第18話 信長、銃弾の魔法の練習を行う

 後日、ナフスタ城に来たフィリーヌはアメリアに正式にあいさつをした。


「どれだけのことができるかわかりませんが、オールランド侯のアメリア様のために魔法使いの教育を行いたいと思います」


 フィリーヌは修道院の院長らしく、丁寧に頭を下げた。


「ありがとうございます。あなたが力を貸してくれるなら、この国の発展は間違いのないことでしょう。修道女という本来戦争とは無関係な立場のあなたにお願いするのは気が引けますが、乱世のならいだと思って、許してください」


「はい、アメリア様に衷心よりお仕えいたします」


「自分のほうには心を込めて仕えてくれないんですかね?」


 アメリアの隣にいた俺、ためしに尋ねてみた。


 あっかんべーをされた。


「お前……! いくら俺とアメリアしかいない場所だからって……」


「ほら、そちらも素が出たでしょう。公式な場でもないなら丁寧な物言いはけっこうです。平素はぞんざいな殿方というのは、すぐにわかりますから」


 フィリーヌには徹底して敵視されている。


 実のところ、ほかの人間の前世の記憶が事実かどうかを検証する術を俺は持っていない。たとえば、ほかの奴から聞いた話をそのまましゃべることで、前世の記憶を偽装することは可能だ。


 あるいは事実をしゃべっているとしても、俺が当時の人間を全員知っているわけじゃない。名前すら聞いたことのない領主だって無数にいたはずだ。


 だとしても、フィリーヌの態度を見ると、きっと前世でよほどムカついていたのだろうという予想はできる。むしろ、前世のせいにしたいぐらいだ……。


「フィリーヌさん、あまり夫をいじめないであげてください。これでも、私と志を同じくする伴侶なのです。この世界を統一し、戦乱を終わらせようと真剣に考えているのは、我が国で私達二人ぐらいですから」


「お恥ずかしいところをお見せいたしました……」


 フィリーヌもアメリア相手だと、あっさりと頭を下げるな。


「それにしても、『この世界を統一する』ですか。なんとも壮大な話ですね……。わたくしは帝都の出身でしたが、帝都の中ですら、いくつも派閥があり、弱々しい皇帝が有力な軍閥の支持を受けてようやく立っているという状況でした」


「帝都はそんな様子だろうな。七年以上、継続的に在位できた皇帝は百三十年は出てないだろ」


「そうです。帝都付近の軍閥の勢力は流動的ですからね。軍閥の失脚とともに皇帝が殺されたり、そこまでいかなくとも、一度地方に逃れて、数年後に復権したりといった有様です」


「ほんとに足利将軍みたいな状態だ」


 俺の言葉にフィリーヌは嫌そうな顔をした。


「よくわかりませんが、イラッとしますね。変な夢でもわたくしは違う家の出身だったはずなんですが……」


「きっと今川氏が足利氏の一門の一つだからでしょう。系譜的にはとっくに赤の他人みたいなものですけれどね」


 アメリアが理由を推理した。アメリアの記憶力もフィリーヌとは比べ物にならないようだ。


「まあ、皇帝を目指すのは大変でも、帝都を支配するだけの軍閥にまで成長するというのは、不可能でもないかもしれませんね。侯国を三つも四つも従えるだけの領土になれば、帝都を目指すことはできるかもしれませんね」


 フィリーヌはそう言っているが、そんな大国があっさりできるとは考えていないだろう。

 実際、これまで存在した大国も長続きした例はほとんどなかった。


 このあたりの国に限って言えば、侯国以上の規模の国すら長らく生まれてない。


「俺は数年で天下人と呼ばれるところまでは行くつもりだけどな」


 天下人というのは、「帝都を支配する者」という意味だ。

 だから、すべての勢力を従えなくても天下人にはなれる。もちろん信長も天下人の一人だし、信長の前にも何人か天下人はいた。


 もっとも、すべての勢力を配下に従えるつもりで俺は動くけどな。


「さて、生徒がいるなら、とっとと魔法の教授をいたしましょう。このノブナガと名乗る人としゃべる時間がもったいないです」


 フィリーヌはまた一言余計なことを言ってくる。


「魔法使いなら、城の庭に待機させている。それと――俺も練習する」


「えっ? 君主がどうして?」


 フィリーヌは納得できないらしい。


「火縄銃も弾薬もナシに、銃弾みたいなものが撃てるのに参加しないわけないだろ。とんでもない大発明だ」


 フィリーヌはまだ自分のすごさを理解してないらしいな。


 俺がフィリーヌならその力で天下統一を企てていたと思う。


 もしかすると、織田信長の最大の特徴はすべての大名を自分の下に置こうとして、それが実現可能だと知らしめたことなのかもしれないな。




● ● ● ● ●



 こうして、フィリーヌによる魔法部隊の特訓がはじまった。


 まずは魔法部隊が戦場で使う魔法をフィリーヌに見せる。


 いずれも爆風で敵を吹き飛ばしたりするタイプのものだ。中には烈風で敵の進撃を留める魔法を使う者もいるが、戦場での効果はさほど変わらない。


 フィリーヌが用意していた的を撃ち抜くと、歓声というよりどよめきが走った。


 その力は非常識と言っていいものだからな。なかば反則だ。


「この魔法を習得していただければ、最強の攻撃手段になります。しっかりと習得に励んでくださいませ」


 魔法使い達も目の色を変えていた。理屈の上では、敵の総大将を遠方から射殺することも容易なのだ。出世のチャンスにもなる。




 しかし、連中のやる気はすぐに弛緩して、ため息ばかりのものになった。




「全然なっていませんね。はっきり言ってヘタクソです」

 二時間後、フィリーヌはお手上げのポーズをとっていた。


 たしかに火球のサイズを一回り小さくできた奴が一人、二人いる程度で、鉄砲のような力を示せそうな者は誰もいない。


 そんな単時間で結果が出るとは思ってないが、これは長丁場になりそうだ。




 そのあとも、連日、魔法の特訓は続けられた。


 そして三日後も成果らしい成果は得られなかった。


 元々魔法使いでなかった俺は火が一瞬だけ出るようになったが、闇夜をどうしても照らしたい時ぐらいにしか役に立たない。


 しかし、政務の合間に断続的に参加してみたが、問題点はなんとなくわかった。


「本当にひどいですね。これでは何年かかっても無理かもしれませんね」

 フィリーヌは辛辣な言葉を魔法使い達に吐いている。修道女というのは、そんなに性格のいいものじゃないみたいだな。


 俺はフィリーヌの肩を後ろからちょんちょん小突いた。それから小声で話しかける。


「なあ、横で見ていてどこに問題があるかだけはわかったぞ」


「それはよかったです。あなたからも魔法使い達に言ってあげてください。たるんでいるぞと」



「いや、お前の教え方が激烈にヘタクソなんだよ」



「な、なんですってー!」



 フィリーヌの大声が周囲に響き渡った。小声で話した意味がなくなったな。


「お前な、説明が全部フィーリングなんだよ。『その詠唱のところはもっと心をこめて』だとか、『神へ感謝を伝える気持ちで発音しろ』だとか、そんなのばっかりだ。しかも毎回、表現がちょっとずつ違ってるし」


 あれでは実践できないのも当たり前だ。というか、どれが正解なのかすら、魔法使い達もわかってないだろう。


「わたくしはこれでやってきたんです! 間違ってるとは思いませんから!」


 そういうことか。


「天才にありがちな問題だな。教え方は得意じゃない」


「て、天才ですって……。いきなり褒めても、あ、甘くはなりませんからね……」


 こいつ、天才って言われて、普通に喜んでるな……。


 けど、問題点がわかったのだから、対処法も作れるはずだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る