第4話 信長、長槍の男と呼ばれるようになる

 国土奪還部隊になったことで最低限の武器は支給されたが、すぐにこれじゃダメだということに気づいた。


 ――槍が短すぎる。


 織田信長の記憶と比べてみて、明らかにここの槍は短い。

「ここ」というのは、「このオールランド侯国」という意味じゃなくて、「この世界」という意味だ。


 槍が短いということは、自分が敵に近づかないといけないということだ。そこに死の恐怖が頭をかすめる。死んだら丸損の傭兵は本気で戦えない。


 俺はすぐに普及品を作っている侯国の鍛治に長い槍を二本作ってくれと言った。


 そのうち一本は実戦用で、もう一本は模擬試合用の刃がついていないものだ。


 国土奪還部隊として技量を高めるための練習はやらないといけない。金がないから、俺に拒否権はない。


 槍ができる前の模擬試合では木剣を使った。

 これも今の俺がどれぐらいの腕前か確認したかったので、ちょうどいい。


 織田信長の記憶がどれぐらい、剣技に意味を持つのか。



 結果から言うと――悪くなかった。



 木剣を使っての模擬試合では七連勝。そのあとに、いかにも歴戦の傭兵って空気を出してる男に一回負けたが、逆に言えば、剣豪じみた奴以外には勝てるらしい。


 そういえば「武勇」ってところが346だったか。

 一般の人間が100ということらしいから、常人の3.5倍か。


 それだけ動くなら、そうあっさりとやられることもないだろう。



 視力がよくなったはずはないのに、これまで以上に敵の動きがよく見える。


 そして、こっちのほうが重要なんだが――剣を敵の首元目がけて突き立てるのが、やけに上手くなった。


 少なくともこの世界では剣技というのは叩くように使うのが戦闘での本義だ。実戦では上級の騎士や剣士は鎧姿だし、そう簡単に斬ることなんてかなわない。


 だが、今の俺の剣は敵の急所を即座に狙える。

 集中力みたいなものが質的に違うのか。


 国一つを統一する直前まで行った人間の集中力というのは相当なものらしい。


「別に剣で有名だったなんて話もない割には、よくやるんだな」


 剣の模擬試合後、俺は自分の中の織田信長に対して言った。


 ちゃんと自分の記憶として頭にあるのだが、いきなり記憶に追加されたわけだから、まだ他人のようなもののような感じがあるのだ。


「おいおい、新人、あんまりいい気になるなよ」

 国土奪還部隊の古株らしき男に言われた。聞かれていたらしい。もっとも、この部隊自体、できて数か月のはずだから古株も新人もない気がするけど……。


「お前は剣は強いかもしれねえけどな。実戦で剣を使うことなんて、そんなにねえんだ。遠距離からにらみ合ってる時は長弓部隊と魔法部隊が活躍するし、近距離での会戦になれば槍の勝負になるからな」


「奇遇だな。俺も同じだ」

 総大将の織田信長が剣を抜くような事態になった時点で、それは危機的状況だ。


 実際、織田信長が剣を抜いた有名な局面と言えば、本願寺と戦って銃撃を受けた時と、本能寺で討たれた時ぐらいだ。


 どっちもろくな状況じゃない。剣が下手なのよりはマシだけど、練習するようなものじゃないな。


「武勇」よりもはるかに大事なのは「指揮」だ。その数値は562だったか。確実に常人離れした力だ。


「いいな、ノブナガとかいう変な名前の野郎! 今度の槍の模擬戦では俺が全勝するからな! 待ってろよ!」


 古株のつもりらしい男はそんなことを言った。




● ● ● ● ●




 槍の模擬戦の一試合目、俺はケンカを売ってきた古株のつもりらしい男に勝利した。


 俺の刃のついてない槍が、そいつの心臓の直前で止まっていた。


 審判の兵士が「ノブナガの勝ち!」と声を上げた。圧勝ってことでいいだろう。開始早々、俺の槍が敵を捉えたからな。


「悪かったな。槍のほうが得意なんだ」

 それは間違いない。織田信長は槍を長く改良した。それだけ槍にこだわりがあったってことだ。


「おい、お前の槍は長すぎる……。卑怯だぞ……」

 男が泣き顔で言った。そりゃ、素直に負けましたとは言いづらいよな。


「よくぞ改良したって褒めてくれよ。ここは実戦で使える技術を学ぶ場所なんだぞ」


「ちっ……。今日は当主様が観覧されてるから、緊張したんだよ……」

 なんとしても、何か負けた理由がほしいらしい。ある意味、単純すぎてちょっと微笑ましいぞ。


 ただ、観覧と言われて、俺たちをじっと見ている姿に気づいた。


 アメリア・オールランド――侯国の現在の当主だ。


 まだ十四歳だということだけど、たしかに当主には見えないよな。あの歳なら男でも初陣を飾っているかどうかというところだ。まして、女なら戦場に出たことは一度もないだろう。


 遠くからでもよく目立つ銀色の髪と、それと対照的な緋色の瞳。あれがオールランド家の特徴だ。間違いなく今の当主のアメリアだな。


 いかにも貴族とわかるような房のついた扇子を手に持ち、じっと練習試合のほうに視線を送っている。



「続けてください。さあ、次の試合を!」



 アメリアが畳んでいた扇子を突き出すようにして、言った。

 俺に文句を言っていた男に代わって、違う兵が出てくる。この勝負は勝ち抜き戦だ。


 この槍でなら十人抜きは可能かな。

 敵の大半は長い槍に対応する戦術を把握していない。


 二人目も突かれるのを警戒していたから――真上から叩きつぶすように殴打した。


 本来の長槍はこうやって使うものだ。


 接近して相手を上からねじふせる。刺したり斬るのより上から叩くほうがはるかに使いやすい。


 仮に相手が兜をかぶっていても、頭に衝撃を与えて、昏倒させられる。


 訓練も短時間で済む。だから、専門的な技術のない農兵に持たせても十分に脅威になるのだ。


 控えの兵士からも「あの長槍やるな」「長槍、調子いいじゃねえか」なんて言葉が飛ぶ。完全に俺の通称は長槍で定着しつつある。新人と呼ばれ続けるよりはいいな。




 剣よりはるかに連勝記録を重ねられそうだなと思ったけど、記録は五連勝でストップした。


 観戦中の当主アメリアが「もう、長槍の方はそこでけっこうです」と俺を下がらせたのだ。


 しょうがない。この時間はあくまでも訓練のためのもので、個人の武勇を見せつける場じゃない。これでケガでもして戦場に出られなくなれば、元も子もないし。


 それでも俺の能力を当主に見てもらう機会にはなった。給金を増やしてくれれば最高なんだけどな。





 試合のあと、その長槍はどこで売ってるのかと国土奪還部隊の三人から質問された。

 隠すようなことでもないので、特注だけど作ることは容易なはずだと教えてやった。


 長槍っていうのは集団戦術で威力を発揮するものだから、長槍仲間が増えてくれるほうがいい。


 しかし一傭兵から上を目指すというのは、なかなか疲れるな……。あのサル――秀吉と同じような成り上がりが必要だ。


 ていうか、あのサルは俺が死んだあと、どうしたんだ? 光秀の謀反は突発的なものだったから誰も把握してなかったはずだけど。


 …………やめておこう。


 自分が死んだあとのことを想像しても、建設的じゃない。今こうやって生きてる俺の未来を考えたほうがマシだ。






 その日は存分に体を動かしたので、よく寝られると思っていた。寝酒のつもりで兵舎でワインをちびちびやっていた。


 毎日酒盛りをして盛り上がってる連中もいるが、そういう気分にはなれない。まだ十六だからな。ああいう酒の楽しみ方を知らない。


 それに織田信長も酒はろくに楽しまなかった。実際、酔いつぶれるのはリスクが高い。

 酔ってる間に口論になって、同じく酔った相手にナイフで刺されでもしたら、それで終わりだ。あの時代の人間は俺に限らず、気が短い奴ばかりだった。


 頭のほうが冷静でも、酒が入れば体の動きは鈍くなる。危なくはある。




 ただ、オーウェル伯国の話が酔った連中のほうから聞こえてくるのはありがたかった。

「兄を倒した新しい当主のカーティル・オーウェルだが、重臣を統制できてなくて苦心してるらしいな」


「あんなに若ければ当然だぜ。賢くたって、当面の間は操り人形だろうよ」



 そうだろうな。弟よ、せいぜい、自分を侮ってくる重臣達にムカついててくれ。



「それと、前の当主の側近だったサルナドって奴は結局、カーティルに殺されたようだぜ」


「ああ、長らく仕えていた当主を裏切ったことは、後事を託した今は亡き自分の父を裏切ったこととも等しいから処刑するって話だったっけな。自分も兄を倒したのに、調子のいい話だぜ」


「自分に従った重臣達のための恩賞も必要だしな。元々、兄のそばに仕えていた奴は狙われるよな」



 傭兵達のそんな声が聞こえてくるなかで、俺は目を閉じて小さくサルナドの死を悼んだ。


 バカな奴だ。サルナドを生かすメリットのある奴なんて、弟の新政権の中に存在しないんだよ。俺と一緒に逃げるのが正解だったんだ。


 ほんとは俺を裏切ったサルナドも恨んでいたかったんだけど、死なれたんじゃ無理だな。


 これはいよいよ俺に謀反を企てた連中を一掃したいな。サルナドの弔いも一割ぐらいは兼ねて。



 ワインが湿っぽくなったなと思っていると、人影が近づいてきた。

 傭兵ではなく、オールランド侯国の元からの兵士だ。


 まさかスパイか何かと勘違いされてるってことはないだろうけど、目をつけられているっていうのは楽しい気分じゃない。いったい、何だ?


 その兵士は小声で俺にこう言った。

「当主アメリア様がお呼びだ」

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