第15話 信長、軍制改革を行う
アメリアは紙の上にペンで思考を整理するために、何やら記号を書いていく。
○、△、□ ×の四種類が横に並べられる。
それが何列か続く。
結果的に縦に○、△、□ ×が並んでいるようにも見える。
最後に○の左側に人を示す棒人間が順番に書かれる。
「これまでのオールランド侯国や周辺の国家は、有事に兵を集める時、国内のそれぞれの家臣に決まった兵の人数を用意させていましたね」
「そうだな。それ以外にない」
織田信長の時代でも家臣ごとに軍役を課して、その人数を集めさせていた。
武将Aは合計三十人用意しろ。そのうち弓兵は何人、槍兵は何人、鉄砲兵は何人というように。
人数だけ揃っても、誰も弓が使えないとか、誰も鉄砲が使えないとかいったことになると困るからだ。
槍兵や鉄砲兵が個別にバラバラに存在していても、あまり意味はないから、まとめられたりもするが、基本的には家臣は自分が用意した兵を使って戦う。
とくに弓と鉄砲は技術が必要になるから、農村から人間を引っ張ってきて頭数だけ揃えるといったことはできない。
「この棒人間がそれぞれの領主で、○や△の記号が兵の役割だな。弓兵や魔法兵ってところか」
「それで正解です。よくできました」
アメリアは一言多い。これぐらい、誰でもわかる。
「そして、こういった家臣が自分が用意した兵を従えて戦争をしていました。家臣が病気だったり、子供だったりして、代理の人が指揮をすることもありますが、基本はこうです」
「ああ。何もおかしなところはない」
「それを、私はこうします」
アメリアは○や△といった記号を、同じ記号ごとに楕円でぐるっと囲っていった。
それで、アメリアが何をしたいのかということがわかった。
「弓なら弓を使う者だけを集めて、役割ごとに編制するってことだな!」
「飲み込みが早い。さすがです」
少しアメリアは得意げな顔になる。
たしかにこれはメリットがある。弓や鉄砲だけの専門の部隊があったほうが、練度も明らかに上がる。機動的な作戦もとれる。
「弓や魔法に特化した部隊を集めて、そういった部隊で戦争を行うのです。合戦の時だけ集めた部隊とはまったく違う戦いができます。もっとも、従来はこんな発想を持っていてもあまり意味がなかったですがね」
「たしかに、かつてのオーウェル伯国では無用の考え方だったな。動員兵力が少なすぎて、ほとんど意味がない」
アメリアは深くうなずいた。
「これは何千、何万といった兵を運用するのが当たり前の軍隊ほど意味がありますからね。オールランド侯国も反乱分子を滅ぼし、隣国を併合し、やっとその意味があるところにまでたどりついたわけです」
「早速、弓や魔法に秀でた家臣の調査をしよう。指揮の上手さはまた別かもしれないが、下手な奴では下につく者のやる気にかかわる」
「すでに候補がいないか調べてはいます。そして、その中で、とても優秀な魔法使いがいることがわかったんです。ただ、おそらくあなたに力を貸すことを望んでいないのか、ここ最近は戦場に出ていません」
「それって……俺の前世を知ってる奴ってことか……?」
アメリアははっきりそうと断言していないが、そういうふうに解釈できる気もする。
「説得に赴いていただけませんか? あなたはかつて敵だった者を味方につけるような力があるように思えます」
「ああ、明日にでも行ってみることにする。ちなみに、そいつの前世が誰かまでわかってるのか?」
アメリアはその質問に対しては首を横に振った。
「なにせ、完全な秘密主義なので、それはわかりません。それでも、とんでもない魔法の腕前なのは確かです。火球を放つ魔法で人間を撃ちぬけるのですから」
「それ、鉄砲そのものじゃないか……」
事実だとしたらとんでもないことだ。
火球を放つ魔法は実在するし、戦場に置いて、敵の部隊の行動を乱したりするために使われる。目の前に火球が落ちれば、足並みが崩れたりするからだ。
しかし、それ以上の効果は期待できない。戦場で敵に軽度のヤケドを負わせたところで、それで敵の動きが止まるわけじゃないからだ。
この世界の魔法では、敵の陣を焼き尽くすような、地獄の業火みたいなことはできない。
まして、銃弾のように火球を縮めて撃ち込むことなどできない――と考えていた。
そんな固定観念が完全に覆ることになる。
「どの家臣だ? 一対一でじっくりと話を聞かせてもらう。まさか、君主になった俺に逆らうこともできないだろうし、何時間でも粘ってやるさ」
「それが君主にも逆らうというか、来いと言っても、ひきこもって来ない可能性が高いんですよ」
「どういうことだ? 領地を取り上げられてでも拒否するような強情な奴なのか?」
軍人の中には自分の決めたことは絶対に変えない石頭もいるから、ありえないことではないが。
「家臣ではないんです。かといって家臣の治める村に住んでいる民というのでもなくて」
「じゃあ、何者なんだ? 精霊やドラゴンがどこかに実在するとは言わないでくれよ……。実在を疑うわけじゃないけど、話し合える気はしないぞ」
「修道女なんですよ。それも気位がとても高い方です。これまで戦場に出向いてもらっていたことが例外的な措置だったので、体調が悪いから出ませんと言われればどうしようもないんです」
「修道女……。それは戦場には不似合いだな」
「まだ、あなたが本格的に活躍する前に見事に魔法が使えるからということで加勢していただいたことがあるのです。まっ、説明はこれぐらいにしておきましょう」
アメリアはテーブルから一通の羊皮紙を持ってきて、俺のほうに渡した。
それは君主アメリアからの紹介状だ。
これで会うのも拒むのは難しいだろう。
そこには、名前も書いてあった。
『純正修道院 院長 フィリーヌ・イミーディワ様』
「修道女か。それは戦場に出なくてもおかしくはないわな」
戦乱の時代、武器を持って戦場に出てくる破戒僧みたいなのは珍しくないが、それでも女となると本当に貴重だろう。
「魔法の天才であることだけは確実です。ダメ元で訪ねてもらえませんか?」
俺は自分のカリスマが異常に高かったことを思い出した。
「そうだな。俺ならどうにかできるかもしれない。たとえ、前世の敵であってもな」
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