② おしごと帰りに寄り道?

_____もーやだ!!!なんでこんな時間まで残業させるのよあのハゲ!!!

私の声が落合駅のホーム内に波のように広がる。今の時間帯、ここに誰もいるわけがない。だってほぼ終電に近いもん。(東京駅に何時に着くのよ…まさか途中で止められたりしないわよね) 不安が募る。


日付が変わって6分後、水色の電車が来た。乗り込んだのは私1人だけで、車内を見渡しても乗務員さん達以外は誰もいなくて空っぽの箱状態である。

ちなみに中央線で東京に向かえる終電の時刻は私が中野に着く時刻の1分後、当然だけれど走るしかない。

____中野。中野です。ご乗車、ありがとうございます。

東京の夜空に東西線の車両のドアチャイムが響く。その音を合図にしてリレーのように私は中野駅内を疾走した。そして階段に差し掛かる頃に


ポキッ


足元から嫌な音がするとともに私の身体は床へと崩れ落ちた。ヒールが折れた、その事実が分かるった途端に全身から体温が奪われるような感覚に襲われた。無情に響くドアチャイム。終電は新宿方面へと去ってしまった。この時間ならタクシーもないだろうし向かう場所は一つのみ、私の足は自然と改札口へと向いていた。


裏路地にあるガラガラという古みを帯びた戸を開くと1人のおじさんがカウンター越しに立っていた。そこに腰掛けて「おじさん、純米酒一つ!!!!」大声で叫ぶ。

(またか)という表情でお酒を出してくれた。

私は終電を逃した時、毎回ここの居酒屋さんに立ち寄っている。

「お嬢ちゃん、おつまみいるかい?」お父さんのような声で接してくれるおじさんに私は甘え、「ちょーだい!」と過労で疲れてるとは思えないほどの声を出した。


ユッケを角に置いて話を始める。普段なら上司に対する愚痴が湧き出るはずなのだが、今日に限っては彩香の事ばっかり話していた。おじさんは日常的に話してることとは違う事を熱弁し出した私を見つめ、まるで珍しいものを見るかのように話を聞いていた。

(実は妹でもいたのではないか)と感じてはいたものの、私には妹は愚か兄妹すらいない一人っ子であることを前に公言していた。


昨日の朝にたまたま知り合った子の話をする事に私自身も違和感はあった。しかし、何故か彼女のことが脳裏から離れることはなかった。

まるで新たに妹ができた、いや、娘ができたような感覚が私の頬をくすぐる。

思わず頬が緩み、彼女の話をもっと根深くしようと思ったところでおじさんに質問を吹きかけられた。


_____それって宮原彩香さん?

背筋に緊張が走った。(何故知っているの) この感情が沸いてくるのに3秒もかからなかったと思う。

聞いた話、彩香は全国的にも有名なモデル事務所からのスカウトも来ているほどの美貌の持ち主であると。しかし、全てを知らない顔で流してやりたい事を模索しているとのこと。

確かにあのスタイルであの顔つきであれば、スカウトが来るのも間違いはないであろう。しかし何故それを断るのか。土曜日聞いてみることにした。


「おじさん、これお金です」

頬をチークよりも赤く染めた私はおじさんにお金を手渡して居酒屋を後にした。

外はもう明るい。中野駅からも電車は出ているようだから自宅に帰って寝ることにした。


___あの子モデルになればいいのに

そんな感情がよぎった気がするけど気に留めることはなかった。今は家に帰って休養を取ることで精一杯だ。今日は休みだし思いっきり寝ることにした。

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