第6話  信長、騎士へ昇格する

 配下が十人できたといっても、最初のうちは上手くいかなかった。


 なにせ国土奪還部隊は元々横並びで、身分の違いなんてほとんどないのだ。


 では、どうやって戦場で戦うのかといえば、傭兵上がりでない侯国の兵士が指揮する。あるいは初期から国土奪還部隊に入っていた奴が数人を従えるぐらいのものだ。


 それが、新入りで、しかも十代のガキが指揮をとるというのだから、なかなか聞いてもらえるものじゃない。


 もっとも、そこは織田信長の時に慣れていた。


 織田信長も最初から何万人を従えていたわけじゃない。弟の織田信勝のほうが優勢だった時すらある。そんな折は俺には数百人が従ってくれるだけだった。


 稲生(いのう)という原っぱで弟と戦った時は、俺が七百人で、弟は千人を従えていたな。


 あの時は柴田勝家も弟の側についていたから、なかなか苦戦したが、勝家が負傷して後方に下がってからはこっちの圧勝だった。


 あの時、俺は大声で怖気づきかけた味方を一喝したんだった。


 それで本当に空気が変わり、俺の側が優勢になった。戦の前なら大半が俺が負けるだろうと思っていただろうに俺が勝った。


 あれは一種の魔法だと俺は思う。

 それが、「指揮」や「カリスマ」の数字の極端な高さの所以なんだろう。


 信頼できない者についてくるバカはいない。だから、こいつに命を預けてもよいと思わせないと何も上手くいかない。それを俺は若い時から伝えることができたらしい。


 柴田勝家も俺の器量に納得して、俺につくようになったし、さらには降伏した弟が俺に反抗を続けようとしているので暗殺するように進言してくれた。




 だから、この世界でも俺の器量を示す。


「若造に従うのは嫌だよな。だが、それで生き残れる確率が上がるなら損な取引じゃないとは思わないか?」

 ろくに俺の話を聞く気がない傭兵に、俺は問答を仕掛けた。


「損って言っても、別に俺は損得で生きてるわけじゃねえよ……」


 鬱陶しそうにしながらもその中年の傭兵は話に乗ってきてきれた。


 よし。

 それならやりようはある。


 こいつらは意地を張っているだけだ。


 だから、話の場に引きずりだせれば、自分の得になるように行動するべきだという考えに傾かせることは難しくない。


「損得で生きてるわけじゃない? 少なくとも俺は違うな。どうせなら高い給金がほしいし、あんただってどうせなら高い酒が飲みたいし、いい女が抱きたいはずだ。清貧の僧侶みたいな生き方はしたくないだろ」


「そんなの……当たり前だろ。いちいちまずい酒を求める奴があるかよ」


 ここまで来れば落ちたも同然だ。


「だったら、戦場でだけでいい。俺に従ってくれないか。十人が長槍で敵を囲めば、危険らしい危険もなく、敵を殺せる。当然、給金も増える。それに俺に従うと言ったって、槍を振り下ろすタイミングを合わせるぐらいだ。買い物にこき使われるのとは違うだろ?」


 中年の傭兵はしばらく難しい顔をしていたが、「わかった……」と同意した。


 この調子でいい。両軍百人に満たない小競り合いで、息のあった十人を指揮できれば、活躍は間違いない。




● ● ● ● ●




 そして、小規模な合戦で、俺の指揮する部隊は着実に実績を出した。


 時には雑兵じゃなくて騎士身分の奴を討ち取ったこともあり、俺が指揮する人数もじわじわ増えていった。


 国土奪還部隊に入って約一年、俺は傭兵隊長の地位を拝命した。数えてなかったが、騎士身分の敵を討ったのが十人に達したから、その褒賞らしい。


 地位はありがたくいただく。


 権威がついてくれば俺についてきてくれる奴も増えるし、従わせるための手間も減る。


 この間、いまだにオールランド侯国は二つの勢力による分裂状態が続いていた。

 双方共に大規模な会戦を避けているためだ。


 こういうことは織田信長の時代にも珍しくなかった。収束に二年や三年かかったお家騒動はいくつもある。


 同じ国での戦いだから敵に顔見知りがいることも多いだろうし、多くの死者が出る戦いは避けたい。それに大敗すれば、終わりだからその恐怖もある。


 勝者の側も自分の領地に大きな傷跡を残すことになりかねないから、敵側の都市を焼き払うということを安易にするわけにもいかない。




 そんなわけでオールランド侯国内での小規模な陣取り合戦が長く続いている。しかし、じわじわと俺の属するアメリア側が優勢になっているのは間違いない。


 とっとと大軍で敵を倒すべきだと主張する奴もいたが、そいつは領主になったことがない奴だな。



 おそらく、アメリアはわざとゆっくりと戦争をしている。



 そんなことに何の意味があるかといえば――領主の権力が確立するためだ。


 アメリアは戦争の指示を的確に行うことによって、だんだんと小娘と侮られない立場になりつつある。


 権威と権力を長く続く戦争で獲得しようとしている。


 いきなり少女が当主だと言っても、なかなか人はついてこないが、戦争の指導者として長期間君臨して、さらに実績を出していれば文句も言えない。


 少なくとも、アメリアに代わって誰それが指導者になるべきだなんて話はまったく出てきていない。


 もっと積極的に敵と戦えと言う奴だって、あくまでもアメリアが積極攻勢に出てほしいという意味での発言であり、ほかの指導者に変わってほしいとは思ってない。

 この情勢でアメリアが引退して修道院にでも入ると言えば青い顔をするだろう。



 これで最終的に叔父の側を滅ぼせば、当主に盾突く親類衆を一掃できる。

 そうなれば、アメリアの権力はさらに上昇するだろう。



 最初は俺もアメリアのことを、当主継承直後から国を二分する反乱に遭った悲劇のお嬢様だと思っていたけど、全然そんなことはなかったな。


 はるかに狡猾で、有能な君主だ。

 アメリアの目が黒いうちは侯国は安泰だろう。




 ――そんなことを軍議の最中に考えていた。


 部屋の一番奥の席にはアメリアが座り、そこから長テーブルの両側に家臣が並ぶ。アメリアに近いほど身分が高い。


 俺も傭兵隊長に出世したおかげで、軍議には呼ばれることになった。主に戦場の正面で、今では五十人ほどを指揮して戦うことが多いが、とにかく会議に呼ばれてはいる。当主のアメリアからは一番遠いような場所だが。


 軍議といっても、そんなにピリピリした空気はない。


 なにせアメリア側が優勢だからな。確実に敵を追い詰めていけばいい。今の議題も敵側の騎士が降伏したいと密書を送ってきたというものだった。


 離反は戦局の流れが定まってくると、加速度的に起こる。

 それに叔父の側に残って、そのまま滅ぼされても、結局は裏切り者という扱いになる。名誉すら与えられないのではやっていられないだろう。


 もっとも、俺には直接関係のない議題だから、どうでもいい。

 あとはアメリアが決定を下すだけだ。


「では降伏は認めましょう。しかし、長らく敵対したわけですから、領地は没収します。代わりの土地は用意しますが、屋敷地がもらえるだけありがたいと思ってもらいたいですね。それで受け入れられるか手紙で尋ねてみてください」


 アメリアが堂々と言った。相変わらず、まったく笑わない。

 よほど人生がつまらないのか、そうでなければ厳格な人間だということを示すポーズだな。


 そんなところだろうな。これで投降を拒否されたなら、完全に滅ぼすまでだ。落ち目になってから降伏は扱いも悪い。


「あと、没収する領地ですが、そこをノブナガさんに与え、侯国の騎士身分にしようかと思うのですが」


 俺の名前が出て、下がりつつあった顔をすぐに上げた。

 当然、ほかの家臣達も俺を見ている。


「よ、よろしいのですか……?」


「そんなに驚くほどのことはないでしょう。あなたは傭兵隊長とはいえ、どうせ帰る故郷もないようですし。それに今の指揮人数を考えれば、ごく普通のことです」


 つらつらとアメリアは俺を肯定する言葉を並べてくれた。


「どこの馬の骨かわからないのは事実ですが、まさか叔父側のスパイが叔父側の騎士を十人以上も殺しはしないでしょう。むしろ、我が国にゆかりがないほうが信頼できます」


 アメリアの言葉は理にかなっているから、誰も逆らう者はいなかった。


 俺が好かれてるかは別として、俺の実績を認めない奴はいないと思う。なら、外に出ていかないように厚遇するのは自然な対応だ。


「というわけで、ノブナガさん。あなたをオールランド侯国の騎士と認定します。この恩に報いるために、さらに忠節に励んでくださいね」


「言うまでもありません! 手土産に敵側の者の首を持ってまいります!」


 これで末端とはいえ、領主の地位にまでは戻れたわけか。

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