第7話 信長、国土統一戦に出陣する

 さて、次の軍議の議題は何かな。

 大きな決戦の予定はないし、ほぼお開きかもしれないが。


 老年の重臣が手を挙げた。俺のお守りだったサルナドに近い立場の奴だろうか。


「気の早い話であることは承知の上でアメリア様にお尋ねいたします。ご結婚はどのようにお考えでありましょうか?」


 一部の者から笑いが漏れた。笑った奴は冗談だと思ったらしい。


 ただ、老年の重臣はこほんと空咳をした。本気のようだ。


「ふざけて言っているのではありません。どこから婿をとるかで周辺の勢力バランスが変わることだってありますからな。事前に想定をしておくことぐらいは必要かと」


 言われてみればそうだ。

 独身で女領主としてやっていくというのも悪いことだとは思わないし、そういうケースもこの世界ではあるようだが、次の候補がはっきりしてないというのは、少し危ういな。

 アメリアには弟などもいない。もしいれば、そもそも弟が当主にされただろう。遠縁の親戚はいるだろうが、そいつが当主になることを家臣達が認めるかはまた別だ。


「ちなみに、オーウェル伯国の当主カーティル殿が将来的に婿になってもよいとおっしゃっております」


 こんなところで弟の名前が出るとは思わなかった!


 ていうか、婿ってどういうことだ? そしたら、自国のオーウェル伯国はどうするつもりなんだ?


「おや、ノブナガ殿、どうかされましたか?」

 老臣に不審がられた。顔に出ていたらしい。


「い、いや……不可解な話と思ったまでです。オーウェル伯国の当主自身が婿になっては、伯国が維持できないではないですか」


「そう思われるのもごもっとも。カーティル殿はそれを機に両国を合併したいと思っていらっしゃるようです」


 合併か。そんな簡単にいくものとは思えないけどな。

 少なくとも、小国のほうの当主である弟がオールランド侯国を好きなようにできるってことはないだろう。


「カーティル殿は家臣の統制に苦慮しているようですから、そこから抜け出したくもあるのでしょうな。あちらもまだ十代、家臣にあれこれ指図されて腹の立つこともあるのでしょう」


 そういうことか。あいつはあいつで苦労しているんだろうな。まったく同情はしないが。


「というわけで、アメリア様にそういったお話があることだけでもお伝えしようと――」



「申し訳ありませんが、却下です。格が違います」




 アメリアが平板な……いや、明らかに嫌悪の表情を浮かべて言った。


 普段からイライラしているのかなと思ったけど、そんなことはなかったらしい。嫌な時の顔はちゃんとあるんだ。


「格と言いますと、家格のことですかな? たしかに家格はアメリア様のほうが上でございますが、向こうは婿として入ると言っていますので――」


「違います。統治者としての格の違いです」


 アメリアが断言した。


 これだけで開戦理由にされそうなぐらい、強烈な言葉だ。


「家臣の統制もできてない愚か者とこの私が一緒になるべきだと? お断りです。私もどうせならもっと大きな夢を見たいですよ」


 もう老臣は何も言わなかった。言いづらいよな。うかつに何か言葉を返したら、カーティルをもっとバカにする言葉が出てきかねないし。


 一方で俺は思った。



 ――アメリアって面白い奴だな。



 どうせならこういう癖の強い当主に仕えるほうが俺も面白い。単純に愚かなのであれば鬱憤もたまるが、アメリアはそれもないし。



 その後、俺は正式に騎士に叙勲された。

 これまでは傭兵隊長という、半分家臣・半分外部というような扱いだったのが、完全にオールランド侯国の家臣になったわけだ。




● ● ● ● ●




 領地をもらったからといって、急に裕福になったわけじゃない。


 むしろ、経営を考えないといけないから面倒になったとも言える。


 これまでは俺の部隊にこれだけの武器がいると言えば、侯国が全部支給してくれていた。


 しかし、領地が手に入った以上、そこから発生する収入で戦争に必要なものは調達しないといけない。


 いわばその都度小遣いを親からもらってた子供から、大人になったというか。



 前線の城に詰める任務がない時に、一度、領地を見学もした。ごく小さな集落といったところだ。


 領主といっても末端なら、こんなもんだろう。


 最初から大名クラスの土地を相続した織田信長の時がうらやましいな……。


 もっとも、親父の織田信秀は信長と信勝の二人にそれぞれ家を興させるような相続のさせ方をしたから、それで兄弟でもめることになったわけだし、素直にあの境遇を感謝したくもないが。



 当面の目標はオールランド侯国の重臣として成長することだ。叔父を滅ぼして、アメリアが国土統一を成し遂げれば、俺の領地も加増されるはず。


 こつこつやっていくか。


 秀吉――サルだって、最初は末端から偉くなったわけだし、あいつにできて俺にできないってことはないだろ。





 そのあとも、俺は主に前線で戦いつつ、じわじわと叔父側の軍を追い詰めていった。もはやアメリアの優勢は決定的になっている。


 そのため、ついに叔父側が最期の決戦に打って出てきた。明らかに全軍を投入して進軍してきたのだ。


 今更降伏してもアメリアに許されるわけがないし、一花咲かせようということだろう。


 この戦いはアメリアも戦陣に立ち、さらに全軍が投入された。はえぬきの武将達にとって、この戦いに参戦しないのは恥になるから、それも当然だ。


 アメリアはこの戦いを「国土統一戦です」と言って、兵達を鼓舞した。見事なネーミングだと思う。




 ただ、結果として、いつもなら前線で奮闘している俺の役目が空いた。これまで、さほど活躍してなかった領主達が前線で活躍しようとするからだ。


 俺はどこに布陣してもいいと言われた。遊軍扱いだ。



「遊軍かぁ」といった声が俺の兵士達から聞こえる。たしかに役目がはっきりしてないんじゃ、気合いが入らないのもやむをえないか。


「あまり気を抜くなよ。戦争は何があるかわからないからな」


 とくにこういう敵が死ぬつもりで向かってくる戦というのは気味が悪いしな。

 常識から外れたような戦法をとってこられるリスクがある。


 念のため、遊軍の俺はアメリアの本陣の近くに兵を置いていた。そもそも、前線に行こうとすれば、ほかの武将に嫌な顔をされるし、ちょうどいい。


 本陣は当然ながら微高地に置かれている。わざわざ低いところに置く奴はいない。


 けれど、だからといって安全とは限らないのだ。


 少数精鋭が正面からぶつかってくる、ただそれだけのことが奇襲に近い効果を及ぼすことはありうる。


 そう、|桶狭間(おけはざま)山の戦いみたいにな……。



 俺の脳裏にはいわゆる桶狭間の合戦が浮かんでいる。

 今川義元を討ち取った有名な戦いだ。


 兵力に差がありすぎたせいで、奇襲を仕掛けたせいだとか勘違いしていた者もいたが、あれは「奇襲」というより「強襲」だった。


 今川義元の本陣はすでに戦勝気分で浮かれていた。兵力だけで言えば、十倍ほどの差があったから、それもあっただろう。酒を飲んでいた者もいた。


 そこに俺の軍が全力で突っ込んだ。


 軍隊は一度浮き足立つと何人いてもあまり関係がない。あれは義元の油断が招いたミスだ。

 義元も今川氏の全盛期を築いた優秀な大名だったが、優秀だからこそ油断するということもある。


 そして、そんな事態がまた起きないという保証は、どこにもないんだ。


 しかも今回は今川義元の側のほうに俺達は近い……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る