第3話「スキル【存在感なし】」
礼音は人が多い開けた場所に移動して、さっそくスキルを使ってみる。
「存在感なし、か」
体の中のスイッチが入ったような感覚が全身を走り、スキルが発動したという感覚は得られた。
(もっとも、だからどうなったかなんてわかんないが)
と礼音が思った矢先、前方から歩いてきた少年とぶつかる。
「いた!」
少年は声をあげたあと、礼音を見て不思議そうに首をかしげた。
「もしかして俺の姿が見えてないのか?」
声に出してみたが少年の反応はない。
怪訝そうな顔をしたまま彼は立ち去る。
「……マジかよ? すごいんじゃないか、このスキル?」
と礼音は信じられないとつぶやく。
周囲に気づかれにくいならともかく、接触した相手にすら認識されないとは。
いくら何でも強すぎるし、そのわりに簡単に使えるようになったことが腑に落ちない。
たっぷり一分ほど考えて、
「異世界のルールなんて俺にわかるはずもないか」
彼は思考を放棄する。
強いスキルが手に入ったのなら、どうやって使うかを考えたほうがずっと有益だと考えたのだ。
「あと、人間以外にも有効なのかたしかめたほうがいいよな」
と思いつく。
【アルカン】は地球じゃないので、モンスターが生息しているという。
さすがに人里を襲う凶悪な個体はあまりいないそうだが、人の手が及ばない領域はモンスターのナワバリだという認識でよいだろう。
【アルカン】の暮らしを安全に楽しむためなら、モンスター相手にスキルが有効か試すのは必須だ。
「それに有効時間もだな」
当然だがスキル効果時間が切れたところでモンスターに遭遇すると、目も当てられない惨事になる。
礼音に戦闘の心得なんてないのだから。
「モンスターに遭遇しても逃げられるかなんてわかんねえぞ?」
だが、すぐに問題に気づく。
モンスターを探しに行くのはいいのだが、失敗しても安全を確保するためにどうすればいいのか。
モンスターと戦ってくれる人を雇う金があるはずない。
「……とりあえずスキルを使いながら移動するしかないのか?」
行き当たりばったりだなと思ったが、そもそも【アルカン】に来たこと自体が思いつきである。
いざとなったら都市に逃げ込めそうな位置を確保し、動物相手にでも試すのがいいだろうと結論を出す。
都市を出てさっそくスキルを使いながら動き回ってみる。
ときどき見かけた小動物はみんな彼に気づかなかった。
「都市から近いのに、小動物っているもんなんだな?」
生態が地球とは異なっているのか、単に自分が無知なだけなのか。
礼音は肩をすくめてスキルの維持に集中する。
都市から大きく離れないようにしていたが、やがて十人くらいの集団が門から出てくるのを目撃した。
「……単にあとをついていくだけなら犯罪にならないんだっけ」
渡された本の内容を思い出しながらつぶやく。
もちろん先方からすれば不気味だし、嫌われるだろう。
窃盗や盗賊団のスパイ扱いされても文句を言えないのだが。
「命がけのリスクよりも、嫌われたり疑われるリスクのほうがマシだよな」
死ぬよりはいいと思い、彼はスキルを使ったまま集団のあとをついていく。
三十分くらいは歩いただろうか。
「モンスター接近!」
ひとりの女性が警戒をうながし、集団は臨戦態勢に移行する。
「モンスターだって?」
礼音があたりを見回すと二十を超える黒い犬のようなモンスターの群れが、彼らをめがけて駆けていた。
「やばっ」
と礼音が声を漏らしたのは、六匹が彼のほうへ走ってきていたからだ。
(死んだか?)
氷風呂に全身がつかったような寒さに見舞われたが、犬のようなモンスターは彼に気づかず横を通り抜ける。
「えっ」
思わず声に出したが、やはり彼らは礼音の存在に気づいていない。
「こいつらは鼻がいいからな! ここで仕留めておかないとあとがやばいぞ!」
リーダーらしき男性が仲間に大きな声を出す。
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