第16話 信長、修道女の協力を得る

 修道院を訪れる前にフィリーヌ・イミーディワという人間について少し調べてみた。


 イミーディワというのはこのあたりでは聞かない姓だが、帝都にはそんな貴族がいるらしい。といっても今は没落していて、細々と本家が帝都で存続しているだけのようだ。

 フィリーヌはそんなイミーディワ家の四女として生まれ、幼い頃から帝都近くの女子修道院に入れられた。


 まあ、貧乏貴族なら娘を政略結婚の道具にする事を考えるより先に、口減らしのために女子修道院に入れるだろう。


 そこで魔法学について卓抜な成績を修め、十六歳でオールランド侯国にある女子修道院である純正修道院の院長二抜擢された。


 帝都近くの修道院では、若手の実力のある者を地方の修道院のトップに据える。よくある人事だ。


 院長になった年を見ると、まだ二十一歳か。この女はこの女で苦労しているかもな。修道院の者にとったら、帝都から若い奴がやってきて、いきなりトップに立つわけだし。


 もっとも、文字の記録からわかるのはその程度のことだけだ。

 あとは、実際に会って、確かめてみればいい。





 俺は馬に乗って純正修道院へと向かった。

 修道院はオールランド侯国の首都ナフスタの西方の台地の突端に建っている。


 遠くから眺めた時、城を築くにはいい立地だと思ってしまった。

 丘陵地の突端ということは、その後ろは高さのある崖だ。建物の前側からしか敵は攻められない。


 そんなことを考えながら崖を迂回するようにして、修道院に行き、受付係の修道女にアメリアの紹介状を見せた。


「おそらく、ノブナガ様のご訪問のご連絡はありませんでしたよね。院長の都合がつくかわからないのですが……」


 こんなところでも俺がノブナガと呼ばれているのは楽しいな。この世界でも有名になってきたものだ。


「けっこう。一時間でも二時間でも待たせてもらう。私も妻と共にこの国の共同統治者となったわけだし、領内の高名な修道院の院長とお話をする機会を持ちたいのでね」




 十五分ほど来賓用の部屋で待っていると、ヴェールを頭にかぶった若い修道女が入ってきた。


「はじめまして、当院の院長、フィリーヌ・イミーディワでございます」


 青みがかった涼しげな髪がよく目立つ。それと肌が透けるように白い。人生の大半を太陽の当たらないところで過ごしてきたことを物語っている。


 正直なところ、いくら魔法に特化していたからとはいえ、戦場に出たことがあるとは思えない人間だった。


「ハーヴァー・オーウェルです。以前に名乗っていたノブナガと呼んでいただければ」


 俺も立ち上がって、名乗る。


 わずかに院長の目尻が釣りあがったように思えた。


「もちろん存じ上げております。いったいどういったご用件でしょうか?」


「お忙しいかと思いますので、単刀直入に申しましょう。あなたは極めて優れた魔法の使い手だという。そのお力を我が国にお貸し願えないでしょうか?」


 院長は硬い表情のまま、首を横に振った。


「わたくしは修道女ですよ。それが毎回のように戦場に出るというのはおかしなことです。たしかにまだうら若いアメリア様を哀れに思って、何度かお手伝いをしたことがありますが、戦況がよくなってからは出陣もしていません」


「それは戦況のせいではなく、ノブナガという名前の者が出てきたからではないですか?」


 俺はかまをかけてみることにした。


「織田信長の側に属するようなことは楽しくない――そうお考えになったのではありませんか?」


「よくご存じですね。なら、あなたに与(くみ)しないのもわかるでしょう。ある日、いきなり啓示のように自分の前世を知ってしまったのですよ」


 視線だけで俺を呪い殺そうとでもするような顔に、院長はなった。修道女が見せていい表情じゃないな。


 割とあっさり言ってくれたな。こっちとしてはそのほうが気楽だ。


「わたくしは前世であなたに殺されました。だから、あなたの指揮下で戦うつもりはありません。これで話は終わりです。それにわたくしを戦場に出したら、あなたを殺すかもしれないですよ」



「じゃあここで俺を殺せばいいだろ」



 首の前で指を横に動かした。首が飛ぶというジェスチャーだ。


「はっ?」


 院長は訳がわからないという顔になる。


「いや、お前が俺を殺すつもりなら、どのみち俺に逃げ場はないだろうが。火縄銃と違って、魔法は武器の携帯の有無もない。長々と詠唱を行って精神集中さえすれば撃てる。なら、どうせ俺がいつか殺されることは確定事項のようなものだ」


 俺は不死身なわけでも何でもない。敵意のある奴の屋敷に入った時点で、生殺与奪の権は向こうにある。


「そっ、そんなことをすれば、わたくしも処刑されるでしょうが! わたくしの魔法は特徴的ですから、犯人はすぐに特定できますし……」


「ということはお前は俺を殺すことはないってことだ。安全じゃないか」


「そうですけど……それは屁理屈ですから!」


 けっこう乗せられやすい奴だな。俺としてはありがたい。感情を出さない奴が一番面倒だからな。


「なあ、俺の指揮下に入らないんだったらどうだ? アメリアのために戦うというのでいい。むしろ、魔法使いは刃物の扱いが不慣れだしな。俺も勝手がわかってないし、アメリアが指揮するほうが自然だ」


「だとしても、あなたに協力するのは同じでしょう……。どうしてこの世界で織田信長のために働かないといけないんです……」


「この世界だからだ。ここならお前も天下が一つになった景色が見られるぞ。自分が覇者にはなれなくても、覇者の横にはいられる。そんな悪い話じゃないと思わないか?」


 俺は院長の手を取った。


 ここは熱意を伝える。


「お前が誰かまだ俺は知らないが、この世界で協力して損をすることはない。ばらばらになっていた世界がまた一つにまとまることなんて、なかなか見られないぞ。この機会に見たくはないか?」


 うら若き院長は顔を背けて、絶対に俺の顔を見ないという態度を示したが――


「アメリア様にお仕えするという条件でなら、火縄銃のような火球を撃ってあげますよ……」


 力を貸すことを約束してくれた。


「ありがとう。これで我が国は百人力だ」


 ほかの国が持っていない鉄砲があるようなものだからな。


 これは間違いなく、統一のためのカギになる。


「ところで、院長、あなたの前世はどこのお姫様ですかな? わざわざ子女を狙って手にかけたことはないはずだが、裏切りに対して人質の命をとったことはある。そういう類でしょうか?」


 フィリーヌ・イミーディワの前世を俺はいまだにわかっていない。

 宿敵と呼べるような女はいなかったからな。


「…………今川義元です」


「はっ?」


 今度は俺があぜんとした。


「わたくしも理解できませんが、ぼんやりと武将としての記憶があるんです。そして、最後にどうやら織田信長という軍と戦って、戦死したようですね。ある日、妙に赤い太陽が昇った時に、そんな妙な夢のようなものを見たんです……。あれはどうせなら戦場で活躍したいというわたくしの心の奥底の願望なのでしょうか……?」


 どうやら記憶の残り方が俺より、ずいぶん弱いらしいな。


 そんなに無念と思ってなかったってことか。まあ、個人差もあるか。

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