第3話 織田信長、傭兵になる
ゴロツキは水とパンも俺に恵んでくれた。
住んでいる場所を教えた手前、そのまま返すのも悪いと思ったんだろう。たしかに助けた以上は恩を着せたほうが有効だ。
俺はありがたくそれをちょうだいすると、隣国のオールランド侯国へと急いだ。
オールランド侯国は伯国よりはるかに規模が大きい。前世の記憶を基準にすれば、侯国は国持ち大名クラスの土地を支配している。
もっとも、日本の戦国時代ほどの兵力は動員できないだろうが。戦国時代はちょっと戦争に特化しすぎた時代なのだ。
しかしオールランド侯国に入って、どうすればいいだろう?
今の俺には織田信長だった時代の記憶がある。
他国に逃げ延びて、そこで平和に暮らして、それでめでたしで終わるつもりはない。
最低でも領主の地位に戻りたい。いや、どうせならもっと上の地位につきたい。
そのための近道は何だ?
織田信長だと言っても通じないに決まっているから、ハーヴァー・オーウェルだと名乗るしかないか。
オールランド侯国とオーウェル伯国は表面上、友好的な立場だ。
最もありがたいのは、オールランド侯国があくまでも俺を友好国の当主とみなして、復権に力を貸してくれるパターン。
都合がよすぎるか。それで復権できても、俺は傀儡だな。
ただ、俺の弟を正式な当主とみなして、俺をお尋ね者として送還するパターンよりはずっといいけどな。この場合、俺は百パーセント処刑される。
後者の可能性がある以上、あまりうかつなことはできない。
しばらくは素性を隠すか。
● ● ● ● ●
国境付近にある砦から外れた、さびれた道を通って無事にオールランド侯国領に入ることができた。
立て札の様式が違うので、それがわかる。オーウェル伯国は公的な看板は四角だが、オールランド侯国は三角のものを置く。
これでいきなり敵に襲われるリスクは下がったものの、いまだにお金もない。まずは食い扶持を稼がないと。
織田信長だからできる特殊能力みたいなものは今のところない。まあ、織田信長自身も超人なんかじゃなかったはずだから、やむをえないか。
特別なものがあるとしたら、信長の能力を示す変な数字だな。
あれが事実としたら俺はカリスマが並外れて高い。あれは人を信じ込ませる力みたいなものじゃないだろうか。
やがて俺はオールランド侯国の首都ナフスタに着いた。
東西を山に挟まれた、難攻不落の街だ。といっても、大軍が攻め込んでくればどうしようもないだろうがな。地形はなんとなく織田信長が見た一乗谷に近い。
オールランド侯国とは友好国だったから俺も幼い頃などに訪れたことがある。だから街の雰囲気も少しは知っていた。しかし――
俺が来た時より寂れてるな。人口も少ない気がする。
店舗の数は多いのだが、閉まっているところも珍しくない。
「大きな声じゃ言えないけど、なんだか活気がなくなってるねえ」
同じ感想を、ちょうど街に来ていたらしい旅の商人らしき男が地元の商人にしゃべっていた。
好都合だから聞き耳を立てる。
「当主様の叔父のビスキル殿が自分こそ当主だと北のオノリスの町に籠もっていてね。そっちに移り住んでる奴が多いのさ。この調子だとオノリスの町の人口がこのナフスタを上回るんじゃないかって言われてるよ……」
地元の商人が声を殺してぼそぼそしゃべる。
そりゃ、憚(はばか)られる内容だろうな。
「アメリア様が悪いわけではないんだが、いかんせん、女子でまだ十四では……。女当主だけならほかの土地にもいるが、後ろ盾のない小娘では限界があるねえ……。そこを叔父が当主を名乗って、自分の拠点に籠もっているってわけさ」
うちと似たような状況だな。次の代の当主が権力を確立する前に先代が死ぬと、こういうことになる。
この百年間ほど、皇帝が権力を失って、皇帝の一族は王を、各地の豪族も諸侯や伯爵を名乗って自立している。小領主同士の紛争は国のどこかで常に起きていた。
そういう信頼できる上級権力がない時代には、権威だけでの統治は不可能だ。
ほかの者を屈服させるだけの権力が必要だ。
で、権力は十代の人間がいきなり手に入れられるわけがない。
たとえば――
戦争で圧倒的に強いことを、出陣経験がほとんどない年齢では示しようがない。
寺院同士の領地争いを見事に裁いた経験だってない。当主になったばかりでは持ち込まれる訴訟の数が少ないから、信頼を勝ち取るチャンスが生まれない。
というわけで、若くして当主になった奴はその地位を維持しづらいシステムになっているのだ。
で、そのたびにまた争いが起こって、次に当主になった奴も権力の確立が難しくなるという悪循環……。
これは俺じゃなくても、誰かが国をまとめたほうがいいな。
けど……その前に食い扶持を稼がないと。国を語る前に胃袋を守らないと、飢え死にだ……。
「アメリア様は国土奪還部隊という傭兵部隊を作って、どうにかしようとしているが、なかなか上手くいってないらしい。傭兵っていうのは立身が目的じゃなくて、金儲けが目的だからねえ……」
商人がいいことを話してくれた。
俺は商人のところに早足で近づいて、間髪いれずにこう聞いた。
「その国土奪還部隊っていうのは、どこで募ってるんだ?」
● ● ● ● ●
場所はすぐに知れた。城域の一番外側の雑草ばかりが生えてる原っぱが国土奪還部隊の詰所だった。
その隅にある、小屋を大きくしたような建物が、国土奪還部隊の住居ってことだろう。
たしかに傭兵の中に裏切り者が混じっていたら恐ろしいことになるから、城の中枢部には入れられないだろう。
国土奪還部隊も一応は城の敷地内に置かれているものの、二回も水堀を渡らないと城の中枢部には至れない。
頭数が慢性的に不足しているのか、入隊希望を伝えるとすぐに許可された。
これで俺も晴れて国土奪還部隊の一員だ。
つまり、ただの傭兵なわけだが……お尋ね者同然の身だったのと比べれば、少しはマシになっている。
ただ、一つ、困ったことがあった。
「それでお前の名前は?」と記録係の兵士に尋ねられたのだ。
国土奪還部隊になった以上は名前を名乗らないといけない。
しかし、ここでハーヴァー・オーウェルと名乗ることはできない。
「ああ、訳ありの奴か? なら、偽名でいいから教えてくれ。名無しはさすがに困るからな」
俺のわずかな沈黙をくみとったのか、記録係は気楽にそう言った。
なるほどな。名乗れないのもよくあることなのか。そりゃ、こんな傭兵をまともな身分の奴が志願しないよな。
その時、ちょうどいい名前があることに気づいた。
「オダ・ノブナガだ」
「ノブナガ? 無茶苦茶珍しい姓だな。どこの出身だ……? いや、偽名ならどんな名前でもいいのか……」
あっ、織田信長の世界だと、前に姓が来るのか。まあ、いいや。厳密には織田は姓じゃなくて苗字だしな。
「とにかくオダ・ノブナガで頼む。覚えやすいほうがお互いにいいだろ」
「そうだな。せいぜい給料分の働きをしてくれよ、ノブナガ」
追放されてすべてを失った俺だが、職は手に入れた。
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