第23話 信長、会談に出向く

 アメリアの出産が無事に済むまで、大々的な戦争は避けるつもりでいた。


 大きな戦争があること自体がアメリアの心と体の負担になる。それはよろしくない。


 アメリアのことだけを考えて大局を見誤ってるのでもない。どうせ旧イシャール侯国領の安定のためにそれなりの時間は必要なのだ。



 実際、検地の実施に反対して、イシャール侯国の農民の一部が逃げ出すという事件が起きた。

 税が高くなるのではと思ったんだろう。


 調べてみると、それを裏で操っているのが地元の領主だとわかったので、厳重注意のうえ、人質をとった。


 まだこの国ははじまったばかり。占領地であまり憎しみを抱かせるのはよろしくない。


 全域を武力で鎮圧したに等しい俺の母国の制圧の時と違い、イシャール侯国制圧の際は、これは勝てないと思って俺に乗り換えた領主も多い。


 つまり、独立思考が極めて高い。

 何かあると一斉に反乱を起こしかねない。慎重にもなるというものだ。


 ひとまず旧イシャール侯国の支配は、ナミオンという男に総督に任命し、民政に関しては一任することにした。


 ナミオンはオールランド侯国出身の軍人だ。抜擢の理由は性格が温厚だったからだ。占領地を高圧的に支配しようとすると危ないからな。


 そのナミオンを数人の監察使に見張らせ、勝手に自立したり、隣国と手を結んだりしないようにした。

 また、総督と監察使は数年でほかの者に交替すると事前に伝えてある。


 長く、その土地の政治に関わると絶対にその地域の独立勢力になる。前世の記憶がある奴なら全員、うなずいてくれるだろう。


 足利将軍の時代、守護に替わって現地の政治の代行をしていた守護代やそれに類する者が自立して、大名化していく事例を俺は無数に知っている。


 というか、俺の実家の織田だってそういう出自だった。守護代よりさらに身分は低くて、その側近の家柄だったが、似たようなものだ。


 新しく領土が広がったら、こういった形で総督と監察使を置いて、支配をしていこう。



 西側についてはそういった形で安定して自国に取り込みつつ、俺自身は東側の国々に目を向けていた。


 東側の国々の中には現皇帝を支持する勢力が多い。

 もちろん、表面的に支持しているだけのような連中もいるし、本当に危機になったら平気で態度を変える気もするが。


 とくに気がかりなのが、隣接する大鷹騎士団領が明白な現皇帝支持派であることだ。


 これは大鷹騎士団領の成立と関わる。


 元々皇帝に忠実な者に騎士として所領を与えていったのが、今の大鷹騎士団領周辺の土地なのだ。なので、騎士一人ずつの領地は狭いが、皇帝を守るという意識が強い者が多い。


 皇帝といってもいくつも皇統があるが、今の皇統を支持しているのは間違いない。



 つまり、大鷹騎士団領と大規模な戦争になれば、大鷹騎士団領は必ず現皇帝派の者に「現皇帝を否定するオールランド侯国が攻めてきた」と言って協力を呼びかけるはずなのだ。


 複数の国家の連合と戦うのは極めて危険だ。そのリスクは最小限に食い止めたい。その問題が解決しないなら、どのみち東側に軍事行動はとれないと言っていい。


 では、オールランド侯国がどういった立場で現皇帝と関わっているかといえば、まさに表面的な付き合いだ。


 贈答品などを適宜贈っていたが、それ以上の関係構築はしない。

 今のところはそんな距離感で許されてはいる。


 現状、大鷹騎士団領が膨張していく様子まではないからうかつに手を出さないでいるのも一案だが、そのずっと先に帝都はあるのだ。いつかはそちらに向けて、本格的に動かないといけない。


 まだ二十歳にもなってないのに、こうも頭を悩ませることになるとはな。



 そんな折、大鷹騎士団領のほうからお呼びがあった。


 騎士団長が一度会見をしたいと言ってきたのだ。


 夫婦揃ってではなく、俺だけと。ご丁寧に身重の方お越しいただくのは申し訳ないのでと書いてあった。


 会見場所が相手の領内なら気味悪いと思っただろうが、オールランド侯国の土地の寺院でよいという話だったので、受諾することにした。




● ● ● ● ● 




 オールランド侯国の旧オールランド領(オールランド侯国の本願地)の中でも北東に位置するキルレッド教会。


 この地方は大鷹騎士団領との距離も近く、他国の騎士の中には参拝に来ている者もいるという。両国が会見をする場所としては悪くないだろう。


 寺院の周辺にはこちらの軍隊と大鷹の軍隊がどちらも並んでいる。寺院の内部もそうだ。とても神聖な場所とは思えない、いかめしいものになっている。


 出されるお茶もまず、両国の毒見役が飲んでから供される。ここまで厳重にやる必要があるぐらいには、両国の関係は浅かった。


 大鷹騎士団というのは、本来、皇帝の直轄軍だった。

 室町幕府で言えば、奉公衆のようなものだ。


 こいつらが小規模な所領を与えられて成立したのが、大鷹騎士団領だ。だから、領主の連合なので、組織だった動きもない――――はずだった。


 皇帝のすげ代わりが激しくなるなかで、騎士団も現地で争いを繰り返し、結局は有力な騎士数人だけが残って、その連合政権に近い形になっている。


 今の大鷹の騎士団長もそんな有力者の一族だったはずだ。


 ただ、帝都周辺にも多くの所領を持ち、かなりの権勢を誇っていることは間違いない。


 しかも騎士団長としては珍しく、女だという。

 それで皇帝を籠絡したとかいう話もあるが、どこまで本当かはわからない。


 先に席についたのは俺のほうだった。

 自分の領国ではあるし、先に待っていてやるほうがいいだろう。



 しばらくして、「はじめまして、オールランド侯」という声が聞こえた。


 紫に近い青い髪をした美貌の女騎士が立っていた。

 年齢はよくわからないが、二十代だとは思う。


 髪の色が特徴的なせいか、年恰好がわかりづらいのだ。

 それだけでも遠くから目立つ。相当、遠方の血が入っているのだろう。


 帝国の力が強い時は海のはるか彼方から奴隷として連れてこられ、そのまま近衛兵として立身した者も多い。

 帝国の中に縁故を持たない人間はかえって皇帝に信頼されたのだ。


 もう、そんな遠方との貿易は長らく絶えて行われてないと思うが、その血を受け継いでいる人間がいることはおかしくない。


「大鷹騎士団長のミスイル・ウェイリングでございます。オールランド侯のご活躍は私のほうにも、いえ、帝都にも届いております」


「気恥ずかしいですね……。私は妻に引き立てられただけの弱小国家の君主です。傭兵経験のある君主など、私ぐらいしかいないでしょう」


「いえ、私も十年以上諸国を放浪したこともありますから、別段おかしなこともありませんよ」


 十年の放浪と言われて、俺はあっけにとられた。


 どんな苦労人なんだと思うが、騎士団長は平気な顔をしている。


「幸い、遠縁に血筋だけはよい皇帝直属の騎士がいまして、それでどうにか身を立てることができました。あまり広言はしていないのですが。五十年以上も生きていると、いろんなことがありますね」


「さすがにご冗談でしょう。お戯れがすぎますよ」


 この女は俺をおちょくることが目的なのか? あるいは最初から別人が来ている?


 その場合、何か企まれているおそれもある。会見場所として危険はないと判断したはずだが、ぬかりはなかったか……?


「若さの秘訣というものがあるのです。もし人払いをしていただけるなら、オールランド侯にはお伝えいたしますが?」


 艶かしく、ミスイル(であるはずの女)は笑った。


 皇帝を籠絡したという話も案外、事実なのかもしれない。


「わかりました。では、そういたしましょう」


 俺とミスイルは両者の警護兵を下がらせた。

 この声がほかの誰かに聞こえることはないはずだ。


 ミスイルは出されていたお茶でノドをうるおしてから、俺にこう言った。


「長らく私も自分がなぜ老いないのかさっぱりわかりませんでした。しかし、とにかく皇帝の寵愛を得て、今の地位につけたわけなので悪くはないと思っていたのですが、唐突に秘密がわかりましたよ」


 権力者のお気に入りが立身すること自体は珍しくはない。ただ、こいつはちょっと特殊な気がした。


「秘密と言いますと……?」


「転生者は老いることが極端に遅いようですね。つまり、この姿を意地できていること自体が一つの特権だということです。もっとも、状況証拠ですがね」


 こいつも前世を知っている奴か……。


 俺が驚くのも気にせず、ミスイルは席を立つと、いきなり床に座りだした。もちろん、この世界にそんな作法はない。それは日本のものだ。


「ごぶさたしております、惟任(これとう)日向守でございます。いえ、明智光秀と言ったほうがわかりやすいでしょうか?」

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