第24話 信長、明智光秀と出会う
「ごぶさたしております、惟任(これとう)日向守でございます。いえ、明智光秀と言ったほうがわかりやすいでしょうか?」
そのまま、目上の者にお目通りする時の姿勢をミスイルはとった。
めまいがした。
怒りの感情はというと、湧いてこなかった。
厳密にいうと、湧かないように自分で押さえつけた。
冷静さを失えば、身を滅ぼす。
この場でこいつを殺せば、俺も報復として殺される。自分を守るためにも、心を律しろ。
「お前がここにいるということは、お前のほうもろくな死に方をしなかったということだな。いい気味だ」
「はい。秀吉にやられました。あいつが思いのほか早く戻ってきて、私は戦力的に不利なまま、京の防衛のために山崎の地で戦うことになりまして。当然のように敗れて、逃走中に土民に殺されました」
「犬死にの類だな。少しだけ気がせいせいした。だが、お前とここで会うのはそれはそれで最悪だ」
「ですが、ご自身で臣下にノブナガと呼ばせている以上、いつかはこうなっていたと思いますよ。半分は信長様のせいです」
ようやく、ミスイルは立ち上がった。
「それで、この場を設けたのは何のつもりだ。この世界でも謀反を起こしてやるとでも言いに来たか? 残念ながら、お前だけは臣下に加えるつもりはないからな。謀反は不可能だ」
「そんなことはいたしません。私が前世で敗れたのも、謀反という罪をぬぐいきれなかったからですし」
ミスイルが堂々としているから、妙に落ち着かない。
少なくとも前世の光秀とは見た目も態度もまったく異なるな。
光秀は信長より十歳以上は上で、頭角を現してきた頃には、普通は隠居して息子に家督を譲っている年齢だった。つまり、譲るほどのものもないから、光秀が前に出るしかなかったわけだ。
だが年齢の割に武にも秀でていたし、残虐な作戦も気おくれせずに実行した。信頼のおける武将だったことは確かだ。
本能寺のことがあるから、すべて過去形だがな。
「謀反でないなら何だ? 宣戦布告のつもりか?」
「だいたい正解ですね」
にやにやとミスイルは笑っている。女の割には背が高い。騎士団長というのもわかる。それにしても、こいつはこの世界でも年をとってから立身したのか。
「信長様はおそらく帝都を取りに向かうつもりだったのでしょう。ですが、私がいる限り、それは不可能ですので、戦略を変更させていただきたく」
鼻につくことを言うなと思ったが、それはそれとして、そうせざるをえないことも事実だった。
ミスイルは俺の手の内を知りすぎている。
こいつが一庶民とかなら、どうとでもなっただろうが、こいつが一国を支配しているに等しい状況で、しかも皇帝を支援している立場なら、このままでは戦えない。
「私は今の帝都でさらに権力を握るつもりです。そのための見通しも立っています。ですが、逆に言えば、それ以上の望みはありません。なにせ、西に進出しようにも、信長様がいらっしゃるわけで、私も戦いたくはないのです」
「つまり、西と東で国分けをやろうということか」
「そうです。信長様も私と会いたくはないでしょうし、私のいないところで権力を握っていただければと思います」
妥当な落としどころではあるか。
ミスイルが前世の記憶をはっきりと覚えている以上、正面からぶつかることは不可能に近い。
敵対した大名とは訳が違う。こいつは俺の政権の中枢まで知り尽くしている奴だ。
「私は皇帝を傀儡にし続けて、蜜を吸い続けます。誰かを立てずに何かを成すのは私には向いていないのです。それは信長様がやってくださればいい」
ミスイルは手を合わせて、それをゆっくりと開いた。
この世界を二つに分けようという意味だろう。
「ほかにつぶしていく国や領主がいるうちはいいが、俺とお前の勢力しかないという状態になった時にはどうするんだ?」
「その時はその時です。さすがにそこまでの未来はわかりませんよ。案外、皇帝周辺の政争に巻き込まれて死ぬかもしれませんし。私もすべては把握できていません」
「お前に提案されるのは気に入らないが、話としては悪くはない」
「大局を見る目は信長様の下で養えましたから」
うっさいわと思ったが、俺は苦笑した。
俺達がここにいるということは、前世で失敗しているのだ。失敗した者同士だとも言える。
「それでは、こちらの気持ちは伝えました。同意できない場合は、お互いに死力を尽くして戦いましょう」
明智光秀との邂逅は俺にとってなんとも煮え切らない形で終わった。
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