第21話 信長、剣豪を仲間にする

 オーウェル侯国の大勝の影響はすぐに出た。


 敵方の領主達から寝返りや降服の申し出が立て続けに来るようになった。


 めっきが剥がれたということだろう。


 イシャール侯国はトモール・イシャールの元で強国化の道を歩みだしているとはいえ、それは有力な領主達が従属していることで成り立っているものだ。

 譜代の家臣だけで戦争を続けているわけじゃない。


 そして有力な領主達はトモールと一緒に滅亡する気などないから、トモールが大敗したなら、身の振り方を考える。


 ここからは持久戦で大丈夫だろう。会戦はそれなりに危険を伴うからな。


 トモール・イシャールは離脱者が増えるのを見て、本拠に逃げ込んだ。


 ただ、もはや援軍が来る見込みはないから、俺はその近くに陣を置いて監視することにした。


 トモールは孤立してからも、十日間も粘ったが、ついにこちらの降服勧告を受け入れて、自分を縄で縛った状態で投降した。


 領主権力が弱い状態での大敗は致命傷になるってことだ。




● ● ● ● ●




 俺は当面のイシャール侯国の管理業務として臣下の一部を残して、首都ナフスタに凱旋した。


 とはいえ、パレードのようなものをやる余裕はなかった。


 恩賞のことも決めないといけないし、占領地政策も山積みだ。

 まず論功行賞を城で行うことにした。


「まず、今回最大の功績は純正修道院の院長フィリーヌ・イミーディワ殿だ」


 フィリーヌは居並ぶ軍人や臣下の中で落ち着かない顔をしている。まだ場違いだと感じているようだ。


「神に仕える者として、このような場に出てくるのはおかしいのですが……」


「気にしなくてもよい。願うものはあるか?」


「では、純正修道院の伽藍を修築していただけますでしょうか? 門や塀など傷みが激しいところもありますので」


「それぐらい、いくらでもやってやる」




 恩賞の決定がある程度済んだあと、トモール・イシャールが武器を取り上げられ、縄につながれた状態でやってきた。


 歳は30半ばということだが、もう少し若く見える。


「イシャール侯、悪いがあなたの爵位は一度取り上げさせてもらう。そのうえで我が国の軍人として生きていくつもりがあるなら、このあたりの土地にでも移封するが」


 トモールを生かすとしても、イシャール侯を慕う者が多く残る旧イシャール侯国には残せない。


「侯爵のご随意に。どうせこちらは敗軍の君主。好きなようにしてくださればいい。実のところ、あまり大きな封土をもらったままのほうがいつ粛清されるか気が気でないのでな」


「何か言っておきたいことはあるか? 好きなように話すといい。それで罪を重くしたりはしない」


 対等な国同士で争い、勝ち負けがついただけのことだ。別にトモールは重罪人ではない。


 これが俺の臣下として裏切ったのであれば、その罪ははるかに重いものになるが、今回はそれとは違うからな。


「そうであるな。これまで剣の試合であれば一度も敗れたことがなかった。だが、それは一対一の勝負。大軍の用兵にはまだまだ穴があった。剣同士の試合に見たことのない魔法が飛んでくることはないのでな」


 俺は深くうなずいて言った。


「ごもっともだ。知らない攻撃を受けることまで想定して、戦術を立てることはできない。この戦いは別にあなたの責ではない。こちらが一枚上手だっただけだ」


「それで剣士として養っていただけるなら、その道で生きていきたいと思う。どうも『国司』という肩書きもイシャール侯という肩書きも我には重かったようだ」


 今、こいつは国司と言ったな。


 だったらトモールの前世が誰なのか確信が持てた。


「なるほど。では、剣士としての腕前を見せてもらってから、あなたの使い道を考えよう。誰か剣の腕に自信のある者は? 木剣での練習試合を開こうじゃないか」


 この場には血の気の多い軍人も多い。すぐにやりたいという奴が五人も出てきた。





 庭に幕を張って、即席の試合会場を作った。


 木剣は国土奪還部隊時代の俺も使ったやつだ。太さや長さなどに少しずつ違いがあるので、好きなものを選ぶ。


 トモールはかなり反りの強い日本刀に近い見た目の剣を選んだ。

 もっとも、剣は両刃だから、片刃の日本刀とは異なるが、反りがある以上は日本刀に近い使い方になるだろう。


 完全に物見遊山気分の見物客は無防備に眺めていたが――


「なあ、フィリーヌ、鉄砲隊で俺をアメリアの周囲を守るようにしてくれ」


 とボディーガードを頼んだ。それだけでなく、重装備の鎧の兵もそばに数人置いておく。


「別に構いませんが、何を恐れているんですか? 元諸侯といえども、恨みだけでは人は殺せませんよ」


「恨みだけなら大丈夫でも、それ以外の何かが加わるとどうなるかわからないんだよ。万全には万全を帰す」



 そしてトモールとこちらの軍人との練習試合がはじまった。


 もっとも、トイレのために離席しようものなら、その間にすべて終わっていたぐらいに短いものだったが。


 こちらの剣に覚えのある軍人は全員があっという間に叩き伏せられてしまった。


 まだ木剣を打ち込まれるのならマシなほうで、斬りかかったところをかわされて、くるっと空中で一回転させられた者さえいる。

 そして尻餅をついたところに首元に木剣を当てられて、終了だ。


 そんな目にあった奴はさすがに落ち込んでいた。


 やっぱりな。

 剣術に詳しいわけではないが、それでも察しはつく。


「オールランド侯もいかがでございましょうか?」


 トモールがこちらを向いて、言った。ほとんど挑発だ。


「私からは絶対に攻撃しないが、それでもよろしいか?」


 その言葉に、トモールは嫌な顔をした。


「あなたの剣は敵が攻撃する勢いを利用するもの。すべての勝負において、敵がまず打ってかかっていた。守りを徹底したうえで敵を倒す流派なのでしょう。なら、こちらから攻め寄せることはしない」


「なるほど。そこまでお気づきか。炯眼(けいがん)です。やはり、ただ者ではないようだ」


「それに、木の剣とはいえ、あなたと相対したら、私など簡単に殺されてしまいますからね。この国を治めるという責務がある。そんな無節操なことはできません」


 俺の言葉に臣下達がざわめきだす。物騒な話だからそうなるのも当然だ。


「まあ、あなたが私に恨みを抱いているのも無理はない。だから、話をさせてほしい。場所は用意しよう」


 異様な雰囲気のまま、俺はアメリアを連れて退出した。


 トモールが俺を恨んでいるのは、織田信長がやった業(ごう)のせいだ。織田信長は前世のトモールを騙し討ちに近い形で殺している。やってしまったものはしょうがない。


 しかし、トモールの剣の腕は本物だ。だから、織田信長のカリスマの高さを信じて、話をしてみようと思う。


 それにここに転生したということは、あいつに劣らず、俺だって無念だと感じていたということなんだからな。詰まり、同類なわけだ。


 なら、フィリーヌも呼んだほうがいいか。あまり記憶がないようだから、意味ないかもしれないけど……。






 その日の夜、貴賓室にトモールが入ってきた。


 すでに俺とアメリア、フィリーヌは席についている。人払いをしているから、ほかには誰もいない。


「お越しいただきありがとう、トモール殿。いや|北畠具教(きたばたけとものり)殿」


 北畠氏は代々伊勢を支配していた守護――ではなく国司だ。この一族が元をたどれば公家だからだ。


 だが、公家出身だからといって、なよなよしていたりはしない。この男は前世で類稀な剣豪だった。


「こんなところで織田信長殿に出会うとは、因果なものだな。ということはほかのお二人も」


 アメリアとフィリーヌが自分の前世を名乗った。フィリーヌの場合は半信半疑といった感じだったが。


「前世の体とは違うが、記憶はあるようでな、おかげで三人の師――塚原卜伝、上泉信綱、柳生宗厳から学んだ剣のことを思い出して戦うことができた。体は覚えてないから、チューニングには苦労したが」


 こんな奴と剣で戦って勝てるほうがおかしいのだ。

 少なくともトモールの剣は後(ご)の先(せん)を意識したものだった。


 先に手を出せば、こちらが負ける。


「ここにお前は呼んだ理由は一つだ。国が一つにまとまる姿をお前も見たくないか? できればお前を本気で召し抱えたい」


 トモールは自分のヒゲを撫でながら、笑った。


「お前は形式上とはいえ、親類となった我を暗殺したではないか。そんな者の言葉をどうやって信じられる?」


 ああ、俺は伊勢を簒奪するために邪魔な北畠一族を消した。それで後継者ということになっていた俺の息子に継がせて、完全に乗っ取りを成功させた。


「せめて、戦場で殺してくれればお前を憎むこともなかった。だが、あれでは頓死だ! 不完全燃焼だ!」


「だよな。俺も似たような目に遭ったからわかる。突如裏切られた」


「なっ……?」


 不幸自慢みたいなのは好きではないけど、とにかく話しに食いつかせるしかない。わだかまりはしゃべって解決するしかないのだ。


 俺は天下統一が本格的に定まってきた時に、明智光秀に殺されたことを話した。さすがに興味があるらしく、トモールは真剣に聞いていた。


「たしかに無念という点では我より大きいかもしれぬな。それはまったく想像がつかん」


「だろう? 俺はとっくに将軍の足利義昭の官位を超えてたし、新しく将軍になって幕府を開けるところまで来てたんだ。それがおじゃんになった。だからというわけじゃないんだが――」


 俺はトモールに手を伸ばした。


「――こっちで幕府を開きたい。お前もその一員になってくれ」


 さすがにトモールは躊躇している。だから、ダメ押しをかける。


「今から俺の下で立身すれば伊勢一国どころじゃない。はるかに広い土地の領主になれる。幕府を開くことが目的じゃないなら、俺についてきても問題ないはずだ」


 トモールは俺の手を握った。


「お前の言うことをすべて聞くかは知らんが、剣で身を立てていくのはやぶさかではない」


「それで十分だ。俺も剣豪一人に頼り続けるような軍隊なんて作るつもりはないしな」


 剣豪が晴れて仲間になった。

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