悩み事は信頼を置いている人間に相談しよう
奏さんとの楽しいそしてなんとも言えなくなったデートが終わった後、俺たちは蒼太と潤の三人でキャンプにきていた。
テストまではあと一週間も残っていない特に意識する必要は俺にはない。
「いや。実にいい天気だ。最高のキャンプ日和だ」
蒼太は実に上機嫌に背を伸ばしていた。今にも鼻歌を歌いそうなほどだ。
だがそれも仕方のないことだ。空は青く、少し肌寒い時もある時期に太陽の日差しとはとても気持ちの良いものだ。そして俺たちがきたキャンプ場はあまり人がいない。つまりこの広い緑で囲まれた場所を限りなく自由に使えるということだ。
これほどの好条件に恵まれてはその気分も頷ける。かくいう俺もまた実に良い気分だった。これなら楽しい気分で悩んでいることも吹き飛ばせそうだ。
「さてテントを組み立てるか!」
そう言って相太が取り出したのは『kogawa』のステイシーTである。そう我ら日本製の中でかつ高級ブランドの一つである。このテント2〜3人用でお値段は5万円以上する。あらやだ金持ち!それ以外にもこのメーカーはファミリー用では10万以上のものもあるのだ。
相太の持つテントの良い点は広い前室がついていることだ。前室があれば日陰もでき、過ごしやすい空間ができるのだ。荷物を前室においても1人ぐらいなら余裕である。
「そうだな!俺たちも立てようぜ」
潤もそう言って組み立て始める。それに伴い俺もテントを組み立て始める。
ちなみに俺が使っているテントは『Naturehi』というメーカーのopalu3というテントである。こちらも前室がついており、お値段は2万円と相太のテントの半額以下で買えるテントである。なかなか使い勝手がいい。潤が使っているのは3000円ほどのテントである。だが侮ることなかれ、品質はなかなか良い。寝る分に関しては十分だろう。
全員が別々のテントを持っているのに疑問を持つかもしれないが、結構普通だったりする。というかファミリー用のテントはデカイし、重い。片付けるのもまぁマァ面倒だったりするから個人的にはそれぞれのテントを使う方が楽な気がする。
「さぁ昼飯を作るか!俊任せた」
いきなり丸投げである。まぁこの中で料理ができるのは俺ぐらいだから仕方のないことではあるが……
「いいが、その代わり水を汲んできたりは頼むぞ」
「わかっている。行くぞ潤」
「俺は貧弱だから重たいの持てない!」
「貴様が貧弱だとかどうでもいいのだ。貴様のような人間にそんなこと言われても助けてやろうなどは微塵も思わんぞ。早く来い」
蒼太は潤の首を捕まえ、水を汲みに行く。よくある光景なので俺も特に気にしなかった。
とはいえ、昼飯まであまり時間がないため、凝った料理は出来ない。凝った料理は晩飯に回すべきである。だから昼はさっと済ませるものにしよう。そこで取り出されるのはそう!これホットサンドメーカーである。有名メーカーのものは4〜5000円ほどするが、こだわりがなければ1000ほどで買えちゃうものである。
さらに取り出されるのは食パンにベーコン、卵にチーズ。ここまでくればお分かりだろうか?俺が作るのはそう!ベーコンエッグチーズホットサンドである。はい美味確定!
俺は早速シングルバーナーを設置し始め、ライターで火をつける。その上にクッカー(キャンプ場んで使う食器兼調理道具)を乗せて油を引く。そして薄切りにされたベーコンを数枚豪快に乗せる。するとベーコンが焼ける音が響き渡り、俺の食欲をそそらせてくる。このまま食べてしまいたい衝動を抑えながら軽く塩胡椒をふりかける。そしてカリカリになりかけたところで卵を落とす。本当は両面焼きとかにしたほうがいいのかもしれないが、面倒くさいのでこの辺はテキトーである。洗い物増えるの面倒だからね!
さぁいい感じに半熟になったところで、すでにホットサンドメーカーに置かれた食パンの上に乗せてはさむ!そして熱する!これでOK。あとは少し食パンがいい感じに焼けるまで待つ。
「ほら持ってきたぞ」
そうこうしていると相太たちが戻ってきたようだ。2人とも両手に手洗い兼洗い物用の水を調達してきたようだ。水は近くにあると便利などで百均などそれ用のものを買っておくと便利だよ!
「おっ!いい感じだな」
潤は水が重いのか腕をプルプル震えながらも陽気にホットサンドをみる。先に水を置くことをお勧めするぞ。
「とりあえずその水置いたほうがいいぞ」
蒼太も呆れながらそう助言する。
それから昼飯をみんなで食べてから、のんびり三人でカードゲームなどをして楽しんだ。それから焚き火台を設置し、そこで墨に火をつけて晩飯を作った。メニューはビーフシチュー結構寒くなってきた時には温かいものがいいのだ。作るのが結構時間がかかるがそういうのもまた乙というものだ。
それをみんなで味わいようやくひと段落した頃、俺は話を切り出した。
「……一ついいか?」
俺がそういうと横で薪を割りながら焚き火台に放り込んで焚き火の火を強めようとしていた二人が手を止めて怪訝そうな顔でこちらを見る。
「どうした?そんな改まって…」
「どうしたトイレ一人で行くのが怖いのか?一緒に行ってやってもいいぜ」
「いや、それはない」
俺はきっぱりと否定しておく。すると潤はなんとなくふざける場ではないことを悟ったのか、大人しく座ってこちらを見る。
「なんか相談事か?珍しい。相談事にしてもお前は軽く意見を聞いて行動するタイプだろう?」
「そうだな。お前基本的に遠慮がないタイプだから。迷惑とか考えず相談があるときはズケズケ行ってくるだろ?」
「まぁそうなんだがな」
確かにこいつらの言うとおり結構遠慮がない人間である俺は、こんな風に改まって相談事を持ちかけたことなどない。何気無しに意見を求めては、ありがとうの一言言ってそれで済ませてしまうタイプかもしれない。
「今結構悩んでいてな……どうするべきか悩んでいる」
「例の先輩の件か?」
「そうなるな」
「ふん。それでどう言う内容だ?」
「本来土足で入り込むものではない人間関係に、問題が生じている。こういった状況のとき俺はどうするべきだと思う?」
真剣な目で二人に俺は問いかけた。
少しの間沈黙がその場を支配した。俺たちが囲っている焚き火のはじける音だけがその場に存在した。
「……土足で入り込むものではないといっている時点で答えはわかっているのではないか?」
「かもしれない。俺も基本的にそう思う。だが…どうしてもそれがなんと言うか情けなく思えてな」
「お前が情けなく思おうが思わなかろうが、向こうには関係ない。それはまた別の問題だ」
「……」
「貴様のエゴなど向こうにとってはどうでもいいと言う話だ。大切なのは相手のことだ」
確かに蒼太言う通りだ。俺が情けないと思うから行動することが向こうにとっていいことである保証はない。それはただのエゴだ。
「でも、そんだけ悩むと言うことは、その先輩のことをそんだけ大切なんだろ?だったらむしろ大いに寄り添ってあげてもいいじゃないか?蒼太はそう言う意見かもしれないけどよ……俺はそう思うぜ?」
潤はボソッとそう呟く。
「だが、下手に入り込むのは無責任だ」
ギロリと潤を睨みつける。だが潤は撤回しようとはしなかった。
「わかってる。だから入り込むんだよ。深く。そう言う問題を背負う覚悟を持って」
「理想を言えばそうかもしれない。だが事態を悪化させることもある。そう言った現実を見た上で判断するべきだ」
「わかってるよ。でもよ蒼太それに俊。現実を見るのは大切だけど。そればっか徐々に下っていくだけだぜ?現実を見据えながらも理想を見てないといけないんじゃないか?正直俺の立場じゃあ勝手な意見しか言えないけど。これ正直な感想だし。友達のお前にはしっかりこう言うこと言うべきかなって……」
俺は二人の意見を心に刻むために深く呼吸をした。整理するためだ。二人の意見どちらも間違えていない。少なくとも俺の道徳観はそう言っている。どっちも正しくてどっちも完全回答ではないのだ。
―――そう言えばこんなこと前もあったな
思い出すことは簡単だ。つい最近の出来事だ。奏さんが映画を見て経験したことではないか。まさかまた出くわすとは……
ついつい顔を歪めてしまう。
やれやれまずは俺が自己に問いかけなければならないようだ。
今俺には二つの道が示されている。一つは現実的に一番リスクが少なく、かつ普通取りうる行動。つまり奏さんの問題に深く立ち入らず今まで通り過ごすこと。もう一つはかなでさんのためになるのかもわからず、土足で立ち入る。
今自分自身の悩みに完全解答してくれることはない。それはあのデートの時に理解している。だから俺は自分で問いかけて決めなければならない。
さぁ、考えよう。奏さんは何を求めている?それは意外と明快だからわかる。お母さんとの関係の修復だ。現状を見ると解決できるのは難しい。だが蒼太が言うように下手に介入して解決する問題でもない。中途半端は許されないのだ。
言うなれば俺が俺自身に問いかけることは『責任を負う覚悟があるかだ』
もう一度俺は深く呼吸をする。そして奏さんのことを思い出す。
―――使用されていない教室の中二人で会話するのは楽しかった。
―――でも時折遠くを眺めていた。
―――二人で遊びに行った時も実に楽しかった。
―――でも奏さんはその中悲しい表情を見せる時があった。
俺はその時なんとも言えなくなった。普段は大人っぽい笑顔を見せるのに、ふとした時儚げな表情をし、遠くを見つめ、悲しい表情をする。俺はそんな表情をしてほしくないと思った。
なぜだ?俺は一体何を求めているのだろう?俺が柄にもなく真剣にこいつらに相談したのはなぜだろう?
真剣に考えを巡らせるだが、そんなに長考する必要はなかった。それはもう理解できていた。ただなんとなく言葉に出すのがもどかしいだけだ。だが、そんなふうにもどかしいという理由だけで蓋をするわけにはいかない。
俺が求めているのは奏さんが悲しい表情をしないこと。奏さんが笑顔でいてくれるということだ。ただそれだけである。
―――言葉にするとやはり恥ずかしいな
本来なら別に他の人間から笑われるようなことではない。それに仮に笑われるとしても本気であればそんなものを気にする必要など無い。
やはり自分もまだまだ高校生でしか無いのだと認識させられてしまった。
俺はそのことにもう一度苦笑いをする。
まぁ今はそんな自分自身の幼さに注目しても仕方ない。俺が気にするのは、潤と蒼太が提示した選択のどちらを選ぶかだ。
―――尤もここまで考えことを踏まえるとどちらを選ぶかは決まっている。後者だ。
「二人ともありがとう。相談に乗ってくれて」
「どうするか決まったのか?」
「あぁ。決まった」
俺の顔を見て俺がどちらを選択したのか二人は理解したのだろ。なんだかんだ付き合いが深い間だ。それぐらい読み取られても不思議でない。
「それならいい。いつもひん曲がった性格を写したような顔が今日は少しまっすぐになったんじゃないか?」
「失礼なことを言うな。俺はいつだって真っ直ぐだぞ」
「そうそう。俊は自分に真っ直ぐなだけだぜ」
「そうかもしれないな。だったらこれでお悩み相談は終了だな」
蒼太はそういうと火が少しばかり弱くなった焚き火に火吹き棒で空気を入れ始める。するとボッと音を立てて、火は復活した。
その様子に満足したのか蒼太は火吹き棒を置き、俺の方へと視線を向けた。
―――自分で判断したことだ。しっかりな。
ニヤッと笑いながら俺に聞こえるかどうかギリギリの声で蒼太は告げた。しっかりという言葉に何の意味が含まれているのかいちいち聞く必要はない。
―――わかっているさ。
俺はその言葉に胸の中で返答した。
「さぁそろそろ焚き火を楽しもうぜ!ここに買っておいたマシュマロがあるんだよ。焼いて食おうぜ!」
俺と蒼太のやりとりに気づいていない潤は嬉しそうにマシュマロを取り出す。
正直マシュマロの甘さはあまり得意ではないが、相談してくれたことだしここは付き合うとしよう。
俺は嬉しそうに差し出してくれている潤からマシュマロを受け取り軽く焼いて口に放り込んだ。
その甘さは前の苦みを消してくれるような気がして悪くなかった。
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