第52話「ダブルウォッチ」
結局皇国ホテルでもう一泊した礼音は、朝食をひとりですませたあと異世界事務局の支部に顔を出す。
「いらっしゃいませ」
と顔なじみになった天ケ瀬が笑顔で迎えてくれる。
「あのう、ちょっと質問したいことがあるんですが」
礼音は遠慮がちに切り出す。
「何でしょうか?」
天ケ瀬は愛想よく微笑んで対応する。
「【アルカン】にいるとき、こっちの時間がわかる時計みたいなアイテムってないでしょうか?」
と礼音は聞く。
エヴァと待ち合わせがあるので、【アルカン】で地球の時間を把握できることがとても重要だ。
「それなら【ダブルウォッチ】がございます」
と天ケ瀬は言って奥に引っ込み、黒い腕時計を持ってくる。
デジタル式でふたつの時刻が表示されていた。
「上のAが【アルカン】、下のJが日本の時刻になります。【アルカン】との時差は現地でチェックする必要があるので、自己責任で御願いします」
と天ケ瀬は説明する。
(いまにして思えば都市リーメに行ってる人に聞けばよかった気もするけど、こっちのほうがわかりやすいか)
礼音はそう考えた。
「【ダブルウォッチ】はいくらするんですか?」
と聞く。
さすがに無料で支給ということはないだろう。
異なる世界の時刻を表示するなんて、彼にはとうてい理解できない技術が使われている可能性が高いのだから。
「800万円になります」
と天ケ瀬はすこし申し訳なさそうに言う。
高額で払える人がかぎられるからだろう。
「買います。カードでいいですか?」
と礼音は言った。
(我ながらまだ信じらんないな)
なんて思うが、表情に出ないように注意する。
800万もする高級品を、それもカードで一括買いするなんて、一か月前の彼からすれば夢のまた夢だった。
「お買い上げ、ありがとうございます」
と天ケ瀬は営業スマイルを浮かべて時計を礼音に渡す。
それを左腕につけて、彼は【ゲート】へと移動して都市リーメの前にやってくる。
「さてと時計はだな」
とつぶやきながら確認した。
Aのほうはと言うと「09;45」、Jのほうが「09:40」と表記されている。
「……もしかして五分ほどしか違わないのか?」
と推測した。
日にちが一日もズレていないのはすでに把握済みである。
五分ほどしか変わらないならかなり過ごしやすくなるだろう。
そう考えて都市リーメのそばまでやってくる。
外から見たかぎり都市に何の違いも見られず、異変は起きてなさそうだ。
「あくまで予兆だったから、そんな急には変わらないってことか?」
と彼は首をひねりながら、シュオに聞いてみようと交易ギルドに向かう。
「やあ、レオン殿、よく来てくれた」
シュオはにこやかに彼を出迎える。
そして何かを探すそぶりを見せた。
「今日はひとりなのかい?」
「ええ、彼女は所用がありまして」
と礼音は答える。
学校に通うということを【アルカン】人に伝わるのか、彼は知らないのでぼかす。
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