第5話  信長、当主に認められる

 傭兵だろうと、あくまでも俺は名目上、国土奪還部隊というオールランド侯国の兵士だ。


 だから、当主の命令に逆らえるわけもないから、素直に兵士に先導されて、城の中枢部の建物に入っていった。


 城の内側へと入れてもらえるということは、スパイ扱いではないということのはず。とりあえず、そこはよかった。


 今の戦乱の時代、疑わしきは罰せずではなくて、疑わしきは殺しておくというのが常道だからな。殺してしまえば、本当はシロだったとしても、少なくとも裏切られることはない。


 まだ完全には信用してないが、俺を殺すだけならいちいち城の内側に入れずに実行するだろう。





 そして、兵士に通された小部屋には――本当に当主アメリアがいた。


 もう夜遅いが、さすがにそれで眠くなるほどお子様ではないか。


 ちなみにアメリアと俺の二人きりなんてことはない。部屋の四隅に兵士が立っている。

 アメリアがまだ少女という年齢というのもあるが、アメリアがごつい男でも、似たような防犯体制はとるだろう。


「オダ・ノブナガさんですね」

 アメリアは俺の名前を呼んだ。


「そうです。いったい何の御用でしょうか?」

 目下の俺が聞けるのはこれぐらいだ。


「あなた、歳は十六ということですが、そんなに若いのにやけに腕が立ちますね。騎士の家の生まれで、勘当でもされましたか?」


 鋭い……。しまったな。国土奪還部隊の登録の時に正直に年齢を書きすぎた。少々不自然だったか。二歳ぐらい上に書いておくべきだったか。


 アメリアの赤い瞳が俺を見据えている。

 お愛想のような笑みもないから、歓待してもらえているのとは少々違うようだ。


 完全なウソをつくのはやめたほうがいいな。

 事実にウソを散らしていくか。


「オーウェル伯国で『謀反』があったのはご存じかと思います。あの戦で父親は当主のハーヴァー様のために戦い、討たれました」


 これなら違和感もないだろう。ノブナガなんて家は聞いたことがないと言われれば、偽名を使っていたと答えればいい。


 さすがに従者が一人や二人の末端の騎士の名前まではアメリアも知らないだろうから、ウソはつき通せる。


 謀反と言っているのは、俺の立場の整合性を保つためだ。

 弟のほうからしたら、あくまで「排除」だとか「秩序回復」だとか適当な言葉を並べているだろう。謀反という言葉だと、事を起こしたほうが悪という意味になるからな。


「なるほど。国土奪還部隊に入隊した日からしても、信憑性はありますね。信じましょう。ところであの長い槍は一族で代々使ってきたのですか?」


 ここからが本題だなと思った。

 まさか疑わしい奴の出自の確認だけで当主が面談はしない。


「いえ、あれは俺のオリジナルです」


 ここは自分を売り込むべきところだ。

 気分は信長に仕官したばかりのサルだな。


「といっても、別に威張るほど独創的なことではありません。敵よりもリーチが長ければ有利だと考えるのは自然なことですから。当然、長くなる分、細かい扱いは難しいですが――ならば細かく扱わなければいい。殴るのに使えばいいんです」


 槍が長ければ長いだけ、当然、鈍重になる。身軽な槍さばきに訓練がいる。

 だが、鈍重のままでは使い道がないというわけじゃない。



 アメリアは黙ったまま、俺の目をしばらく見つめていた。

 おそらく、話の虚実を確かめようとしてるんだろう。


 文句なしの美少女だから、世が世ならそれだけで恋に落ちてしまいそうだったが、今は違う意味でドキドキしている。余計な疑いを当主に残すのは、寿命を縮めることになりかねないからな。


 その問題はクリアできたとしても、ここで俺を売り込めるかどうかは大きな違いだ。


「そうですか。あなたの能力、発想、ともに素晴らしいもののようです」

 アメリアはまったく微笑まずに俺を褒めた。警戒しているのか、こういう性格なのか、これだけだとわからない。


 どうでもいいが、もし俺の親父もアメリアの親父も健在だったら、今頃、俺とアメリアが婚約していてもおかしくはなかったのか。


 敵対しているわけでもない隣国だし、可能性はかなり高かったはずだ。


 もっとも、俺が婿としてオールランド侯国に行くか、逆にアメリアがオーウェル伯国に嫁いできて、侯国の家督はアメリアの叔父が継ぐかといった、大きな変化があったと思うが。


 でも、どっちにしても、俺達が被害を受けた内乱が消滅してただろうから、恋愛感情は抜きにしてもいいことしかないな。


 こう考えると、当主の最大の仕事は健康で長生きすることかもしれない。俺の親父が長生きなら、俺のお守りのサルナドも天寿を全うできただろう。



「それで、もうすぐ叔父のビスキルと戦があります。国内の主要な農地は私が押さえていますから、それを横取りに来るわけです。まあ、小競り合い程度のものではあるでしょう」


 淡々とアメリアは言った。十四歳という感じはしない。

 その三倍は生きてるような落ち着いた奴だ。叔父があっさり侯国を奪えなかったのも、アメリアがただの小娘じゃなかったからだろう。


「その戦で、あなたは国土奪還部隊十人ほどを率いてください。全員に長槍を持たせて」


 配下が十人か。

 これでも出世の第一歩ではあるな。



「わかりました。全身全霊で戦い抜く所存です」

 俺はうやうやしく頭を下げた。


「所詮十人と思うかもしれませんが、小競り合いで十人が活躍すれば戦況には大きく関わります。どうか武功を上げてください、若き武人さん」


「はい、俺のほうも若い当主が長槍にすぐに注目してくださるとは思っていませんでしたよ」


 結局、俺が出ていくまでアメリアはまったく笑わないままだった。


 そのくせ、言葉でも形でも評価してくれているのは間違いない。

 謎の多い女だ。


 まっ、当主があまりに凡人だと俺も気づいてもらえないし、有能なのに越したことはないか。


 でも……俺が成り上がると、あの当主を泣かすようなこともあるんだろうか。

 できれば、平和な解決法を見つけたいところだが、考えるのはもっと偉くなってからでいいか。





 とにかく大きなチャンスが得られた。

 十人の配下を二十人にし、五十人にし、百人にし、千人にし、数万人にまですることなら、俺は得意なはずだ。その記憶がある。


 問題はスタートラインが織田信長の時よりずっと手前なことだけど……まあ、その分若くスタートできてると思おう。

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