第12話 信長、策で敵を落城させる
やがて、アメリアが率いる本隊が到着した。
アメリアは一部の兵とともにこの陣にとどまる。攻め込んでいく軍隊の指揮を任されたエルハンドが、突撃を命じた。
俺もその中に混じって故郷へと向かって突っ込む。
丘の下でたなびいている旗の中には俺がよく知っているものがいくつも混じっている。その旗がどれだけ残るかな。
「翼の生えた犬の旗を狙うぞ。あの家は臆病者の重臣の旗だ。すぐに逃げ出そうとする! 蹴散らしてやれ!」
俺の言葉を聞いた直属の兵達はやる気が違う。野太い声がいくつも返ってきた。
多くは国土奪還部隊の傭兵達だ。俺との戦いの中で、厚く俺を信用してくれている。
「このノブナガに続け!」
「「おうっ!」」
織田信長の下で戦えるなんて、なかなかないからな。思い切り暴れてやれ。
案の定、俺の攻撃を受けたその部隊はほとんど交戦らしい交戦もする前から及び腰になっていた。
オーウェル家の四代前に分家した名門だが、名門というだけで重んじられて、さほどの武功は上げてない家だ。激しい戦いもほとんど経験してないのはわかっている。
もっとも、今のオーウェル伯国の軍なら、どこと当たっても大差はないがな。
敵軍の中からいくつも悲鳴が聞こえる。
今のオールランド侯国の軍は内戦の中で鍛えられている。
かつて精強で知られていたオーウェル伯国の軍と比べても引けをとらない。
俺に攻められた部隊が「城へ撤退だ!」と声を上げた。
そうだよな。城にこもって戦況を安定させたいよな。
広い水堀に囲まれた城の中心部から長く細い木の引き橋が降ろされる。
あれで自軍だけを収容するのだ。
さあ、ここが仕掛け時だな。
「すぐには追い立てなくていい。少しだけ待て」
敵が城の中に逃げ込んでくれないと、策が上手くいかない。
敵の部隊の最後尾の背中が見えたところで――
「あいつらを追って、城内に流れ込め!」
俺は号令を出した。
腕に覚えのある兵達が敵の背中を追って、中に入っていく。
これは戦国時代の「付け入り」戦法だ。
退却する敵の背後に引っ付くようにして、そのまま敵の城の中に流れ込むのだ。
敵が入るのを拒む目的の城の中に入り込むのだから、成功すれば効果は絶大なのだが、戦死の危険も高い。
敵は当然、引き橋を上げられてこちらの軍がそれ以上、入れないようにする。そうなると先に入った兵は、孤立したまま、殲滅される。
それなりの兵が雪崩れ込めたとしても、敵も必死に応戦するから、なかなか生き残れない。
だからこそ、本当に命知らずな武勇に自信のある連中が参加するのだが――
引き橋が全然引かれないなら話は別だ。
俺の部隊だけでなく、ほかのこちらの部隊も橋を渡って次々と城の中に入っていく。
もう、勝負はあったな。
はっきり言って、致死量だ。
城の中からこんな声が聞こえる。
「おい! なんで橋を引いていない!」
「敵が流れ込んでいるではないか!」
理由は簡単だ。
橋を引き揚げる奴がいないんだよ。
本来、その役目を負っている兵は何食わぬ顔で口笛を吹いていたり、中にはこちらの軍に手を振っていたりする。
調略は終えている。
橋を下げたままにするように指示を出していた。
当然、堀に掛けられた橋は二度と上がらない。
こちらの軍は入り放題だ。
これで俺の仕事は終わりだ。俺は引き橋の付近に陣取って、橋を勝手に引き揚げようとする敵兵が来ないように見張る。
この混乱の仕方ではそこまでの余裕も、もうないだろうが。
自分まで城の建物の中に討ち入っていくのは、国の当主となった今、褒められた行為ではない。命を粗末にしていると批難されるおそれがある。
だから、このあたりでゆっくり見物といこう。
俺の部隊が真っ先に城に入って、戦果を上げたことは事実だ。
戦績が増えれば、俺が指揮できる兵の数もまた増える。
やがて、城の物見塔からも煙が上がりだした。
ああ、もう終わりだな。
「しかし、国が滅ぶ時はあっという間だな。こういうのはじわじわ滅んだりはしないで、突然滅ぶようにできている」
自分が当主だった城が崩壊するのを見るのは複雑な気分だが、しょうがない。
やがて、俺の部隊の兵が俺にこう報告した。
「敵国の君主を捕らえました!」
弟が捕まったか。
潔く自決するかと思ったが、結局、降伏か。
「城を落としたと喧伝して回れ。戦意を失った敵は捕らえろ。中には俺の古い友人の一人ぐらいいるかもしれないからな」
堀の外側も戦闘は終結しつつあった。
きっと城から煙が上がったのが見えたからだろうな。
実は城に攻め入ったら物見塔で火を起こせと工作班に命じていたんだが。
物見塔は内部が空洞に近い構造だから、煙も簡単に出ていく。
こちらの兵が雪崩れ込んだあとに城から煙が出れば、それを見た伯国側は「負けた」と思うだろう。
力の差は視覚効果で見せつける。
安土城を見た人間はそれだけで、信長の力のすごさを実感してくれたからな。そのために見学もたくさんさせた。
人間は目で見たもので価値判断をしすぎる。そして、気持ちまで揺らいでしまえば、完全に終わりだ。
いろんなところから、オールランド侯国の勝利を告げる鬨(とき)の声が上がりだした。
そして、こんな声も城からは上がりだした。
「ノブナガ様万歳!」
「ノブナガ様の武勇は偉大なり!」
「ノブナガ様の部隊が城内に一番乗りしたぞ!」
この世界でも織田信長の名前を聞けるのはなかなかいい気分だな。
そして、俺が織田信長の記憶を思い出し、アメリアが朝倉の娘の記憶を思い出した、あの奇妙な太陽の効果を受けた者がほかにいるなら、信長という名前を聞いて、なんらかの反応をするだろう。
俺があの時、目にした文字列には「戦死・非業の死を遂げた方だけのサービスです」とあった。
織田信長が死んだあとに、非業の死を遂げた元家臣もいるかもしれないが、そうでないとすれば、この世界に来ている奴は敵のほうが多いだろう。
それはそれで面白いな。
戦乱の大会の二度目をやってやろうじゃないか。
最後まで勝ち残るのはこの織田信長だからな。
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