第17話 信長、フィリーヌの魔法を見る

 素直に従っているとは言いづらいが、とにかくフィリーヌ・イミーディワの協力を取り付けることには成功した。


 修道院に出向いた目的は達成されたと言える。


 ただ、まだわからない点があった。


「ところで、院長の魔法の力がいかほどのものか、見学させてはいただけませんか?」


 火球を鉄砲のように使えるという話はまだ信じきれていない。


 フィリーヌは眉を吊り上げた。気持ちが表情に出やすい奴だ。


「そうですね。では、成り上がりの当主様に腕前をごらんいたしましょう」






 修道院の庭には的が用意された。


 的までの距離はだいたい100メトルーほど。弓兵ならこれぐらいは狙えないと話にならない。


 しかし、その的が一般的なものと比べて極端に小さい。


 せいぜい、手のひらを広げた程度のものなのだ。これを的確に射抜くとなると、相当な集中力がいる。あるいは何度かの失敗を前提にして、微調整をしないといけないはずだ。


「ずいぶん小さな的ですな。三度に一度当たれば上出来です」


「それでは的中率は半分未満ではないですか。まあ、見ていてください」


 そう言うと、フィリーヌはぶつぶつと魔法の詠唱をはじめた。


 最初のうちは聞き慣れたものだったが、途中からまったく聞き取れなくなる。どうやら今はほとんど使われていない時代の呪文を取り入れているらしい。


 フィリーヌは最後に「行けっ!」と命じるように言って、右の人差し指を突き出した。


 瞬間、フィリーヌの指先から何かが飛び出た――と感じた直後に的の中央に覗き穴のような穴が開いた。


「おおっ! 本当に当てた!」


 俺の歓声など聞こえてないように、フィリーヌは再び詠唱を開始する。


 そして、また魔法を放ち、今度は隣の的にも同じように穴を空けていた。


 それでも休むことなく詠唱を続け、さらに隣の的にも魔法を放って、穴を空ける。


 三発撃って、三発とも命中。

 俺の想像をはるかに超えてきた精度だ。


「すごい! ここまでとは!」

 俺は拍手をしたが、フィリーヌは涼しい顔をしている。


「失礼を承知で伺いますが、まさか今川義元はこうも鉄砲の名手だったのでしょうか? たしかに弓の腕前は優れていると聞き知っていましたが」


「さあ? 前世が武人だった奇妙な記憶が入り込んでくる前から、私はこの技術を持っていましたから。だから、少なくともその武人の記憶の認識は関係ないようですね」


 たしかに、前世というものがあるなら、それが生まれて何年も過ぎてから決定することはないはずだ。


 生まれた時から、前世が変わらないなら、前世に気づく前から素質みたいなものは備わっているだろう。


「ただ、前世の記憶とやらで興味深いことはわかりましたよ。今川義元という武人は、元々武人の家を継ぐことは予定されておらず、僧籍に入っていたようですね。しかし、当主が突然死去し、僧籍に入っていた二人にしか血を引く者がいなかったとか」


「そうだ! たしかに!」


 俺は今川の系図を思い出していた。


 今川家の家臣団は今川の血を引く僧籍の二人をそれぞれ擁立しようとし、それで勝利したのが還俗した――僧侶から今川の後継者になった義元だったはず。


「どうやら僧侶の時に経典も熱心に学んでいたようで、細かな言葉にも注意を払っていたみたいです。それはわたくしがこのような攻撃魔法を手にしたものに通じます。一般的な戦場での火球が弱いのは、細かな発音をいいかげんにやっているからですから」


「なるほど。僧侶時代の経験が生きているってことでしょう」


 しかし、そこでフィリーヌは寒さを感じたように、自分の両腕を逆の手で包むような格好になった。


「それにしても……ノブナガ様の反応を見るに、わたくしの奇妙な夢が実際にあったことだと知っているようですね……。わたくしの前世が野蛮な男だったなどとは……それこそ嫌な悪夢です……」


 俺と違って、フィリーヌは前世を生きた自覚がほとんどないようだ。

 それこそフィリーヌが見てしまった悪夢というだけのことらしい。


 そのあたりはかなりの個人差があるようだな。


 というか、俺が織田信長だったことを引きずりすぎているのかもしれない。


 もっとも、それはどうでもいい。


 俺は改めて、フィリーヌに礼をとった。


「院長、どうかその素晴らしい魔法の教授をお願いしたい」


「ノブナガという名前を聞くと寒気がするんですが、当主の願いとあらば……この地に構える修道院の代表として魔法の個人レッスンをするのも仕方ありませんね……」


 どうも、フィリーヌは俺の願いを勘違いしているらしい。


「いえ、魔法の教授というのはそういう意味でありません。我が国の魔法使い達に院長のその技術を伝えて、鉄砲隊のような部隊を創設したいのです」


 この世界でどこよりも早くそんな部隊を作れたなら、天下を獲る確率は急増するはずだ。


「なっ! この力が使える魔法使いを何人も何十人も作るというのですか……? これまで使えるようになった者はわたくし以外にいないというのに……」


 フィリーヌは俺の申し出が現実的じゃないと考えたらしい。呆然としている。


「それは本格的に教授しようとしなかったからではないですか? 当然、院長が前世が絡んだ特殊なケースなだけかもしれませんが、詠唱の発音ならほかの者も同じように模倣できるはず」


 フィリーヌの鉄砲同然の魔法は極めて強力だが、フィリーヌ一人では限界がある。


 しかし、その力を持つ者が何十人、何百人といれば、その力は圧倒的なものになる!


「我が国はいずれイシャール侯国と戦います。かの国は当主が剣術に秀で、強兵を養っていると聞く。それを撃ち崩す手立てが必要なのです」


「成功するかは……わかりませんからね……」


「ええ。とにかくやってみましょう。バックアップは私と妻が全力で行います」


 フィリーヌは首を縦に振った。

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