第13話 信長、逆臣達を処する

 オーウェル伯国の重臣達は大半を捕らえるか、戦死させることに成功した。


 そうでない者は早い段階からオールランド侯国と友好的な関係にあった、主にオーウェル伯国北部に領地を持っていた領主や、俺が追放されたあと、弟の新政権の中で明らかに冷遇されていた者など。


 そういう連中は俺の側につけという密書にも多くが快諾してくれた。

 自動的に弟に批判的な者達だから信用もおける。


 あとは、他国の親類関係を頼ったりして早い段階で逃亡を行った者や、戦争中に行方をくらませた者など。

 こいつらに対してはまだ捜索の手をゆるめるわけにはいかない。


 とはいえ、分限(ぶげん)の大きい者――広い領地を持つ者はその動向も目立つから、逃亡も難しい。


 たとえば重臣の一人は、オールランド侯国との戦争が不利と見て、脱出計画を立てていたところが弟に露見して、誅殺(ちゅうさつ)されていた。



 なので、オーウェル伯国は消滅したと言っていい。

 戦争の日数もごく短いものだったから、食糧確保のために農村から略奪するようなことも起きていないはずだ。


 元々、俺がオーウェル伯に復権するためという大義名分での戦争だから、略奪をしないよう命令を出していたのもあるが。




 自分の国に戻る途中、俺はとある村のゴロツキを訪ねた。


 ゴロツキは俺があの時の男だとわかって、絶句していた。


「言っただろう。お前は今後終身、税金を払わなくていいぞ。酒もほしいだけくれてやってもいいが、体に悪いから食い物にしよう。まあ、楽しく暮らせ」


 人を救うとこんなお返しもあるということをほかの民にも教えるのは悪いことじゃないだろう。




● ● ● ● ●




 戦争が終わってから五日後、オーウェル伯国の当主であり、俺の弟のカーティル、それと重臣達はオールランド侯国の首都ナフスタの刑場に並べられた。


 全員が縄で手を縛られている。


 敗残者の末路は哀れだなと思う。俺もろくな死に方をしなかったが、こんなふうにじろじろ最期を見物されるよりはマシだ。


 アメリアには列席しなくてもよいと言ったが、ついてきていた。

 本人いわく、「処刑ぐらい何度も見てきたから、どうということはないです」ということらしい。


 たしかにそんなものにびくびくしていたのでは、当主など務まらない。


 それで済めばいいが、血を見るのも怖いお嬢様として振る舞っていれば、多くの者がアメリアを見限って、叔父の側についただろう。そしたらアメリアは殺されていたかもしれない。


 結局、肝の据わった人間しか指導者として生きていくことはできないのだ。





 せっかくなので俺は縛られている弟の前に歩み出た。


「短い期間とはいえ、当主をやれてよかったな。お前が当主だったという記録はたしかに残してやる。国を滅ぼした者という評価がついてくるかもしれないが、事実だから受け入れろ」


「兄さん、反省しております……。庶民の身分に落とされても構いませんので、どうか許していただけないでしょうか……?」


 弟は俺を見上げながらわかりやすい命乞いをした。


 醜いなと思ってしまう。


 誰だって死にたくはない。殺されそうなら抵抗もする。


 だが、死ぬとわかった以上は、その死を認める作法というものがあるだろう。オーウェル家だけでなく、どこの国にもそういうものはある。


「つまらんことを言って、兄の俺に恥をかかせるな。ただ、俺のほうにも足らなかったと思う箇所はある。それはお前に詫びねばならないな」


「で、では……許してくださるのですか?」


 弟の表情が少し晴れた。


 人間は絶望すると、わずかな希望にでもすがるものだな。


「お前が歯向かおうと思うこともないほどに兄の俺が強大なら、重臣達と結託することもなかっただろう。その点は俺の落ち度だ。墓に入ったら聞こえないかもしれないから、ここで伝えておいてやる」


 弟の顔がまた絶望に変わった。


 信長の弟の信勝も最初から俺が完璧な国主として君臨していれば、俺を倒そうとは思わなかったはずだ。


 だが、俺と信勝の実力差は親父が死んだ時点で拮抗していた。いや、信勝のほうが上だった。


 親父は俺と信勝がそれぞれの家を興し、織田一族が発展していけばいいと目論んでいたようで、それで力ができるだけ公平になるように遺領や城を分配したが、そんな甘い話にはならない。


 信勝は俺に挑戦して敗北し、一度許してからも俺に対する反抗を企てたから、呼び出して毒殺した。


 中途半端に出来がよかったばっかりに滅ぶことになるという運命もあるのだ。


「ところで、お前は織田信勝という名前を知っているか? そんな記憶があったということはないか?」


「オダノブカツ? どこの言葉ですか? まったく聞き覚えが――」


 俺は処刑担当の首切り役人のほうを向いた。


「もういい。やれ」


「わかりました」と役人が言った。


「あっ、兄さん、兄さん、兄さ――」


 そこで弟の言葉は途切れた。


 なんとも締まらない終わり方だが、自分で君主になることを選んだのだから、お前の責任だ。


 ほかの重臣達の処刑もつつがなく終わった。




 オーウェル伯国を支配していた重臣連中が軒並み消滅したことで、その多くはオーウェル家当主である俺の直轄支配領域となった。


 この世界では夫と妻の支配する土地は別々に計量することも、まとめて考えることもあるが、どちらにしろ、オールランド侯でもある俺が、新生オールランド侯国における最大の領主となったことは確実だった。


 これで権威だけでなく権力が本格的についてきた。

 自分の支配領域から兵を徴収すれば、兵力においても、国内最大のものになるだろう。


 信長の感覚で言えば、やっと一国を安定して支配できる大名になったというところかな。





「大きな仕事が終わりましたね」


 俺が寝室のベッドでごろんと横になっていると、ベッドの縁にアメリアが腰掛けてきた。


「いや、まったくだ。やむをえないとはいえ、自分の故国に攻め込んだわけだしな。変な疲れはある」


「しばらくは新たに増えた支配領域をならすのに時間がかかりますね。私の国のやり方で検地を改めますか? あるいは税制はオーウェル伯国時代のものを踏襲しますか?」


 そう、支配領域が増えれば統治のことも考えないといけない。これがなかなか面倒だ。


「本音を言えば、伯国時代のシステムを踏襲したい。そのほうが楽だからな。だが――この機会に統一的な検地はやるべきなんだろうな」


 帝国が分裂して約百年、それぞれの地域が別々の税制を実施していた。

 なので、支配領域が増えれば増えるほど、違う税制の場所が範囲に入るようになる。


 信長がどうしていたかというと、意外に思われることも多いが、それぞれの地域の税制をそのまま踏襲することのほうが割合としては高かった。


 少なくとも、あまり統一的に検地を行うということはしなかった。


 短期間で領土が拡張されすぎて、うかつに検地までやって反感を買うと、また反乱が起きる要因になりそうだったというのもある。


 もちろんバラバラなままでいいと思っていたわけではない。

 そういうのは、日本すべてが落ち着いてから着手すればいいと考えていたのだ。


「そうですね。はるか彼方の土地ではないのですから、この機会にまとめてしまいましょう」


「わかった。その手のことはあまり好きじゃないからアメリアに任せたい。サルや光秀はちゃんとやれと言っていたが、あいつらは細かい」


「わかりました。それで、次はどこを攻め取りますか?」


 アメリアは完全に天下をうかがうつもりでいるな。


 だけど、そんな性格だからこそ、俺と気が合うのだと思う。


 アメリアの手には、帝国の地図がある。

 帝国といっても、帝国という一つの国があったのは百年以上前の話で、今は数百では利かない国に分かれているというのが実情だ。


「旧オーウェル伯国から海沿いに西隣のイシャール侯国。そこまで国力が突出してるわけではないから狙い目ではある。それと――君主のトモール・ケンドリックが俺達と同じ世界を前世に持つ可能性がある」


「その名前はなんというのです?」


「名前ではないんだ。ただ、剣術が独特だと言うからな」

 どうも、剣ではなくカタナの流派の影響のような気がするんだ。


「まあ、まずは内政だ。オールランド侯国だってこんなに領土が広がったことはないだろ。海港が手に入ったから、そこの整備もしなきゃいけない」


「ですね。ところで……」


 アメリアはベッドに横になっている俺の腕を握った。


「港も手に入ったし、もういいのではないですか?」


 そうだよな。一国の土地を最大版図にしたんだもんな。ご褒美があってもいいはずだ。


「痛かったら言えよ……」


「子供じゃないんだから……それぐらいわかっています……」


 その日、俺はアメリアと初めて一夜を共にした。

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