異性の家に入り込むとかマジ青春!

 楽しいランチを終え、俺は御陵先輩の家に向かっていた。理由は簡単で漫画を借りるという理由だ。

「ふふっ」

 ただ漫画を貸すだけの行為だというのに御陵先輩はとても嬉しそうだ。

「何か嬉しいことでもあったのですか?」

 俺はなぜこんなにも嬉しそうなのか理解が及ばなかったため、素直に本人に聞くことにした。

「こうして誰かに漫画を貸したりすることもなかったから、新鮮なの」

「そうですか」

 正直どのように返していいのか困る答えであった。御陵先輩はやはり色々と家庭の事情であまり友達をうまく作れていないということが改めてわかったのだ。だがそのことを俺が同情したりするのはまた間違いであろう。御陵先輩は純粋に嬉しい気持ちで溢れている以上俺はそのことを快く思うのがいいのであろう。

 そうこうしていると御陵先輩は「あっ。見えてきた」とつぶやく。どうやらもうすぐ到着のようだ。ならば、これ以上変なことを考えるのはよしておこう。今はそれなりに楽しみにしていた続きを読める事にウキウキする事にした。

 見えてきたのは4階建てのマンションであった。特に特徴があるわけでもない平凡なマンションである。それなりに年季が入っているのだろうか、所々思わせる箇所が見つかる。だがそれでもしっかりと清掃されており、住む分には申し分ない。しっかりと入口はロックもされており、セキュリティ面でもまぁまず問題ない。

 というよりこのマンションは他よりもセキュリティにはそれなりに力を入れているのかもしれない。今気づいたが防犯カメラもいくつかある。

「このマンションはセキュリティとか結構いいんですね」

 俺はそれなりに確信を持って御陵先輩に問いかけると、御陵先輩は少し驚いた表情で同意を示す。

「うん、そうなの。だからこのマンション住人の男女比は女性の方が多いの。駅からは遠いけどそれでも安全だしそれなりに安いの」

 なるほど。俺は思わず納得した。御陵先輩の家庭は今現在女性3人だ。そういうことならこのマンションはなかなかベストチョイスだ。少なくともベターであろう。御陵先輩の話を聞けばかなりコスパの良い感じだしな。

 そしてその話を聞くことで俺はまだあったことのない御陵先輩のお母さんはきっと母として子を心配して選んだように思えた。御陵先輩によればお母さんは夜遅くまで戻らないし、なんなら家にいる時間が短いと聞く。そうすると必然的に高校生と小学生の女性2人が家にいることになるからだ。

「御陵先輩のお母さんの配慮というやつですかね?」

 ふと俺は御陵先輩にそう質問をした。だが同時にしまったと思った。嫌っているわけではないとはいえ、あまりうまくいってないにも関わらず俺がそのようなことを言うのは失礼なのではないかと思ったからだ。

「うん、そう。じゃないと危ないからってお母さんが……」

 先ほどの嬉しそうな顔から一転悲しさと寂しさとそれ以外の感情も含んだ表情をする。やはり下手に触れていい話題ではなかったのだ。

「すみません、少し失礼でした」

 とりあえず俺は頭を下げる。こう言う時は素直に謝るのが一番だ。

「別にそんなに気にすることないのよ?」

 ふふっと笑いながら年上の余裕を見せる御陵先輩。だがそれがなんとなく俺には演技に見えた。確信はない。ただ直感がそういっているだけに過ぎない。

「今はそんなことよりマンガ、こっちの方が大切じゃない?」

 いたずらっ子ぽい微笑みを見せながら俺の前に立ちながらそう尋ねる。

「そうですね。俺も気になって仕方ないですからね」

 少しばかり強引なごまかし方かもしれないが、お互い蒸し返す必要もない。それでいいのだ。

 御陵先輩はエントランスに入るために暗証番号を入れ始める。俺はとっさに目を逸らす。

「さあどうぞ」

 笑顔で御陵先輩は俺を迎える。どうやら鍵が開いたらしい

「暗証番号を打つ時に人が近くにいるならなるべく見られないようにしてください」

 一応これは言っておいた方が良さそうだから俺は御陵先輩に忠告する。これだけセキュリティをしっかりしていても暗証番号がわかってしまっては意味がない。

「うっ、ま、まぁ土師ノ里君なら大丈夫かなって……」

 少し言い訳がましく御陵先輩は目を逸らしながらそう呟く。

「……気をつけます」

 俺の視線に耐えきれなかったのか素直に頭を下げる。別に怒っているわけでもないので頭を下げてもらう必要はないのだが……

「まぁ、わかればいいんですよ」

 そうして俺は御陵先輩が住む家前案内された。どうやら御陵先輩4階建マンションの三階に住んでいるようだ。なかなか良いチョイスだ。

「ここで待ってます」

 俺はとりあえずそう伝えることにした。漫画を持ってくる程度の時間なんてたかが知れてるなのだから当然である。

 だが、どうやら少々御陵先輩は不服のようだ。

「別に上がっていってもいいのよ?」

 御陵先輩のお誘いは大変魅力的ではあるが、まだ知り合ったばかりの人の家だ。そうホイホイ家に上がるというのも少々抵抗がある。

「まぁ漫画を借りるだけですし……」

「そう?」

 納得してくれたのか「ちょっと待てて」と言い残し御陵先輩は家に入っていった。その瞬間「おかえり」と声が聞こえてきた。おそらく御陵先輩の妹さんだろう。まだ会ったことないけど

 少しした後家のドアは再び開かれることとなった。

 しかし御陵先輩の姿はなかった。代わりに、御陵先輩をもう少しおとなしくした感じの小さい女の子がドアに隠れながらも恐る恐る出てきた。

「……」

「……」

 お互い無言である。どうやらこの子は引っ込み思案なのだろう。そして俺自身残念ながら小さい子を相手することは苦手である。嫌いではないが、どう接したらいいのかわからないのだ。そして俺はまず間違いなく怖がられる。イヤ本当マジで

 この子が御陵先輩の妹であることは間違いない。ならば仲良くなっておいたほうがいいのは間違い無いのだが、下手に動けばそのまま扉を閉められるだろう。さてどうしたものか……

「御…、奏さんの妹さんかな?」

 ひとまず俺はできる限りにこやかに尋ねてみせる。

 だが残念ながらその子は扉に隠れる体の面積がさらに大きくなったように思える。顔でも引きつっていたのか……

 おそらく次しくじると逃げられるだろう。さてどうする?

「……2人共どうしたの?」

 俺が次の行動を考えているうちにどうやら今度こそ御陵先輩が戻ってきた。よかったどうやらこの馬はなんとか助かったようだ。

「この子は御陵楓みささぎかえで。私の妹」

「こんにちは」

 ドア越しから挨拶する妹さん。

「楓はなんでドアに隠れてるの」

「だって、お姉ちゃんが男連れてきたことなんてなかったし、というか友達すら連れてこなかったから……」

「……」

 なかなかズバズバ言う子のようだ少し君のお姉さんが傷ついているぞ。

「俺は、土師ノ里俊だ。奏さんとは仲良くさしてもらってる」

 ひとまず俺も自己紹介をしておく。

「名前……」

 御陵先輩がポツリをつぶやく。どうやら俺がままで苗字で呼んでいたのに、急に名前しかも先輩なしで呼んでいたから反応したようだ。

「苗字だと、どっちがわかりにくいと思いまして。嫌でしたか?」

「そんなことないよ。これからもそう呼んでくれるとむしろ嬉しい」

「それなら、俺のことも俊と呼んでくれると嬉しいですね」

「もちろん!俊君」

「あっ、それなら私のことも楓でいいよ。お姉ちゃんの彼氏さんなら」

 楓はどうやら、俺たちの関係を少々勘違いしているようだ。まぁこれに関しては仕方ない。

「楓、残念ながら恋人ではないよ」

 俺は実にスマートに誤解を訂正しておく。すると楓はこちらに近づき、奏さんには聞かれないように

「今はまだと言うこと」

 などと俺に問いかけた。

「……さあ?」

 とりあえず、俺はこの問いかけはごまかしておくことにした。

「それよりはいこれ!」

 奏さんが俺に目当ての漫画が手渡される。確かにこれは俺が読みたかった漫画であった。

「ありがとうございます。次学校の時にでも返しますよ」

 ちなみに俺の学校はあまり校則にうるさくないため、漫画程度とやかく言われない。

「うん、わかった」

 奏さんもそれで納得してくれたみたいだ。俺はもうこれ以上何も用はないであろうからその場を後にしようとした。

「上がっていかないの?せっかくだし、まだ時間も16時だし。ねっ、お姉ちゃん」

 楓からそのような提案を受ける。どうやら始めに大人しそうな子という判断は少し間違いだったかもしれない。なかなかに積極的な子だ。

「えぇ、まぁそうね。よかったら上がっていく?」

「大丈夫なんですか?」

 家庭の事情というものがある。人によっては気兼ねなく家に招き入れても大丈夫だが、あまり家に入れるのに抵抗がある人もいるからだ。

「えぇ、掃除はしっかりしてるし。あまりそういうことでは何か言われることはないと思う」

「それじゃ、少し」

 断る理由も特にないので俺はその提案を受け入れることにした。



 奏さんが言った通り、部屋は実に綺麗であった。しっかり綺麗にしておきたい性格なのだろう。俺自身家事をするがこうも綺麗ではない。やはりやる人によってその結果は変わるということだ。

「それじゃあお茶出してくるね」

「じゃあ、えっと俊さん私とお話ししよう」

「あぁ、構わない」

 奏さんはキッチンへと引っ込んで言った。そして楓は俺を見て実に楽しそうであった。というより興味津々であった。

「そんなに物珍しいか俺。性格以外俺はどこにでもいる男だぞ」

「性格が特殊ならその時点で特殊と判断されると思うよ……それにお姉ちゃん家に人を上げることなんてほとんどなかったからそっちの方が驚いているの!」

 そう言われるとなるほど確かに。奏さんの話を聞く限りあまり友達がいるとは言えなかった。ならばこのように家に人を上げることなんてなかったのだろう。にも関わらずここに来て初めて人をあげたのだから妹としては興味も湧くのだろう。

「お姉ちゃんにも親しい人ができたのかと思うと嬉しい」

 俯きながら静かに答える。だがその顔は嬉しい感情で溢れていた。姉妹の関係は良好のようだ。ここまで純粋に姉のことを嬉しく思うこの子がいい子であることもよくわかった。

「そうか。だが、一応俺は男だが、その辺は心配ないのか?」

「う〜ん、確かにお姉ちゃんたまに声かけられるから心配してないということはないけど、でもお姉ちゃんから連れて来たなら大丈夫かなって」

「そうか。そういえば楓は小学生だったか?」

「うん小学六年生。来年には中学生だね!」

 楽しそうに伝えているあたり、中学生に憧れがあるのだろう。正直あまりろくな中学生活を送っていなかった身としては、下手に憧れを持たない方がいいという助言をしたが、水を差すことにもなるからやめておこう。というか変なことを吹き込んだら奏さんが怒るかもしれない。

「お待たせ」

 どうやら奏さんはコーヒーを入れていたようだ。どうりでなかなかに香ばしく良い香りがすると思った。

「ありがとうございます」

「ミルクは必要?」

「いえ、俺は基本ブラック派なので」

 俺はコーヒーが好きである。そしてブラック派だ。だが、別にブラックじゃないと絶対に嫌というわけではなく、たまにミルクを入れて味を変えることもある。こだわりも強くない。強いて言えば砂糖は入れないぐらいだ。

「へぇ大人」

 楓がそう呟く。

「別にこれぐらいで大人にはなれないさ。俺はまだまだ子供さ。というか子供でいたい」

 大人になればなかなか窮屈そうであるというのが俺の現時点での考えである。大人の定義によって変わってくるかもしれないが。基本自由に生きたい身としてはあまり大人になりたくないものである。大人になるイヤだ!絶対!

「あぁ確かにその気持ちはわかる。昔は大人になりたいと思っていたけどなんか子供のままってありだねって思うようになる」

 奏さんも同意のようだ。やはりなかなかフィーリングがある人だ。

「そういうもんかな?」

 楓はどうもピンと来てないようだ。だがこれに関して言えばその人の価値観などによって異なるものだからなんとも言えない。

「それは歳をとることでわかることだ。それでも大人になりたい人もいるしそうでもない人もいるということだ。俺は後者だというだけだ」

 そうどちらの価値観が間違いだというわけではない。なので子供のままでいたいということでわがままな奴だなどというのは間違いである。いやほんとマジで。

「さて何かしましょうか、折角だし」

 そう言って取り出したのは超定番ボードゲームだった。そのゲームの目的は簡単、敷かれたレールの中でどれだけうまく資産を増やしていくことができるかという運ゲーである。稼いだ金=幸せまたは人生であると言いたげなゲームである。

「なるほど資本主義こそ正義だと言いたい日本生まれのゲームですか」

「なかなかねじ曲がった見方ね」

 何度目かの呆れた表情だが、俺はこういう奴なので諦めてもらいたい。

「しかしゲームとしては楽しめるものですから俺は好きですよ」

 実際こういうボードゲームはなかなかに楽しい。俺も家族や蒼太や潤とよくやる。友達は少なくてもいいが、ボードゲームをやれるだけの友達はいた方がいいぜ。

「お姉ちゃんとやるのは初めてだから楽しみ!」

 楓もどうやらボードゲームは嫌いではないのであろう。だが、意外なことに奏さんとはやったことはないようだ。

「……2人でやってもね?」

 俺の視線の意味に気づいたのか奏さんはその理由を教えてくれる。そして俺はその理由に納得した。この手のゲームはできれば4人は欲しいものだ。少なくとも3人入るだろう。そして奏さんのお母さんは残念ながらゲームに参加できる暇はなく、仮にできても現状奏さんとはきまずいのだろう。

 そうなると確かに今までできなかったのも頷ける。

「早速やろう」

 明るい声で楓はそのボードゲームの箱を開ける。それが俺と奏さんに流れた少しばかり重い空気を吹き飛ばしてくれた。



 それから2時間弱ほど時間が過ぎた。結果としては楓、俺、奏さんという順位であった。奏さんは当初一位に輝いていたが、その後色々不幸に見舞われ見事最下位まで落ちていった。そのためすごく悔しそうである。そんな目で見られても結果は変わりませんよ!

「お姉ちゃんってたまにすごい運が悪いときあるよね……」

 どうやら今回だけでないようだ。

「ほんとどうしてだろ……」

 そして本人はガチ凹みである。残念ながらここで長期が聞いたセリフを吐いて好感度を爆上げできるようなイケメントーク術を持ち合わせていない俺はどう声をかけるか迷っている最中である。

「運に関して言えばあまり気にしすぎないほうがいいですよ」

 ひねり出したのがこの程度だ。残念ながら

「まぁ、それもそうね」

 だが幸いなことに奏さんはそれで納得してくれたみたいだ。よかったよかった。

「さて俺はそろそろ帰ります。家で妹が晩御飯を作って待っているでしょうからね」

「俊くんの家は、妹さんが家事をやっているの?」

 そういえば奏さんは俺の家の事情はあまり知らないのであった。

「2人で分担してやってますよ。ですから俺が飯を作ることもあります。なにせ共働きな上、帰りも遅い。俺たちがやるしかないですからね」

「そう……」

 何か言いたげだったが奏さんはそれを口にするのをやめた。

 そうなると俺から何かいうわけもいかないのでそれ以上会話が続くことがなかった。

「では失礼しました。漫画は月曜日にでも」

「またね俊さん」

「また月曜日に」

 2人は元気に玄関まで出迎えてくれた。やはり仲はいいのだろう。

 俺はそのままドアを開けて外へ出た。するとそこには女性が1人立っていた。なかなかに綺麗な女性である。その青く綺麗な髪は奏さんと重なる。

「お母さん……」

 後ろで奏さんが小さく呟く。

 ―――どうやら目の前に立っている人物は奏さんの母親のようだ。



 改めて俺は奏さんのお母さんを見る。その容貌は実によく似ていた。だからすんなり母親だと理解することができた。

「初めまして。私は土師ノ里俊と言います。奏さんの後輩で、学校では大変お世話になっております」

 なるべく丁寧な口調を保ちながら俺は奏さんのお母さんに挨拶をする。

 すると驚いた表情をし、少しすると微笑みながらこちらをみた。何に驚いたのかは俺にはよくわからなかった。

「そう……私は御陵葵みささぎあおいと言います。奏の母です」

 優しい口調で俺に自己紹介をしてくれる。その目もまた優しいものであった。この人をマイナスな評価をつける人間はまずいないであろう。

「今日は少しばかり失礼ながら、奏さんの家に上がらせてもらってました」

 俺は奏さんのお母さんにそのように伝える。家の主人には伝えておいたほうがいいからだ。

「そうだったの。ごめんなさい。家には何もなくて」

 申し訳なさそうにそう言うが、こちらは上がらせてもらった身。そのような顔をされるのはむしろこちらが申し訳ない。

「いえ、こちらこそ急に上がらせてもらって」

 なんかこのままいけばお互いに謝りっぱなしになりそうな雰囲気であったが、どうやらそうはならなかった。

「……奏に、親しい人ができたのね」

 一番近くにいた俺がギリギリ聞こえるぐらいの小さな音量でボソリと呟いた。俺はそれを聞いてお母さんの顔を思わず見た。

 その顔はつい先ほど見たことがあった。楓が奏さんのことを自分のことのように静かに喜んでいた時の顔だ。

「……お母さん、おかえり」

「えぇ……ただいま」

 しかし奏さんとの挨拶はどこかぎこちなかった。2人は決してお互いに嫌い合っているわけではないはず。だが、どこかぎこちなかった。それはなんなのか、うまく言葉に表せない。だが、その場にある空気がそうさせているようにも思えた。

「それでは俺はこれで」

 だが、その場で俺がどうこうできることでもなければ、人の家庭の事情に土足で踏み入れるのはかえって失礼なことでもある。だから俺はその場を後にした。

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