③三鷹で何するんですか先輩!

ジリリリリ

耳に触る音で意識が戻る。正直言ってまだ寝たいと思っていたが、それどころではないことに気づいた。

「今は…11時!?」

慌てて身支度を始めた。どんな所でご飯を食べるのかは知らないけれど、とりあえず汚しても支障のないベージュのワンピースに身を包んだ。

白色のパンプスを履いて家を飛び出す。そして足を止めずに改札を抜け、いつものように中央線に乗り込んだ。おそらく普段の通勤以上の速さで東京駅まで走っただろう。


「次は新宿 新宿です」

普段とは違う肉声放送と平日と変わらない人の群れが身体にのしかかる。三鷹駅でどれだけ走っても到着は集合時間を過ぎてしまうのだから。重い感情が頭の中を回りに巡っている間に、私の身は軽くなっていた。どうやら新宿駅で多くの人が降りて行ったようだ。

しかしそんなのも束の間、椅子に腰を下ろして一息つこうとしたら先程降りて行った以上に人が車内へと足を踏み入れる。圧迫感に見舞われたが、新宿までつけばあとはもう一息だと信じ込んで乗り続ける。


「三鷹 三鷹 ご乗車ありがとうございます」

ようやっと身の重さが解放された。まるで鳥にでもなったかのようである。中野で空くのではないかと賭けてはいたが、その予想は無念にも外れた。むしろ車内の密度が増して今にも倒れるのではないかと思った程であった。


身の軽さに感動していた私の後ろに何か気配を感じた。


「ひーよーりーせーんーぱーいー?」

聞き覚えのある声。ふと振り向くと彩花がちびっ子のように頬を膨らませて立っていた。

「な、なにかな?」あまりのあざとさに声が震えた。

「何ぼーっと立ってるんですか!!私探したんですよ!」

私の背中をポコポコと叩いてきた。少し痛い。

「ごめんね、寝坊しちゃって…」

「私ずーっと楽しみにしてたんですよ!」

本当に無邪気だ。人の目も気にせずに私に抱きついてくる。

「日和お姉さんのばかばかばかー!」

ここまで来るともはや他人ではなく妹のように思えてくる。

「ごめんってばー!」

背中を叩いてくる彼女の手を止め、こっちから抱きついてやった。すると彼女は思いもしない反応を見せた。

「え…あ…その…」

顔が茹で上がったタコのように赤くなっていた。

自分からは積極的にがっついて来るのに、いざ相手から手を出されると赤面しちゃうあたり本当に良い。硬直している彼女のほっぺを指先で弾くと更に可愛らしい反応を見せた。

「や、やめてくださいよ!」

そう言われてもやめなかった。ずっとこの反応を見ていたい、そういう感情が芽生えてしまったのだから。


「ほんと意地悪ですねせんぱい、ほら行きますよ!」

そっぽを向きながら私の方に手を伸ばした。

(背中の向こうは真っ赤なんだろうな)そう思いながら三鷹駅を出た。

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