第10話 信長、婚約する

 オールランド侯国が再統一されてから、約半年後。


 多くの家臣が出席する会議の場で、俺の本名がハーヴァー・オーウェルであることがアメリアの口によって、発表された。


 同じ場で、俺は自分の生い立ちから、重臣達の策謀で国を追放されたこと、さらにアメリアに目をかけられて、再び無名の身から騎士身分になったこと、アメリアを命懸けで守ったことなどを熱っぽく語った。


 熱っぽく演技しようという意識はあったが、別にウソをついているわけじゃないから、言葉はすらすらと出てきた。


 なかなかの名演だったらしく、ハンカチを目に当てる者もいた。


 それから、どこまでの証拠になるのかわからないが、筆跡鑑定のようなものも、その場で行った。


 俺がオーウェル伯国の君主時代だった時にオールランド侯国に送った書状などが残されている。

 その筆跡に今の俺の筆跡がいかに近いかということを、その場で紙に書いて示してみせた。


 同一人物だから当たり前だが、筆跡は同じだと鑑定士が宣言した。


 もっとも、同一人物であると伝えるためのショーなのだから、俺が赤の他人でも鑑定士は筆跡が同じだと言っただろうが。


「このように、オーウェル伯は苦難の時代を乗り越えられたのです。我が国の中で内乱が起きている最中では隣国のオーウェル伯国を刺激することは危険なので、貝のようにじっと黙っていてくださっていました」


 アメリアが俺の健気さをさらに強調する。


「ですが、その内乱でさえも、まさに反乱を起こしたビスキルを討ったオーウェル伯によって幕となりました。そこでこの場を借りて、オーウェル伯の名誉回復を図るものです」


 その場にいた者達から拍手喝采が起こる。


「我が国は恩人である前オーウェル伯を再びその地位につけるため、兵を興すべきかと思います。残念ながら現オーウェル伯のカーティル・オーウェルは正当な理由もなく、兄を追放した謀反人であり、先日謀反人を滅ぼし、ようやく国土を統一した我が国が認められる存在ではありません」


 その場は熱狂的な空気となった。もはや会議をしているという感じはどこにもないな。




 もっとも一週間後にはさらに大きな熱狂が巻き起こったのだが。


 俺が婿としてアメリアと婚約することが伝えられたのだ。


 年齢的に違和感はないし、当主アメリアを救った英雄との婚約でもあるので、苦情は出なかった。


 そして俺はこう宣言した。


「我が故国はいまやオールランド侯国のもの。一日も早く、アメリアという英邁(えいまい)な当主の治下に置いていただきたい。それが故国の民のためというもの」


 国の領土が広がるのだから、嫌がる者はいなかった。


 俺は君主に復帰して最初の仕事を果たしたわけだ。


 アメリアと俺の婚約の儀も盛大に行われた。


 先にオーウェル伯国に攻め込むという案もあったが、まずは現オーウェル伯に最後通告を送りつけるべきなので、それを実行した。


 いわく――伯爵の地位を明け渡せ。そうでないなら不義の者として討伐する、というもの。


 素直に明け渡すわけがないから、戦争は確実だ。

 それでも前置きもなく攻めるのは国際法的にまずい。


 結局、オーウェル伯国は「ハーヴァー・オーウェルはすでに死去している。埋葬も済ませている。ハーヴァーを主張している者は偽者だ」と主張した。


 外交に事実も真実もあったものじゃないが、これが絶対に事実でないことは俺が一番よく知っている。

 これで決戦は確実になった。



 

 俺は積極的に軍議を開いた。

 自分が生まれた国だから、土地については熟知している。そのことをほかの武将に伝えるためだ。


 もっとも、俺は君主としての振る舞いは避けた。


「あくまで、私は一人の将として参加したい。司令官は妻か、オールランド侯国のしかるべき軍人にお願いしたい。皆の前に立って戦うのはいくらでも構わないが、まだすべての兵を指揮する立場にはないと思う」


 人前に向けてしゃべる時は、礼節も考えて、一人称は「私」とした。


 今は君主なのだから遠慮する必要はないと言われもしたたが、自分の立場を考えて、へりくだり続けることを選んだ。


 武功を立てたとはいえ、侯国の統一の際にはたかが知れた身分だった。


 いきなり全軍を動かすとなれば、元からの領主から反発が出かねない。


 別にゆっくりでいい。成り上がり者を気に入らないと感じるのは人間の本能みたいなものだ。本能を変えることはできないし、変える必要もない。


「恥ずかしい話だが、私は一度国を追われたような人間だ。何十人の兵を指揮する能力は高いかもしれないが、それが国一つになるとまだわからない。少しずつ慣らしていかしてほしい」


 俺はテーブルの一同を見渡す。

 人間のプライドはできうる限り、尊重する。


 決して面目をつぶす真似はしない。


 光秀が裏切った理由も、俺が面目をつぶしたからではと思うことがある。


 あの時、光秀は四国の大名である|長宗我部(ちょうそかべ)の外交交渉の窓口だった。この窓口を当時は「取次(とりつぎ)」と言っていた。


 しかし、結局その交渉は決裂した。


 通常、交渉が決裂した場合、侵攻する兵の先鋒には取次だった武将がなる。いわば、失敗した交渉の責任をとる意味と、ほかの将よりその敵について詳しいからという理由がある。


 だが、俺は光秀が四国攻め自体に反対を続けるから、先鋒からは外した。


 それを面目をつぶされたと邪推された可能性はある。


 どんな世界でもそうだが、気持ちを外に表さずに根に持ち続ける奴はいる。それで気づけなかった。


 もっとも、光秀に理由を聞いたわけではないから、わからないが。


 しかし、光秀があのまま天下人になったかは不明だ。

 もし志半ばで死んでいれば(あるいは天下人になっても結局非業の死を遂げたのであれば)、この世界で生まれていることはありうるな。


 実はオーウェル伯国に隣り合うイシャール侯国の指導者が信長の時代に生きた武将である可能性がある。どうも剣技が独特だという噂だ。まだ確証はないが、いずれにしろ、隣国の領主が実力者であるのだから気を付けないといけない。


 まずは俺の故国を手に入れるところからだが。



 侯国の軍人で最も勢力のあるエルハンドが、静かに立ち上がった。ヒゲに白いものが混じる老年の男だが、三代に渡って侯国に仕えてきた。


「では……司令官役はワシめが務めさせていただきましょう。先陣としてご一緒に出陣ということで」


「そうしてほしい。なにせ私はまだ十八だ。知識は知れている。いろいろと教えてほしい」


 本当は織田信長の知識がそのままあるから、経験はともかく、知識だけなら引けをとらないとは思うけどな。


「それではオーウェル伯、いや、オールランド侯に替わって、先陣の司令官の役目を――」


「ああ、私のことはノブナガと呼んでくれればいい。今のようにどう呼ぶべきか迷っただろう。それにオールランド侯では妻との区別がつかない」


 隣の席のアメリアが「この世界で信長ですか」とぼそっとつぶやいた。

 この反応は少しおかしいらしい。おかしくても、アメリアはなかなか笑わないのだ。


「わかりました。ノブナガ様――これでよろしいでしょうか?」


「うむ。その名前がしっくりと来る。それで頼む」


 俺はこの世界でも織田信長でいくぞ。

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