後継者争いに敗れて追放された青年領主、前世が織田信長だと知り、戦国時代の記憶を持つ仲間達と再び国を築く ~前世の敵も滅んだ奴も今回は仲間だ! 全員で異世界を統一するぞ!~

森田季節

第1話 十六歳の君主、裏切られる

 俺が陣を張った丘は領内でもかなりの高台だ。

 おかげで街の中心部までがよく見渡せた。


 もちろん、敵が平野部で構えている陣だって視界に入る。


 その数、ざっと見て五百人。


 一方で俺の側の兵は百人ちょっと……。


「若様、もう、これまででございます……」


 後ろから弱々しい声がした。重臣のサルナドだ。もう六十を過ぎた歳だから、髪にも白いものが多くなっている。


 俺が幼い頃からお守(も)り役をしてくれた。十歳になったばかりの頃に親父を亡くした俺にとってみれば、父代わりと言ってもいいような男だ。以来、俺が十六になるまで支えてくれている。


「いくら高台で地の利があるとはいえ……兵力は約四倍から五倍……。このまま会戦となれば何か策がなければ勝てる数ではありません……」


「その策を考えてるんだよ。たとえば、敵の正面を決死の覚悟で叩いて、敵を浮き足立たせるとか」


 少なくともこんなところで終わるつもりはなかった。


 これでも六年間、オーウェル伯国の当主をやっていたんだ。


 もっとも、先月、親政を認めてもらえるまでは重臣が政治も戦争も取り仕切っていたけどな……。


「たしかに敵が何千や何万といった数でないなら、少数精鋭で敵を混乱させるといった戦術もございます。しかし、若様、それには前提条件がございます」

 サルナドはわざと硬い声音で言った。


「少数精鋭で打ちかかるには兵の指揮官への厚い信頼が必須でございます。しかし、こちらに集まる百とちょっとの兵のほうこそ、数の差に圧倒されて浮き足だっております……」


「……まあ、そういうことだな。大半の連中は弟のほうについてるってことだ」

 俺が見下ろすところに陣を置いている敵は、この俺ハーヴァー・オーウェルの同母弟であるカーティル・オーウェル。


 俺が当主である以上、これは弟の謀反だ。

 問題はその謀反のほうに重臣含め、大半の奴が味方しているという点だ。


 つまり、重臣の大半は俺よりもずっと出来がいいと信じている弟のカーティルを新当主に立てようとしているというわけだ。


「いくらなんでも何の前置きもなく、俺に対して謀反を起こすという話が出れば、弟の側につくのをためらう奴も多いだろうから、事前に計画は練られていたんだろうな。おそらく、俺が親政を開始する前から……」


 なにせ親政を認められて一か月だからな。こんな短時間じゃ、いくら俺が無能だとしても、政治的失敗だって起こりようがない。


 それに親政開始と言ったって、重臣たちが突然何も口出ししないわけじゃないから、それまでより少し俺の立場が強くなったぐらいのことだ。


 どうやら重臣達は俺のことが心底、邪魔だったらしい。


「そういうことでしょうな。若様――ハーヴァー様には何の落ち度もございません。強(し)いて理由をあげれば、弟のカーティル様が若様の評判を落とすよう画策しているのに気づかれなかった点でしょうか」


「おい、サルナド、どういうことだ? そんなの初耳だぞ!」


「たとえば、若様がお父上とお母上の墓石を倒して、けらけら笑っただとか、そんな噂が流されました」


「なんでそんなことするんだよ! 敵の墓をひっくり返すならまだわかるけど、親父と母親の墓を倒して、何の得がある!」


「だからこそです。そういう何の得もないことをするのが若様だという噂をカーティル様の側は流したわけです」


「そんな噂を信じるほうも信じるほうだ……」


「ほかにも半裸で市場に繰り出したとか……」


「なんで半裸で出歩かないといけないんだよ! 筋骨隆々の肉体美をひけらかしたい戦士ぐらいしか、そんなことしないだろ!」


 聞けば聞くほどバカらしくなってきた。だが、そんなバカらしい噂も何度も聞かされれば、本当のような気がしてくるのだろう。




 完全に俺ははめられたわけだ。




「つまり、重臣は弟のカーティルのほうが操りやすいと思ったんだな。まあ、弟のお行儀がいいのは認める。お行儀だけだけどな。まだ十四歳になったばかりだろ。戦場だって一回出ただけだ。武功だってない」


 周辺の小国家との小競り合いが頻繁に起こるこの時代に、あんなお行儀だけの奴でどうにかなるとは思えないが。


 この百年間というもの、皇帝の求心力は地に落ち、地方貴族や軍閥はそれぞれ独立国家として振る舞っていた。俺の支配する(支配していた、と過去形にするべきか?)オーウェル伯国もその一つだ。


 サルナドはお通夜のような顔をしている。


 打つ手はナシか。


 俺もここまで追い詰められれば覚悟を決めるしかなかった。


「せめて、突撃して死んでやるか。そうすりゃ、家が続く限り、武功ぐらいは記録されるだろ」


 俺だって剣はさんざん学んできた。相手が甲冑に身を包んでいようと、五人や六人ぐらいは斬り殺せる自信はある。


「重臣の一人ぐらい斬れば、そいつの後継者は家の名誉のためにも俺が勇敢だったと語るしかなくなる。死んで名を残すってことだ。そんな悪い話じゃないな」


 鞘から剣を抜く。よく研いであるから、十分にやれそうだ。


 重臣は鎧に身を固めているだろうが、かえって、それが目立つ。一人ぐらいあの世に道連れにしてやる。



「若様、おやめなさいませ。それは命を無駄に散らすことにしかなりません」

 サルナドが止めた。


「けど、ほかに選択肢もなさそうに見えるけどな」


「このまま北隣のオールランド侯国の領内までお逃げなさいませ。他国にまでは、カーティル様の兵も落人狩りに参りません」


 オールランド侯国は面積だけならオーウェル伯国よりはるかに広大な国家だ。

 もっとも、ここも前当主が死んで、跡を継いだ未婚の一人娘に対して、前当主の弟が反旗を翻してるから、バタバタしているが。


 逃げるという発想自体は珍しくも何ともない。戦略的撤退は恥でもない。


 だが……現実的な策には思えなかった。


「腐っても百人の兵だぞ。この数で移動すれば、間違いなく敵に追いつかれる。逃げ切れるわけないだろ」


 弟が追ってこない可能性だって皆無ではないが、望みは薄いだろう。謀反を起こした以上、俺を亡き者にするのが一番確実なのだ。本来の当主は俺なんだからな。


「若様、百人で逃げるとは申しておりませぬ」


 サルナドがそう口にした次の瞬間――


 剣を構えた剣士が俺の両側に現れた。


 殺気を感じるし、あまり好ましい状況でないことだけは確かだ。



「これはどういうことだ、サルナド?」



 俺はまだ兜もしていないから首はがら空きだ。両方から斬りかかられれば絶対に死ぬ……。



「逃げるのは若様お一人でございます。お一人での逃走なら隣国へ入ることも十分に可能のはず。それが最も賢い答えかと」


 表面上、サルナドは悲しそうな顔をしている。表面上だけはな。


「そういうことか。お前も、俺についていくつもりはないんだな。かといって、ここで俺を裏切って殺せば、何年もお守り役を務めていた手前、お前の面目は丸つぶれだ。だから――俺が一人で脱走したことにならないと都合が悪い」


 そう、サルナドが重臣として生き残るには俺が去る以外に手はない。少なくとも、サルナドはそう考えたわけだ。


 あるいは、そもそも最初からこいつも弟側に内通してたのかもな。


 弟が俺を悪く言っているのは知っていたが、身内だと思って見過ごしていた。


 親父は死ぬ間際、兄弟で助け合えと言っていたはずなんだがな……。親の言葉を平気で破るなんて、本当に親不孝な奴だぜ。



「これからもオーウェル伯国は重臣達の手によって公正に平和に治めてまいります。若様は少しばかり我が強すぎました。国を強くしようとか、変えようとかいう志は害になることもございます」


 サルナドはにやりと笑った。教会にかかっている壁画の悪魔みたいな表情だった。


「つまり、親父も母親も死んだ時から、俺が頼れる奴なんて誰もいなかったってことなんだな」


 いっそ、せいせいした。

 中途半端に誰かに頼ろうとするぐらいなら、誰にも頼らないと決めたほうが楽だ。


「わかった。隣国まで落ち延びることにする」

 俺はゆっくりとサルナドから背中を向けた。


「ただし、もし追討に兵を向けてきたら、容赦はしないからな。絶対に道連れにしてやる」

「死ぬ気の敵と戦うのは愚策。そんなことはいたしませぬよ、前オーウェル伯」


 前オーウェル伯。つまり、もうオーウェル伯には弟がついているって見解だ。






 俺は馬に乗ると、陣から逃げるように去った。

 いや、まさしく逃げたんだな。

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