第19話 信長、鉄砲隊を創出する

「フィリーヌ、まずはお前が人に教えるところを改善する。そっちのほうが先決だ」


「無礼ですよ! 講師のほうに問題があるだなんて、出来の悪い生徒の言い訳にすぎません!」


 フィリーヌの声が思いっきり魔法使いにまで聞こえている……。こいつの自業自得だが、このままにするのも可哀想か。


「お前達、各自、自主練習を行っていてくれ。私は院長がお疲れのようだから、休ませに行く!」


 そう言うと、俺はフィリーヌを持ち上げた。

 いわゆるお姫様だっこというやつだ。腕をずっと引っ張っていくのも悪いからこのほうがマシだろう。


「ちょっと! 何をしますの! 修道女に対して破廉恥な!」


「しゃべると余計目立つから、ちょっとだけ黙ってろ」


「うう……。わかりました……」


 やっと、フィリーヌはおとなしくなった。





「つまり、お前の教え方は相手に伝わってない。それだと意味がないだろ。俺が言いたいのはそれだけだ。別にお前の能力が低いと言ってるわけじゃない。むしろ、高すぎるから、口頭だけだと限界があるってことだ」


「わかりました……。わたくしも先ほどは声を荒らげて申し訳ありませんでした……」


 城の空いている部屋に連れていって丁寧に説明した結果、理解はしてもらえた。


「そりゃ、教えるのは難しいさ。今のところ、お前以外にこんな魔法が使える奴はいないんだから。唯一無二の存在なら、苦戦もするだろ。そこでだ」


 俺はまっさらな紙をフィリーヌの前に置いた。


「これで手順を一度まとめてくれ。とくに発音の箇所は、一般に使われている詠唱で近い発音のところがあれば、例示してほしい」


「わたくしの魔法の教科書を作れということですね」


「そのとおりだ」


 このあたりの飲み込みはフィリーヌも早い。学識だけなら俺よりはるかに上のはずだ。


「ですが、教科書を作ると、それが流出すると、他国も同じ魔法を使えるようになるということを意味しますよ。それでもよろしいのですか?」


 やはり賢いな。懸念点をすぐに理解した。


「秘事とされていた魔法が文字化された結果、広く伝わった例はわたくしも知っています。似たようなことになりはしませんでしょうか?」


「そこは管理を厳重にする。とはいえ、それでもいつかはフィリーヌの魔法が広まるかもしれない。俺はそれはそれでいいと思っている」


「どういうことですか?」

 フィリーヌは首をかしげた。


「俺が全国を支配したら、便利な力は広めていきたい。それに俺の支配領域が広がれば広がるほど、その時にはフィリーヌの魔法を使える奴がいる範囲が広くなってるはずだから、いつかは全国に広まるんだよ」


「なんとも都合がいい男ですね」


 からかうような顔になったあと、フィリーヌは珍しく微笑んだ。


「ですが、堂々と夢を語れるのは悪いことではありませんね。わかりました。誰が見てもわかるような教科書を作りましょう」


「頼む。きっと文章にするほうがフィリーヌも得意だろ」


「ええ。指南書ぐらい一週間もあれば形にできるでしょう。それまでお待ちいただけますか?」


「ああ、もちろんだ」


 それで状況を打開できるなら早い話だ。


「それと……さっきのお姫様だっこ、悪くはなかったです……」


「え? あんなことでいいのなら、またやってやるけど」


「余計なことを言い過ぎました……。書くのの邪魔になるから出ていってくださいませ!」




● ● ● ● ●




 一週間後、詠唱の言葉一つ一つをどのように発音するべきかをまとめた書物が完成した。


「ちゃんと有言実行しましたよ。ここで延期して、何か文句を言われるのも癪でしたからね」


「そんな性格悪いことはしないぞ。だが、これで次のステップに進めそうだな」


「そうですね。どの箇所でどのように書いたか、まだしっかりと頭に残っています。なんなら、ノブナガ、まずあなたが習得できるかように教えましょうか?」


 それは意外な申し出だった。


「魔法使いですらないあなたが、この魔法を習得できたなら、理屈の上では魔法使いは全員覚えられるはずですから」


「それは、そうか……。だが、魔法使いになるには、そもそも素質がいるんじゃ……」


「いりません」


 きっぱりとフィリーヌは言った。


「口がなめらかに動かないと難しくはありますから、あまりに老齢になると難しいですが、そうでないなら、大丈夫です。わたくしを信じなさい」





 それからフィリーヌによる詠唱の個人レッスンがはじまった。


 たしかに以前のフィーリング全開のものとはまったく違っていた。徹底して理詰めなのだ。


 これなら、感覚がよくわからなくて詰まるということはなさそうだ。


「その部分はもっと巻き舌で発音してください。はい、最初からもう一度!」


「特訓自体は厳しいんだな……」


 何度も何度も細かいところを指摘されたし、嫌になりそうにもなったが、明らかに詠唱がサマになってきた感じはあった。


 そして個人レッスンから丸一週間になった日。



「行けっ!」という声とともに――



 俺の指先から小さな火球が飛び出た。


 その火球は的を撃ち抜くことまではなかったが、しっかりとへこませることまでは成功していた。


「素晴らしいです! できたじゃないですか!」


 厳しく指導していたフィリーヌがやたらと拍手で俺を迎えてくれた。


「ありがとう、フィリーヌのおかげだ。これなら十分の護身用にはなる」


 俺もフィリーヌの手を握って、感謝を伝える。


「あっ……そんなに握らなくてもけっこうです……」


 フィリーヌは手をさっと放した。まだ、そこまでは仲良くなれないってことだろうか。どっちでもいいけど。


「この調子なら、魔法使いの指導も問題なさそうだな」


「ええ。勝ちがすでに見えているようなものです」




 そこから先、一週間ほどで魔法使い達は次々と鉄砲の銃弾と大差ない魔法を使用できるになっていった。


 威力を確認するため、木の的ではなく、金属製の鎧が庭に並べられた。


 その鎧すら銃弾のような魔法は貫通していく。魔法使い達の的にされた鎧は、練習が終わった時には穴だらけになっていた。



 アメリアもその様子を見物していたが、威力に十二分に満足したらしい。


「フィリーヌさん、素晴らしいです。これならどのような国と戦っても遅れをとることはありません」


「そうおっしゃっていただき、わたくしも光栄です。アメリア様のつらい表情を見るのはもう嫌ですから」


 フィリーヌはアメリアが苦戦を強いられている時期に手を貸していた。


 それは政治的意味合いというより純粋にアメリアが哀れに思えたからだろう。修道院にとってみれば権益を保護されるならオールランド家の当主が誰になってもよかったはずだからだ。


「フィリーヌ、お前、修道女らしいところもあるんだな。慈悲のために参戦したんだろ」


 フィリーヌは俺の言葉にやりづらそうに顔を背けた。


「修道女らしいかはわかりませんがね。どんな理由があれ、わたくしは何人も戦場で人を射殺してきました。わたくしの宗派でも、修道女全体でも、前代未聞のことでしょう。死んだら地獄行きかもしれません」


「なら、死ぬ前にもう一度国が一つになることを見せてやる」


 俺の言葉にフィリーヌはくすくすと口に手を当てて笑った。俺は冗談のつもりで言ったわけじゃないんだがな。


「そのような大言壮語を吐くのも、君主のつとめなのでしょうね。わたくしも今更引き返せない身ですし、このまま戦ってあげます」


 すると、俺とフィリーヌの間にアメリアが割って入ってきた。


「どうした、アメリア?」


「どうも、最初の頃と比べて、お二人の仲がずいぶん接近しているような気がしまして。あの、修道女として貞淑でいてくださいね?」


 アメリアは俺の腕をとって、念を押すようにフィリーヌに言った。


「な、な、な……! 修道女のわたくしが破廉恥なことなどするわけがありません! それはあんまりです!」


 フィリーヌもこれには断固抗議した。あんまり強く抗議されるのも複雑な気持ちだけど……。


「なら、いいのです。私の夫はなかなかの美丈夫ですから……」


 こんなふうに妻に言ってもらえるのも、男の本懐の一つではあるかな。

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