話しにくい話を聞くことで、距離が近くなるそうです
それから2週間ほど過ぎただろうか、相も変わらず御陵先輩と放課後に交流することは変わらなかった。
「少しいいですか?御陵先輩」
「いいけどどうしたの?」
それなりに交流を重ね、他の人よりはいくばくか親しくなれたと考え、少し気になっていることについて尋ねることにした。
「どうして、あの時俺に声をかけてきたのですか?あまりそういうことをするタイプではないと思ったので」
「……」
御陵先輩のことをよく理解しているといえばそれは傲慢であり、思い上がりも甚だしいところであるが、それなりに交流をすればその人となりを其れ相応に理解できるというものだ。
そしてそこから俺は御陵先輩があの状況下で声をかけてくるとは思えなかった。場所は図書室でただでさえ沈黙をよしとする場所であり、読書好きならばそれを守るものである。それにもかかわらず声をかけてきたのだ、何か理由があるのではと思ったのだ。
「別に大した理由じゃないのよ?」
「構いません」
一瞬答えるかどうか迷ったのか奏はそう言ったが、俊は構わないと即答したがゆえ、どうやら答える気になったようだ。
「本当に大した理由ではないの。ただ寂しいという気持ちが強かったの」
「寂しい?」
「えぇ、私はお母さんと妹を入れての三人家族なの。お父さんは私が小さい頃に亡くなってしまったの。それからお母さんの仕事が長引き、会話もロクにないの。もちろんそれは私たちのためであり、責めるのは間違いだし、そんな気持ちもない。ただなんとも言えない感情に襲われて気まずくてね。それに最近までは妹も小さかったからあの子の世話もしなくちゃいけなかったから学校に仲の良い人があまりいないの。最近は妹も大きくなったから自分の時間が増えたけど、それと同時に一人でいることが多くなってね」
苦笑いしながらも俺の質問に答えてくれた。
「そうだったのですか……だから俺に話しかけてきたというわけですか」
「ごめんね。なんか私の身勝手に付き合わせて」
御陵先輩は申し訳なさそうにそういうが、別に俺はそれに対して気を悪くすることはなかった。
「別にいいですよ。話しかけようとする動機なんてものは人それぞれです。俺が知る限りでは自分の感情に従って話しかけるものでしょ?仲良く慣れそう、友達が欲しい。なんだってそうです。だから別に寂しいからという理由で話しかけても、おかしくもないですし、人として自然であるのですから気にすることもないと思いますよ」
俺は御陵先輩にそう主張するが、それでも納得がいっていないようだ。
「でもなんか自分勝手な理由だからなんかね……」
苦笑いながらそう答える御陵先輩。やれやれ全く人の話をあまり聞かない人のようだ。
「話聞いてましたか?だいたいはじめの動機なんて全員自分勝手な都合で動いてますよ。その理由の多くはみんな同じだから何も感じないだけであって、たまたま他の人とは異なる理由で話しかけただけではないですか。気にする必要など皆無ですよ。その後良好な人間関係を築けるのであれば、そのはじめの動機なんてものはどうでもいいでしょ」
呆れた表情で語る俊、それに対して奏はクスリと少し幼い表情を見せながら笑った。
「土師ノ里君、あなた変わってるって言われるんじゃない?」
「よくわかりましたね。俺の友達からも言われますよ。俺自身、相対的多数意見から成り立つ価値観と比べると少々異なることは自覚してますよ」
「常識をそう表現する人初めて見たわ」
御陵先輩は呆れた表情で俺を見る。
「瞬時に常識という意味であると理解できるあたり御陵先輩もその気質はありそうですけど」
だから俺は皮肉めいたいやらしい笑顔でそう返す。
「嫌な顔ね。友達が少ないのも頷けるわ」
「それを理解するには少々遅い気もしますがね」
二人はくだらない言い合いを繰り返し、思わず二人して笑えてきてしまった。
「なんか話がかなり脱線してしまいましたが、まぁ気にしなくても良いですよ。俺でよければ話ぐらいは付き合いますよ」
「ふふ、ありがとう」
そう言って微笑む奏の笑顔は綺麗であった。
「それじゃあ。何話しましょうか?オススメの本?校則の不合理性?どれにします」
「いや、なぜその二択なのよ……本の話は私もウェルカムだけど、もう一つはなんなのよ……」
「いや、一体なんの意味があるのか理解し難い校則ってあるじゃないですか?」
「う〜ん。確かに……でも郷に入れば郷に従えということもあるじゃない?」
「それ以前に我々は日本国憲法の下基本的人権を保証されていますし、自由意志を持つ人間ですよ?」
「勉強外でリアルにそんな言葉聞いたの初めてね……」
「それはよかった」
「一応呆れた感じを出しているのよ?」
「もちろん知っています。俺は空気を読める人間でもあるので」
「本当に?」
「本当ですよ。ただそれに沿った行動を取ってやるかは俺の気分次第ですがね!」
「あぁ納得したわ」
「納得していただけて良かったです」
なかなかテンポ良く会話できて俺も楽しい気分だ。潤や蒼太はともかく他の人と会話したら距離を置かれる事が多かったからな。
「そうだ
御陵先輩は何か思い出したのか、自分のカバンを漁り始める。そしてでてきたのは一枚のプリントであった
「明日までの課題があったの忘れてた。すぐ終わるからやって良い」
「大丈夫ですよ」
別にクラブ活動ではなく、ただ集まって過ごすだけなのだから何をやっても文句を言われる筋合いはない。だから俺は快く承諾した。
「数学の問題ですか……そういえば、俺も今日提出の数学の宿題やってなくて委員長に睨まれましたね」
「それはやらないとダメじゃない……」
俺が軽い調子でそういうと、呆れたようにダメ出しを受けてしまった。
「大丈夫です。先生はテストで点を取れるなら別にいいって感じですから。テストで点を取ればいいのですよ」
「甘いわよ。土師ノ里君。数学ⅡBは、数学ⅠAよりも難しいのよ?そう簡単にはいかないわよ?」
なるほどそれは確かにそうかもしれない。俺は過去の出来事を思い出しながらその主張に納得する。
「確かに前数列の問題とかかなり苦戦しましたからね。気を緩めるとやばいかもしれないですね」
「……数列?」
俺と会話しながらも動き続けていた手がピタリと止まって、俺の方へ視線を向けた。
はて?何か変なことを言っただろうか?
「……数列をもう授業で取り扱っているの?」
「いえ別に。勝手にやってるだけですけど?」
「……」
御陵先輩はガサゴソと再びカバンを漁り始める。そして取り出されたのは問題集であった。
「ちょっとこれ一緒に解いてくれない?」
「暇なんでいいですよ」
俺はそう言いてシャーペンを取り出し、指摘された問題に取り掛かった。
見たところ問題は数列の問題。さっき話題にしたからだろう。難易度はそこまで高いものではない。どうやら入試問題ではなさそうだ。
俺はそう判断するとすぐさまペンを動かし、ものの数分でその問題の答えにたどり着く。
「解けました」
「えっ!もう解けたの?」
どうやら御陵先輩はまだ解けてなかったようだ。
「う〜〜」
その事実が受け止めきれないのか、よく分からない呻き声をあげる。
「……私の方が年上なのに。勉強で負けた……」
頰をふくらませながら悔しそうな表情をする。どうやら結構負けず嫌いのようだ。
「まぁまぁ。たまたまですよ。勉強したのも最近ですから記憶も新しいですし……」
「それでも私は学習済みで、土師ノ里君はまだ学校で未履修という条件で負けたのは情けない……勉強は結構自信あったのに」
机に突っ伏しながらまだ悔しがっている。その光景が新鮮で笑えてきてしまう。笑ったら怒られそうだけど。
「次また勝負してくれない」
「ええいいですよ」
「次は勝つから」
「望むところです」
御陵先輩の目はやる気だった。勉強にその意欲が向いているのだ。俺が水を差すというのはよしておこう。それに御陵先輩からの誘いなら俺はいくらでも乗るつもりでいるしな!
「もしよろしければ、お父さんの話を聞かせてくれませんか?」
俊は互いに落ち着いた頃合いを見測り、そう切り出した。
「いいけど、どうして?」
奏は聞かれないと思っていたのか少し驚いた表情をする。
「さっき、お父さんが亡くなったという話をした時心の底から悲しそうなは顔をしていたの、それはつまりそれほどお父さんが大切な人だったのかと思いまして、どんな人だったのか知りたかったのです」
奏の口から出た家族の話は明るい話ではなく、つい話をそらそうとするかもしれないが、俊はそれをしなかった。確かに家族間があまりうまくいっていないということ自体は、あまり話したくないかもしれない。だが、全てが嫌なものではない。お父さんの話自身が決して話したくないものではない。
それを理解して俊はその話を振ったのだ。そしてもう少し奏のことを知りたいと思ってだ。
「……そうですね。父さんは、――――」
それから俺は、御陵先輩とお父さんの思い出、さらに家族の思い出を聞いた。お父さんは優しく、甘く、溺愛していたがゆえお母さんからよく怒られていたこと。いろいろな体験をさせてもらい、そこから自発的に学習するようになったこと。家族で何かゲームをしたこと、たくさんの思い出を聞かせてもらった。どれも他の人も俺も一つは体験した頃がある出来事ばかりだが、不思議とずっと聞いていられるものだ。それはおそらく御陵先輩は家族を大切にし、その家族とできた思い出は大切なものであるという思いがあるからだと俺は思う。そこから出てくる暖かさは言葉にするには難しいが、価値観が変遷して行く中、変わることない大切なものではないかと、俺はふとそんなことを考えながら、御陵先輩の思い出を共有したのだ。
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