第2話 十六歳の君主、織田信長に覚醒する

 隣国までは馬を飛ばせば、簡単に入り込めると思っていた。


 だが、そう簡単にはいかなかった。


 馬を奪われた。


 といっても追手がやってきたわけじゃない。農民が細い道に綱を張って、馬を止めた。


 農民たちはこう言った。

「一騎でこのへんを駆けるなんておかしいな。あんた、敗残兵かお尋ね者かのどっちかのはずだ」

「命は助けてやるから馬は置いていきな」

「それと、鎧も置いてけ。そんな重いもの担いで逃げると疲れるからよ」


 別にそいつらのやってることは間違ってはいない。


 たしかに、俺の行動は明らかに不自然だ。


 どうやら俺の顔を知りはしないらしい。命拾いした。顔を知られていれば、俺に斬られる恐怖を押さえてでも、捕らえようとするだろう。


 俺と弟が戦を行おうとしている。そのことぐらいは領土の北のはずれの村にだって届いてるはずだ。


 そこで俺が一人で逃げようとしているなら、こんな獲物はなかなかない。弟に差し出せば大金が入るし、向こう十年の税金だって免除されるだろう。



 俺はとっとと、馬と鎧と置いていくと、着の身着のままで逃走を続けた。武器といえば細身のナイフだけか。ないよりはマシだけど、あまりあてにはならない。


 夜に走り続けるのは無理があるので、途中の村のはずれで仮眠した。






 夜明けの少し前からまた走り出す。


 惨めではあるが、泣きたいような気持ちにはならない。

 死んで武名を残すという目標が消滅した以上は、今はとにかく生きなければと思った。


「こんなところで死ぬのが一番最悪だからな……。犬死にとして周辺の国にまで話が広まるはずだ……」


 オーウェル伯国は面積は狭いながらも、それなりに武名を誇ってきた国だ。

 そこの後継者として育てられてきた俺も、幼い頃から戦闘訓練は受けてきたし、出陣する時の心構えも聞かされてきた。


 堂々と戦って、戦死するなら、何も恥ではない。そう親父も何度も言ってたもんだ。実際、敵であろうと勇敢な者はその武名を尊ぶ風潮がある。


 一方で、今の俺は――最低だ。


 たった一人での逃亡。転戦という言い訳すらできない。


 いずれ勢力を盛り返して復権すれば、恥も吹き飛ぶが、こんなところで死ねばいつまでも消えない恥が残る……。


「あのクソ弟……。絶対泣かしてやるからな……」


 思わず、悪態をつく。


 だが、俺一人だけでは何もできはしない。どんな剣士だって八方向から槍で突き立てられれば終わりだ。まずは仲間を増やすところからだ。


「ハーヴァーって名前、なんか縁起がいい気がしたんだけどな。国をすべて平和に治めるみたいな……」


 いや、そんな発音の単語と近い言葉はなかったと思う。


 多分、どこかの方言でも頭の片隅に残ってるんだろう。


 そんなことを考えて脇街道の細い道を走っていた時――




 強い殺気を感じた。




 こういうものは直感を信じたほうがいい。俺はすぐに道のそばの林に入る。



 やがて俺以外のガサガサと草むらを掻き分ける音がした。

 オオカミか? いや、この気配は人間だ。


 弟の刺客か? さすがにそれは効率が悪すぎる。仮に刺客を置くとしても、もっと手前に配置する。


 なら、どこにでもいるゴロツキの類だろう。俺が何かから逃げているのを感じ取ったか。


 明らかに相手は慣れている。回りこまれているようだ。

 そして、目の前に斧を持った大男が現れた。


 これを振り下ろされたら終わりだ。こっちにあるのは小さなナイフだけで勝負にならない。


「お前、ハーヴァーの側の敗残兵だな。顔もきれいだし、それなりの騎士だろ。褒美はたんまりもらうぜ」

 やはり顔はバレていない。だが、顔がバレていなくても、結果は同じか。


 逃げ切ることは不可能に近い。向こうはこのへんのゴロツキだろう。地の利は完全に相手にある。


 せめて太陽を拝んで死にたかったな。


 ちょうど日の出の直前だった。あるいはもがけば、日の出ぐらいは目にできるだろうか――――



 その時、まさに日の出が山の先に見えた。


 それにしても、今日の日の出はやけに真っ赤――――




 奇妙な感覚が体に沸き起こった。




=====

織田信長 1534~1582


戦死・非業の死を遂げた方だけのサービスです。

異なる世界となりますが、再チャレンジしますか?

=====




 なんだ、これ……?

 聞いたことのない名前と数字が頭に浮かんでいる。


 どうしてこんなものが出てくる? そんな日の出は聞いたことがない。



 いや、日の出じゃないのかもしれない。はっきり言って明るすぎる。昼だってこんなに太陽がまぶしいことはないはず……。


 もしかして、俺の身に起こっている、この現象のせいなのか?



=====

なお、このサービスは戦死・非業の死を遂げた方にはこの機会に

全員に与えられます。競合することもあるのでご注意ください。

=====



 相変わらず、訳がわからないというのが本音だ。

 でも、どうせこんな状況では選択肢などない。



「やってやる! 織田信長とかいうものにもう一度なってやる!」



 本当に口で叫んだのか、心の中でつぶやいただけなのか、どっちかはわからなかった。

=====

では、織田信長の能力をお送りいたします。

数字は一般の人間の能力を100とした場合のものです。


織田信長 1534~1582


体力   167

武勇   346

俊敏   138

指揮   562

野心   999

カリスマ 999

知識   267

=====


 野心とカリスマが高すぎるだろ! ――と思った時には、もう自分とは別人の記憶が頭に入ってくる、そんな感覚があった。




 …………ああ。

 ……………………そうか。



 俺はいくつ前の前世かはわからないけど、以前に織田信長として生きてたんだな。



 野心とカリスマがこれだけあるなら、天下人をもう一度目指してやるか。



 そこで意識がはっきりと覚醒した。

 眼前に斧を振り上げているゴロツキがいた。



「つまらないことをするな! 下郎が!」



 ほとんど反射的にそう一喝した。



 ゴロツキもまさか怒鳴られるとは思っていなかったのか、斧を振り上げたまま硬直していた。


「いいか、下郎。ここで俺を殺したところで得られる褒美は知れているぞ。オーウェル伯国など石高で換算すれば数万石クラスの弱小の国衆(くにしゅう)にすぎん」


 万石とか国衆とか変な言葉をまるではるか昔から知っていたように使える。

 織田信長はそういう環境で生きてきたのだ。


 ちなみに国衆というのは、大名と呼ぶには小規模な勢力のことだ。独立している者もいれば、大名と提携関係にあったようなものもある。信長も祖父の代ぐらいだと国衆といったレベルだと思う。



 ついでに言うと、織田信長が弟と争ったという記憶も今の俺にはある。

 もっとも信長の場合は弟を撃破して、分断していた家中をもう一度一つにまとめたのだが。


 勢力の規模も俺の実家のオーウェル伯国よりずっと大きかった。いくらなんでも信長の動員兵力がオーウェル伯国の規模だと二万以上の兵を有していた今川義元に勝つラッキーも永久に起きなかっただろう。



「俺は数年後には国持ち大名になり、天下人にもなる。その時にはお前が一生かかっても使いきれないほどの財宝を授けてやる。だから、ここは見逃せ。そのほうがはるかに得だ」



 俺はゴロツキに言いたいことを言う。

 どうせ今の俺に使えるのは、「口」ぐらいのものだ。


 しかし、「口」だけでこの場を切り抜けられるのかは謎だけどな。突然、斧を弾くほど体が硬くなったわけでもないし。


 だが、カリスマが異常に高いなら、説得するぐらいはできるんじゃないか?


「わ、訳がわからねえ……。けど、訳がわからねえ奴は気味が悪いぜ……。悪魔憑きか? だとしたら、うかつに殺すと今度は俺に憑きそうだしな……」


 ゴロツキがたじろいでいる。

 そうか、俺の様子が理解の域を超えているんだな。


「おい、お前の住んでいるところを教えろ」

「は? なんでそんなものを教えねえといけないんだ……」


「将来、お前の家に金品を届けてやる。心配するな。俺は約束は破る。あと、約束を破る奴は大嫌いだ。同盟していたのに突如裏切る奴とかは特に絶対許さん!」


 なんか頭の中に浅井長政絶対○す! とか、武田信玄絶対○す! といった言葉が浮かんだ。


 うんうん、寝耳に水だったよな。浅井は言うまでもないけど、信玄も便宜図ってやろうとしてた折に造反行為をしてて、完全に信長の顔に泥を塗ったんだ。


「わかった……。住所を教えるから……。お前は悪魔憑きか、そうでなければ変な聖人かどっちかだ……。俺は理解のできねえものには手を出さねえ主義なんだ……」


「俺の威光に平伏したわけじゃないのが心外だが、まあ、いいだろう」


 俺は結果的にその場を脱出した。


 武力も権威も大事なのは痛いほど知ってるが、口だって立派な武器になるな。

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