第35話「法人設立祝い」

「とりあえずエヴァは土日のみの参加予定でお願いしたい。学業があるからね」


 とリチャードは言う。


「当然だと思います」


 礼音はうなずく。

 エヴァはまだ十五歳で、今年高校一年生だ。


 学業がすべてじゃないと言っても、優先させたいというリチャードの気持ちは理解できる。


「勉強しておいたほうが、ミカヅキオフィスの役に立つものね」


 とエヴァも納得顔で言う。


「俺、勉強苦手だったから、エヴァができるなら助かるな」


 と礼音は話す。

 もっと勉強ができていたなら、素直に大学に進んだだろう。


「ほんと!? レオンの役に立てる!?」


 エヴァは目を輝かす。


「ああ。むしろエヴァ頼みになるかも。俺、書類仕事とかできるかも怪しいし」


 と礼音は正直に打ち明ける。

 

「じゃあワタシやる! 頑張る! 任せて!」


 エヴァは元気にやりたいと主張した。


「よかったじゃないか。具体的な目標ができて」


 リチャードはとめるどころか、目を細めて微笑ましく彼女を見守っている。


「いいんですか?」


 と礼音は彼に聞く。

 

「この娘はやりがいがあったほうがいいタイプだからね。現にあなたに会えてお礼を言いたい、恩返ししたいという一心でここまで元気になったわけだから」


 リチャードは笑って答える。


「そうなんですか」


 アメリカ人って馬力がすごいのかなと礼音は思う。

 思い込んだら一直線という単語が脳をかすめる。

 

「ほかにあなたから要望はあるかな? ないならこちらでベッドなどを手配しようと思うのだが」


 とリチャードは言った。


「え、いや、それは悪いですよ」


 礼音がすこしあわてて断ろうとする。

 いくら何でもそこまで世話にはなれない。


「遠慮しないで!」


 ところがエヴァが笑顔で言い、


「法人設立祝いのようなものだよ。受け取ってほしい」


 とリチャードにも真剣な顔で言われてしまう。


「えっと……」


 純粋な厚意と笑顔を受けて、礼音は断りの言葉が霧散する。


「わかりました。ありがたくいただきます」


 罪悪感の親類のような気持ちを抱きつつ、彼は言った。


「よかったわ! ねえ、おじい様!」


「そうだな」


 本当に喜んでいるふたりを見ると、礼音は何かいいことをしたような錯覚にとらわれる。


 実際は彼が贈り物をされたというのに。


「ではさっそくオススメのものを見繕って届けさせるとしよう」


 とリチャードはスマホを操作しはじめる。

 そこで礼音は気になっていたことをエヴァに聞く。


「学校ってどこに通うんだ?」


 外国人学校ってこの辺にあったのかなと彼は思ったのだ。


「しんせんだいいち高校ってところ。レオン、わかる?」


 エヴァはすこし言いにくそうに答える。


「もしかして神泉第一高校かな?」


 と礼音は推測し、スマホで漢字を打ち込んで彼女に見せた。


「そうそう! この字だわ! 漢字って難しいわよね!」


「そうか」


 笑顔で肯定した彼女に、礼音は内心驚く。

 御三家や慶尾には及ばないにせよ、かなりレベルが高い学校だ。


 日本語での授業となればさらにハンデを背負うことになりそうだが。


「エヴァなら平気かもな」


 実のところかなりすごい子だという印象は、礼音も持っている。


「うん? なぁに?」


 よく聞き取れなかったとエヴァが首をかしげたので、


「何でもない」


 と礼音は応えた。

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