第2話 ゲームスタート

――ホント、面白れぇよ。


 花師のエキセントリックな行動は、佐木の好奇心をがっつりと刺激していた。

 3件の殺人で止まるとは思っていなかった。絶対に次があると確信していた。いずれ、なんらかの形で犯行声明も出すだろうと。

 だが、第4の事件と同時に第5を仄めかすとは、さすがに予想の範囲外だった。にやつきが止まらなかった。


『おい! なに言ってるんだ!』

「あ、すみません。つい心の声が……」

『遊びじゃねえんだ!!』


 近藤の怒声が、佐木の耳に突き刺さった。思わずスマホを耳から離し、怒りっぽくて頭の固い男だと肩をすくめた。ついでにスピーカーに切り替えて机に置く。

 そしてモニターに大きく映し出された少女を見つめる。カフェテリアらしき場所で、髪をかき上げながら微笑む自撮り写真だ。


「先輩。今まで、奴は自分に繋がる手がかりを一切残してこなかった。それがここに来てこれだ。完全に調子に乗ってますね。チャンスです。このヤマ、動きだしますよ」

『ああ、そうかもな。だから、俺を逆なでするな』

「はいはい、それより、早く捜査本部に連絡した方がいいですよ。ネットに被害者と次のターゲットらしき画像が晒されちゃってるって」

『お、おう』

「そんで、急いでターゲットの身元特定と確保。まだ花師の手に落ちてなきゃ、ですけど」

『指図するんじゃねえよ。じゃ、切るぞ。この件は後でまた連絡する』

「え? 連絡? なんで? 情報は大歓迎ですけど、俺、部外者っすよ? いいんですか?」

『うるせえわ! お前、もうある程度は推理を固めてるんだろう! 犯人像ができ上がってるなら話せって前から言ってるだろうが!』

「いえいえ、何も分かりませんよ。犯人像も、警察と同じだと思いますよ?」

『それでもだ!』


 ぶつりと通話が切れた。

 佐木はボリボリと頭を掻き、軽く肩をすくめた。近藤は自分を買いかぶり過ぎていると思うのだ。しかも自分と近藤警察とでは目的が違うのだから、あまり当てにしてくれるな、とも。

 正直、佐木が事件の成り行きを追っているのは、花師の心理を知りたいがためだ。逮捕は二の次なのだ。そして付け加えるなら、個人的に会って話したいとさえ思っていた。決して近藤の前では口にできないのだが。

 しかし、彼の要求に応えれば、一般人には入手できない捜査情報を得ることができる。これは垂涎の品であり、協力しない手はないのだ。

 佐木は苦笑を浮かべて、再び掲示板の書込みを読み始める。

 何枚もの画像の張り付けは、近藤と話している間に終わっていた。今は、動揺したスレ民たちが騒いでいるばかりだ。

 そこに、ついさっき一気に40以上の画像を投下したIDからの書き込みが来た。


名前:名無し 20**/05/29 08:36:42 ID**********

ゲームスタート


 佐木の唇が吊り上がる。


「OK。始めようぜ。あんた、絶対勝てるって思ってんだろう? でも、そうはいかねえって教えてやるよ」


 近藤には宣戦布告だと言ったが、自分にとってはラブコールみたいなものだなと、佐木は笑うのだった。

 急いで別のサイトへ飛んだ。

 それは真っ黒な画面だった。サイト名の表示はなく、ただIDとパスワードを要求している。

 慣れた手つきでログインすると、ゴシックホラー調の装飾がされたトップページが現れ、デカデカとLast Sanctuaryの文字が佐木を出迎えた。


――最後の聖域とか、中二クセェよな。さて、こっちの掲示板も賑わってんだろうな。


 佐木の予想どおり、このサイトの掲示板にも見ているうちに書込みが増えていった。花師の新たな犯行と次の犯行予告について、サイトの会員たちが談義に花をさかせているのだ。ほとんどは花師を賛美する書込みだ。


『ラストサンクチュアリ』


 いわゆる、花師のファンサイトといったところだ。彼を崇拝し讃える悪趣味な犯罪マニアのたまり場だ。犯罪者に傾倒する人間というものは、時代や場所を問わず存在するらしい。

 佐木は、花師の情報を集める為に様々なサイトをチェックしていた。その中でも、ラストサンクチュアリには特に注目していた。


 佐木がラストサンクチュアリを見つけたのは半年ほど前のことだ。先ほどの巨大掲示板でこのサイトが紹介されたのだ。犯罪に興味のある方はこちらへどうぞ、とURLが画像で張り付けられていた。

 早速、足を運んでみると、なんの説明もない真っ黒なログイン画面が現れた。会員制で覗くこともできず、とりあえず掲示板に戻ってみると、その紹介画像はもう消されていた。

 俄然、興味を引かれた。絶対に中身を確認してやろうと。

 提示されたURLのページを調べてみると、黒いログイン画面の隅にピリオドが隠されていた。文字を反転させなければ、背景の黒に紛れて見えない、そのピリオドが入会フォームに飛ぶリンクだった。


 入会の為の質問はシンプルだった。花師をどう思うか、殺人を肯定できるか、この世を憎んでいるか、の3点だ。

 紹介の時点では何のサイトか確認できなかったが、質問のおかげで想像がついた。佐木は即座に、管理者の望むであろう答えを入力し送信した。素直に思ったままを書いただけ、ともいえるのだが。

 1つ目は、花師は稀代の犯罪者であり、その名は日本犯罪史に燦然と残るだろう、と。2つ目、殺人は古来から行われてきた人間的行動であるため、未来永劫なくなることはない。3つ目は、自分ほど怨念を抱いているものはいない、と書き込んだ。

 翌日入会許可の返事がきた。


 佐木はラストサンクチュアリの中身を確認してほくそ笑んだ。

 ネーミングセンスや、デザインの自己陶酔感が鼻につくし、会員たちが花師を神のごとく崇める様子は佐木を白けさせたが、一連の事件を時系列で丁寧にまとめ、管理者が調査したと思われる、被害者の細かい周辺情報も併せて掲載している点は高評価だった。

 以来、チェックを欠かさないようにしていた。それは花師はきっとこのサイトにやってくると、予感したからでもあった。

 サイトの宣伝は、今でも2週に1度の頻度で数分だけ行われている。タイミングよく宣伝を見るには運が必要だが、花師は強運の持ち主であるような気がしてならないのだった。



 佐木は、ラストサンクチュアリ内の掲示板を少し遡った。遺体発見の第一報から賑わい初め、そして会員の一人が例の遺体写真を転載してから盛り上がりが気違いじみてきて、花師礼賛大会が始まっていた。

 ふんと鼻で笑い現在時間まで戻す。すると一つの書き込みが目に飛び込んで来た。


death:20**/05/29 08:47

みなさーーん!次回作の女の子が誰か知ってますかぁ?なんと俺は知ってます!ガチで知ってるんですよねぇ☆


 バクンと佐木の心臓が鳴った。引きつるように唇が吊り上がる。本当に知っているなら、これは特級ネタだ。

 それは本当か、どこのどいつだ、なんて名前だ、もう花師は手に入れているのか、と佐木が抱いたのと同じ疑問を、他の会員たちが次々書き込んでゆく。

 早く言えと、佐木も画面越しに急き立てる。

 しかしdeathは、なかなか次の書き込みをしない。焦らして皆の反応を楽しんでいるのかと、舌を打った。

 そして案の定、答えではなく挑発がきた。


death:20**/05/29 08:52

誰だと思いますぅ?


「がぁー! そういうのはいいから、とっと言いやがれ! くそガキが!」


 思わずテーブルをどんと叩いていた。灰皿の上で山になった吸い殻が一本転がり落ちる。佐木はガリガリと爪を噛んだ。


death:20**/05/29 08:52

なんとライブアイドルなんです♡


「ライブ、アイドル?」


 続きを待つが、静まり返ったままなんの書き込みも無い。他の会員たちも固唾を飲んで待っていたのだろうが、痺れをきらした奴がいた。


リッパーリッパー:20**/05/29 08:56

どういう女なんだ

さっさと名前とか住所とか分かってること言えや

death:20**/05/29 08:58

見た瞬間どっかで見たことのある子だなって思ったんですよねぇ。XYZってライブハウス知ってます?可愛い子がいるんすよ。歌って踊って楽しいっす!会って話せる身近なアイドルっていいっすよ!推しと仲良くなれるなんて最高っす☆

リッパーリッパー:20**/05/29 08:58

どうでもいい

ぶっ殺すぞ早く言え


「その通りだリッパーリッパー、お前は正しい!」


闇導師:20**/05/29 08:59

本当は特定できてないんだろう

death:20**/05/29 08:59

そんなこと言うなら教えてあげませんよ

闇導師:20**/05/29 09:00

言えよ 神に嘘つき呼ばわりされたいか


 闇導師の発言のあと、deathは黙り込んでしまった。当然、ここでいう神とは花師のことだ。deathは花師を崇拝するが故に、嘘つき呼ばわりされるぞという闇導師の言葉に動揺したようだ。その後のリッパーリッパーの囃し立てたのも効いたのか、少ししてdeathの書き込みがきた。


death:20**/05/29 09:02

天雲愛美


「グッジョブ!」


 文字を目にした瞬間、佐木は検索をかけていた。簡単に彼女のSNSがヒットした。アイコンは自身の顔写真だ。掲示板に晒された画像と確かに同じ人物だった。プロフィールや投稿されている自撮り写真から、間違いないと判断できた。

 天雲てんくも愛美あいみは、ライブハウスを中心に活動するフリーランスのアイドルだった。

 スマホを掴み、近藤にかける。呼び出し音が繰り返され、5回目のコールでやっと不機嫌そうな声が聞こえた。


『はい、近ど』

「先輩! 花師のターゲットが分かりました。天雲愛美。天使の天に空の雲、愛情の愛に美しいと書いてアイミです! XYZっていうライブハウスで活動している自称アイドルで、19歳!」

『おい、ザギ! どこでそんな情報仕入れた?! ガセじゃないだろうな?』

「ガチです。SNSやってるんで見て下さい! 情報源は後で教えますから!」

『分かった!』


 電話を切ると、佐木は少し肩の力を抜きタバコを咥えた。煙を大きく吸い込み、満足気に吐き出す。

 そして天雲のSNSを調べはじめた。

 だが途端に、どっと肩が重くなりため息が出た。個人情報がダダ洩れだったのだ。固有名詞のオンパレードで、いつだれとどこに行ったとか、今からどこそこへ行くとか、日常の行動もいろいろと晒していたのだ。

 掲示板に晒された画像も、このSNSの記事からの転用だと分かった。彼女が通う大学のカフェテラスで撮影されたものだったのだ。確かに背後に写り込んでいるのは学生のようだ。そして当然のように、彼らの顔にぼかしなどは入っていない。

 ネットリテラシーがなっとらんとこぼしながら、佐木は彼女が立ち寄る可能性のある場所を、記事の中からピックアップするのだった。そして天雲の立ち寄り先リストを近藤へとメールした。

 この無防備さでは目をつけられたら最後、簡単に捕えられてしまうだろう。もう、彼女は花師の手に落ちているかもしれないとさえ思った。


――いやいや、ヤツはゲームスタートって言ってるんだ。少なくとも、あの時点ではまだ捕まえていないはず、生きているはず……。


 既に殺害していたとしたら、後出しジャンケンをしているようなもので、それではゲームにならないと思うのだ。

 花師は警察をコケにするつもりなのだろうし、予告通り彼女を殺害できる自信もあるのだろう。画像を晒した時点ではちゃんと生きていたのに警察は守れなかった、と嘲笑いたいのだ。


――天雲は生きている。そして攫われてもいない。ただしだ。


 となれば、スピード勝負だ。警察がいかに素早く天雲を探し出して保護するかにかかっている。花師は当然彼女の居場所を把握しているのだろうから、それよりも早く。

 佐木はチラリと時計に目をやった。9時を過ぎている。テレビでニュースをキャッチしてから1時間半程経過していた。自分ならばどのくらいの猶予を与えるだろうかと考える。


――半日。いや、もう少し短いか。派手にネットで晒したんだ、即動けというメッセージだろう。ターゲットはアイドルで特定しやすいわけだし、あまり猶予はないだろうな。まあ、天雲確保は先輩の仕事だから、がんばってもらうとして、俺は……。


 佐木は、再び二つの掲示板に目を向けるのだった。今、花師も必ずこれを見ているはずだ。今まで犯行以外のアクションを起こさなかった花師が、初めて発信したのだ。世間の反応が気になって仕方がないに違いない。しかもラストサンクチュアリでは天雲の名も上がった。

 必ずどこかで反応するはずだと、佐木はじっと待ち構えるのだった。

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