第8話 信長、アメリアの前世を知る

 両軍が準備をしたうえでの戦争は朝に行われがちだ。今回もまだ早朝という頃から両軍がぶつかった。


 これまであまり前線に出ていなかった部隊までここぞとばかりに前に出ている。


 たしかに局地戦と比べれば、もらえる恩賞の量も桁違いになるし、活躍したいと思うのは自然な話だ。


 それで決着となれば、いいんだけどな。


 しかし、今の敵軍はあっさり後退するわけにもいかないはずだ。



 大きな会戦で大敗して撤退して、ついてきてくれる者はほとんどいない。じり貧になって滅ぶのを待つだけになる。


 場合によっては、周りから首を手土産に帰参を考える者すら出てくるから、その場合は滅亡を待つことすらできない。北陸越前の朝倉義景の最期や、あの武田勝頼の最期はそんな感じだった。


 大名の配下は何代も前から仕えている譜代の家臣だけじゃなくて、独立性の強い領主も多い。そいつらにとってみれば、一族の存続が至上命題になるから、生き残るためには主君も平気で殺す。


 厳密には、「こんな奴は主君ではない」と見限られたから、殺されたというほうが正しいか。


 独立傾向の強い領主が従っている理由は、「自分の土地や財産を守ってもらえるから」だ。滅びかけの大名はその安全保障ができないから、誰もついてきてくれない。


 だからこそ、敵は決死の覚悟で突っ込んでくるおそれがある……。




 最初のうちは数をたのみとするアメリア側が優勢だった。

 順調に攻め立てている。士気も低くない。このままあっさり決着すればそれでいい。


 叔父側が滅亡すればその領地がすべて空くわけだから、ほとんど何もしてない俺も恩賞のおこぼれに預かれるだろう。


 しかし、しばらくして様子が変わった。

 敵軍の側面からやけに威勢のいい部隊が出てきた。


 その部隊はこちらの軍隊を突っ切るように前進してくる。


 まず、魔法隊が火球をこちらに近い地面にぶつけてきた。

 この手の魔法に大ケガをするような威力はないが、白煙と爆風が起きて、こちらの隊列が乱れる。


 すると、そこに一気に騎馬が押し入って、道を開ける。


 先に進むことしか考えてないような戦術。



 ――あれは決死の覚悟の部隊だ。



 こちらの大将首を獲って、強引に勝利を手にするつもりでいる!


 敵軍の部隊は、あっという間にアメリアの本陣まで距離を詰めている。

 勢いに乗った騎馬を止める手段はほとんどない。


 まるで、自分から敵を呼び込むように、兵が左右に分かれているところさえある! こちらの兵が怯えて及び腰になっているらしい……。


「まずい! ノブナガ隊はアメリア様をお守りするぞ!」

 俺は長槍を持った自分の舞台に号令すると、本陣へ向かった。


 ここでアメリアが死んだら、俺も終わりだ。

 指導者がいないアメリア側は完全に滅ぶ。さんざん、敵側の騎士を倒してきた俺も帰参が許されることは絶対にない。


 ということは――死ぬ気で守れってことだ!


「お前らは長槍でなんとしても壁を作れ! 怖くても逃げるな! 槍部隊は数が減れば減るほどもろくなる! ビビればビビるほど死に近づくからな! 生き延びたかったら守りきれ!」

「「おうっ!」」


 前線で戦い抜いてきた俺の長槍部隊は練度が高い。危機的な状況でも動きは悪くなかった。馬の一頭を刺し殺して、落馬した騎士を仕留めてるところもある。


 それでも相手の勢いはまだ強い。死んでいいと思ってる奴を止めるには殺すぐらいしかない!


 敵は戦場とは思えないほど軽装だ。こちらを倒すことだけを考えた動きなのは間違いなかった。


「突け! 叩け!」

 長槍部隊に号令を出す。動きは一致しているし、まだこちらは破られてはいない。


 だが、後ろから回り込んでくる敵だっているはずだ。こちらの本陣は完全に敵の強襲を受けている。すべての方向からの攻撃を防げているのか、俺からはわからない。


「くっ! こんなところで死ぬもんですか!」


 後方からアメリアの声が聞こえた。


 もう、敵が迫っている。


「ここは任せた! 俺はアメリア様を助けに行く!」





 俺は身を翻すと、一気に走った。


 視界の先にアメリアがいる。近衛兵数人がどうにか防いでいるが、だんだんとその姿が減っていく。


 アメリアも剣を構えてはいるが、さすがに限界があるだろう。

 もう敵兵がそこまで来ていた。


「アメリア様!」


 俺は飛び込むようにして、槍を突き出す。

 アメリアに迫っていた兵の首元に槍が刺さり、その兵は地べたに崩れる。


「ノブナガさん、来てくれたんですね……」


 アメリアは息が上がっていた。極限状況だからやむをえない。


「俺は遊軍ですから。ただ、ここまで到達してくる敵兵はそこまで多くはないですね。不幸中の幸いです」


 こちらの軍もアメリアを救おうと動いてはいる。数だけなら負けてはいないから、この状況さえ打開すれば、勝てはする。敵軍には再度の突撃をする余力はない。


「こんな状況でも幸いと思えるなんて、あなたは意外とロマンティストですね」


 アメリアが苦笑した。

 自嘲的に笑うぐらいしかできない局面だけど――




 それが初めて見たアメリアの笑った顔だった。




 その顔は本当に美しかった。その顔を見るために高い金を払ってもいいなと思えるぐらいにだ。


「アメリア様、何としても守らせていただきます! こんなふうに誰かを守りたいと思えたことは本当に久しぶりなもので。いや、初めてかもしれないな」


 大名が幼い子や妻を守るために刀や矢に頼るということは普通ありえない。

 だから、こんな気持ちになったことは織田信長の記憶にもなかった。


「ありがとうございます。私が生き延びたら、加増を約束いたします」


「俺も生きてるのが条件だから、なかなか大変ですがね」


 もっとも、こんなところで死ぬつもりはないけどな。


 近づいてきた兵に先手必勝で槍を心臓に打ち込んだ。


 信長の身体能力は明らかに通常の人間より高い。これも英雄としての素質なんだろう。それでも、持ちこたえられるか半々といったところだな。


 そのせいか口が軽くなった。


「アメリア様、実はオダ・ノブナガというのは偽名でして。本名はハーヴァー・オーウェルと申します。オーウェル伯国の当主だった者です」


 アメリアだけが生き残った場合、偽名のままでは武名が伝わらないからな。


「薄々気づいてはいました。ノブナガという兵がオーウェル伯国にいたか問い合わせたものの、近い名前の者さえ存在しないということでしたので、誰かが名を隠していることまでは明らかでしたから」


 俺の出自を確認する時間はいくらでもあったからな。


 傭兵身分の時は偽名でも気にならなかっただろうが、騎士にする前に身元調査ぐらいはしていたんだろう。


「黙っていて申し訳ありません。もし、祖国に送還されると首が飛んでいたもので」


「気にしていませんよ。それに黙っていたことなら、私も一つありますから」


 アメリアは大きく屈曲した剣を抜いた。


 その剣はどことなく、日本の薙刀(なぎなた)のように見えた。


 アメリアは一人、敵の兵士を斬り倒す。

 それなりに腕に覚えはあるらしい。


 俺も身を守ることを考えてない兵士を一人槍で薙ぎ倒して、とどめを刺した。

 敵は勢いだけだ。騎馬が突っ込んでこなければ、このまま防衛できるかもしれない。



「あなたが国土奪還部隊に入隊する少し前、早朝に不思議な啓示を受けたんです。『

戦死・非業の死を遂げた方だけのサービスです。異なる世界となりますが、再チャレンジしますか?』と」


 それは俺も日の出に経験したものと同じだ……。



「朝倉義景の娘、朝倉桃(もも)、それが私の前世の一つだったようです。おそらく、幼い娘の名前など信長だった時代のあなたもいちいちご存じないでしょうが、滅亡の時に死んだ娘の一人ですよ」



 最初の頃、アメリアが俺をにらむような、冷ややかな目をしていた理由がそれで知れた。


 アメリアにとって、織田信長は一族を滅ぼした仇敵そのものなのだ。


「その……前世のことを謝っても意味はないかもしれませんが……アメリア様をご不快にさせたことはハーヴァー・オーウェルとして謝罪いたします」


「ご心配なく。恨んでいたら、とっくに処刑していますよ。それに戦乱で人が死ぬのは当然のことです。朝倉だって織田を滅ぼそうとしたんですから」


 たしかに。俺がここまで出世している時点で、アメリアは俺を許してくれてはいるはずなのだ。


「織田信長を自称する人物が現れた時は驚きもしましたが、あなたは私に報いてくださっているし、信頼しています。それに織田だって元は越前の神官の出身で、朝倉とも親類だったでしょう。親戚の対決なら今もやっていますよ」


 織田信長の記憶を引っ張り出す。


 そのとおりだ。俺の家臣団にもまだ朝倉義景の姪を妻に迎えている者がいた。


「もっとも、遠い昔のことはどうでもいいです。ハーヴァー・オーウェルさん、私の身を守っていただけますか?」


 疲労がたまってきたのか、アメリアは片膝をついた。


 女に守ってくれと言われて、否定するのは騎士道精神に反するな。


「ええ。ハーヴァー・オーウェルはアメリア様の臣下ですから」

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