたよ、先輩」
名前:名無し 20**/05/29 18:42:51 ID**********
極楽鳥花
佐木が待ち続けていたIDからの書き込みだ。唇が吊り上がるのが止められない。
「ったく、ド派手な花選びやがって」
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