第40話「可愛くて憎めない」

 礼音がドアを開けるとリチャードとエヴァ、それから営業スマイルを浮かべた複数の男性が立っていた。


「リチャード様からお話はうかがい、合いそうなサイズを持って参りました。お試しください」


 とリーダーらしい中年男性が話しかける。


「貸し衣装みたいなやつですね」


 礼音の言葉にそのようなものだとうなずいた。


「あ、中へどうぞ」


 と礼音はリチャードとエヴァに言う。

 用が終わるまで外で待たせるのはまずいと、ようやく気づいた。


「失礼するよ」


 ひとまずふたりをリビングに通し、飲み物を出す。

 それから衣装スタッフも中に招き入れた。


 そして若い男性スタッフが彼のサイズを測る。


(あ、測るんだ)


 そりゃそうかと礼音は思いながら身を任せた。

 

「こちらの服が適切かと思います」


 と言われた服を持って寝室で着替えてみるとぴったりだった。


「ぴったりでした」


 ドアを開けてスタッフたちに報告する。

 

「それはよろしゅうございました」


 衣装スタッフたちが帰るかと思っていたら、彼らは次に黒い箱を提示してきた。


「ドレスコードに対応したお履き物はお持ちでしょうか?」


 と聞かれたので礼音は首を横に振る。


(そういや靴もあるんだっけ)


 言われるまで気づいてなかった。

 同じような要領で指定の靴も借りる。


「返すときってどうすればいいのですか?」


 と聞くと、


「もう使わないと判断なさったとき、フロアアテンダントにご連絡いただければ引き取りに参ります」


 と返事がきた。

 

(かゆいところに手が届くな)


 さすが高級ホテルだと感心する。

 スタッフが去ったあと、礼音は待たせてるふたりのもとへ戻った。


「あら素敵!」


 とエヴァが目を輝かせて立ち上がる。


「そうか?」


 礼音は首をひねった。

 ドレスコードに対応した服を着るなど、初めての経験である。


 就職活動する際にスーツを着たことならあるが、彼の心理的にはノーカウントだ。


「とても似合っているわ!」


 エヴァは笑顔でくり返し褒める。

 彼女に言われていると、何だかそんな気分が起こってくるから不思議だ。


「あなたが言うなら、俺も捨てたものじゃないってことかな」


 と礼音は照れて頭の後ろをかく。 

 エヴァに褒められて照れないというのは、彼には無理だった。


「自信を持って!」


 と彼女は笑顔ではげます。


「うん」


 礼音は条件反射的にうなずいたあと、彼女に聞く。


「エヴァは服は持っているのかい?」


「ええ、あとで着替えるわ。あなたが着替えた姿を見てみたいと、おじい様にワタシがお願いしたのよ」


 と彼女は答えて、彼は納得する。


(冷静に考えれば俺のところに服と靴が届けられる件で、このふたりが来る意味なんてないもんな)


 実際彼らはリビングのほうで待っていただけだ。

 

「エヴァの服も見てみたいな」


 礼音は深く考えず自分の希望を口に出す。


「あら。うれしい」


 エヴァは一瞬サファイアのような瞳を丸くしたが、すぐに満面の笑みを浮かべる。


「何ならいまから着替えて来ようかしら?」


 と彼女は聞いた。


「いや、いいよ」


 礼音は首を振って、


「楽しみにしておく」


 とつけ加える。


「ふふふ、ありがとう。期待に応えるように頑張るわ」


 エヴァは幸せそうに答えた。

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