第20話 信長、敵国と会戦を行う
「フィリーヌ、この調子で魔法使い部隊の多くをを鉄砲隊という別部隊にしたい。人数はだいたい百人を見込んでいるんだが、いけそうか?」
「鉄砲? 夢で聞いたことがあるような言葉ですが、鉄のような球を撃っていると言えば、間違いでもありませんか。百人用意するなら、単純に指導する魔法使いの数を増やすしかありませんね。ただ、この国の規模なら魔法使いが何百人もいるわけではないでしょう? 百というとなかなか大変かも……」
フィリーヌはこの国の軍事力もだいたい把握しているだろう。
魔法使い部隊は俺の祖国を併合する前の段階で百五十ほど。戦闘の補助的な役割である魔法使いはそこまでたくさんはいらなかった。
「魔法の素養がある者だけなら僧院にもいそうだな。それこそ、領主の三男や四男で僧院に入れられている奴がいるはずだ。そういう連中を還俗(げんぞく)させる」
「わかりました。とにかく候補を用意してくださいませ。それと、長弓隊のように統制のとれた部隊にするには、この魔法に成功したからといって、少しは時間がかかりますよ?」
たしかに一斉に同じタイミングで鉄砲を撃つというのは、かなり難しかった。
それは織田信長の記憶にもある。なにせ、火縄銃も丸薬も物によって少しずつ違いがあるのだ。鉄砲隊まったく同じ動きをしても、ズレが生じる。
とはいえ、こういうのは散発的に戦わせるより部隊としたほうが強い。
とくに次の合戦では極めて意義深い。
「そういえば、アータムという港町にやたらと物資が運ばれているという噂を聞きますが、あれも戦争のためなのですか?」
俺とアメリアが同時にうなずいた。
「イシャール侯国とはいずれ雌雄を決することになる。できれば、早目に叩きたい。放っておけば、国力が増していきそうだからな」
元々、あの国は当主は侯爵位を持っているとはいえ、国内に有力領主が多く存在し、そこまで自在に動けたわけではなかった。
イシャール侯はあくまでも、国内の領主の盟主としての役割が大きかった。
だが、今の当主であるトモール・イシャールの代になってから急速に国内の領主の服属具合を強めていて、さらに抵抗する自立した小領主は着実に滅ぼしていた。
このままいけば、どこかでこちらとぶつかるのは目に見えていた。
「それにイシャール侯国は天然の良港がいくつもある。あそこを取れれば、一気に国の展望が開ける。皇帝の一族を見つけてくれば、新しく帝位に就けることだって可能だぞ」
「もっとも、私達の東に隣接する大鷹騎士団領を滅ぼさずに進むのは危険だと思いますけどね。彼らは現在の皇帝を支持していますから」
アメリアが口をはさんだ。
大鷹騎士団領はオールランド侯国の東に接する国だ。騎士団長が事実上の当主として君臨している。
「逆に言えば、そこを倒せば第一段階として天下人にはなれるだろ。皇帝のパトロンってところにまではいける」
フィリーヌはすでに二国も滅ぼした気でいるとあきれていたが、俺は実行するつもりでいるぞ。
● ● ● ● ●
それから先、俺はアータムの整備に注力した。
この国の主要な貿易港にしていきたいし、イシャール侯国を攻める際の拠点にもなる。
イシャール侯国と長期戦を戦うつもりはない。今は当主のおかげでまとまっているが、一度叩けば足並みは乱れるはずだ。
あの国の戦術はまず敵に攻撃をさせておいて、一気に逆襲に出るというもの。
最初はじっと敵の攻撃に耐えている。
そして完璧なタイミングで攻撃に転じて、敵を壊滅させる。
よほど戦場の流れを読むのに慣れているんだろう。
だが、そのやり方なら俺の策でどうにかできる。
俺がアータムの整備をしている間に、アメリアは軍制改革を着実に行っていた。
その中には鉄砲隊も入っている。
もっとも、多くの兵にとったら魔法使いの部隊をもう一つ増やそうとしているぐらいにしか思えないだろう。
そのほうがいい。運用前から内情が知れないほうがいい。
旧オーウェル伯国での検地も順調に進み、必要な兵糧も備蓄できた。
そして、オーウェル伯国併合から十一か月後。
俺はイシャール侯国に宣戦布告した。
名目はイシャール侯国内で我が国の貿易船が|拿捕(だほ)されたことへの報復だ。
ただし、意図的に拿捕されるようなことを俺がやらせたんだがな。
こちらの兵は三千五百。
ほかに備えないといけない国境線もとくにないから、それなりの兵を動員できた。
しかし、敵の動員兵力もほぼ同じだ。これで真正面からの会戦となれば、両軍ともに多大な犠牲者が出るだろう。
俺は決戦前に将兵に向かって、声をかけた。
「諸君らの中には、大軍同士での会戦は行わずに、にらみ合うだけだろうと思っている者もいるかもしれない。だが、私はここで敵国に痛打を与えるつもりでいる。それが最善であると考えているためだ」
次に隣のアメリアが俺の言葉を継ぐ。
「これは重臣会議で検討した結果、決めたものです。イシャール侯国の軍事力は強大化しています。今、こちらの力を見せつけないと、いずれ我が国が侵略される側となるでしょう」
まだ俺はアメリアの婿という部分から自由になっていない。それにアメリアの声もあるほうが指揮だって高まる。
「もちろん、闇雲に動いているわけではない。勝算はある。胸を張って、戦いに臨んでくれ」
同規模の国との対決に不安になっている者もいるだろう。そいつらの士気も高めていかないとな。
「この戦いは私が指揮をとる。勝利を約束しよう。大勝利のために皆も力を貸してくれ!」
兵達からなかなか威勢のいい声が上がった。
よし、このままいくぞ。
両国の長弓隊が矢を射かけたあと、俺達の軍の先鋒は正面に動き出した。俺は後ろの陣から状況を確認する。
敵は今回も守りを固めているだろう。そこに先鋒の部隊がぶつかる。
どうせ後手で攻めてくる。
それでいい。
やがて老将のエルハンドが「一度下がれ!」と先鋒の兵を戻しはじめた。
そこに敵兵が攻め立ててくる。
こちらはすでに用意はできている。
敵の部隊は後ろに下がる先鋒を追いながら、やがてじっと待ちかまえている我が軍の部隊と遭遇するだろう。
そう、鉄砲隊が待ち受けている。
「詠唱を開始しなさい!」
フィリーヌの高い声が俺のところに飛んできた。
しばらくして、本物の鉄砲が一斉に放たれたような轟音が響いた。
騎馬隊を含む多くの敵兵が倒れたのが、俺の陣からも見えた。
「一段、下がりなさい!」
フィリーヌの声で鉄砲隊はそそくさと後ろに下がる。
代わりに前には長槍隊が出てくる。
突っ込んできていた兵が倒れて、敵のほうも攻めの動きが鈍っているようだ。単純に最も命知らずな連中が消えたのだから、それも当然だろう。
そして長槍隊に敵の部隊が接触する前に――
「長槍隊、かがめ!」と長槍隊の指揮官が号令を上げた。
直後、長槍隊の後ろから、銃弾が舞う。
再び、敵の兵がばたばたと倒れる。
「おい、おかしいぞ!」「どういう魔法だ?」などといった声が敵のほうから聞こえた。
混乱が本格的にはじまる前に、また銃弾が飛ぶ。
三たび、敵兵がばたばた倒れる。
もう、敵の足はぱたりと止まっている。
敵が待ち受けているのを知っているなら、武勇をたのんで攻めてもいけるだろう。
だが、何かよくわからない間に死ぬのではやっていられない。
「長槍隊と鉄砲隊を前に出せ。それで敵が挑んできたらさっきと同じことを繰り返せ。退却しだしたら、突撃しろ!」
俺も全体に指示を出す。
もう、それだけで十分だ。
やがて、敵の軍は後退をはじめ、そこを俺の軍に追撃された。
これで勝負はあった。
あとで敵の戦死者を数えてみたら、実に四百を超えていたという。
おそらく従軍した十人に一人が戦死したはずだ。こちらの大勝と言っていい。
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