第4話 新人研修は地獄

 ここは自衛隊の駐屯地。

「二百五十一、二百五十二、二百五十三……」

 グラウンドにて何人かの人が地面に手を付けて腕立て伏せを行っている。

 彼らは自衛隊員……かと思いきや、そうではない。

 D社の新入社員である。

 新人研修の一環として、自衛隊に体験入隊させられているのだ。

 ――なぜ、こんな事させられているんだろう。やっぱり、デスマーチがあるからだろうか? それにしても腕が痛い……

 企画開発部開発課に配属予定の新人、須分考太すわけこうたは腕立て伏せをしながら、過酷な研修を受けさせられる理由について考えている。

 ――ゲームソフト開発の仕事をするために、この会社に就職したのに……

 ――こんな事するくらいなら、仕事の役に立つ知識を教えてもらった方がいいのではないか?

 大学で電子工学や情報工学の類を学んできた彼の頭の中に、いくつもの疑問が湧いてくる。

 彼の体は痩せている。体力に自信があるわけではないので、何回もする腕立て伏せはきつい。

「そこまで!」

 教官が、その場にいる全員に声を掛ける。何かが破裂するような大きくて鋭い声だ。

 腕立て伏せを終えた彼らが起き上がったその時――

「うっ……うっ……ごめんなさい……わたしのせいで……」

 一人の女性が泣き出した。総務部に配属予定の下総愛菜子しもうさまなこである。

 地味で大人しく、人前では騒がない彼女だが、耐えられなくなったらしい。

 敬礼訓練でタイミングがそろわず、罰として全員に腕立て伏せをさせられた事に責任を感じているらしい。

「いや……君のせいじゃないから……」

 須分が下総に近づき、慰めようとすると――

「コラーッ! そこの二人! もたもたするんじゃない!」

 教官から怒鳴り声が飛んできた。

「ハイッ!」

 須分は慌てて大きな声で返事した。

「次は歩行訓練だ」


 大きなリュックサックを背負いながら彼らは駐屯地内をひたすら歩く。

 ――もしかして、これって外回り営業に役立つ?

 営業部に配属予定の地園策司ちぞのさくじは、外回り営業をしている自分を想像しながら歩く。

 体が大きく、がっちりした彼は、他の新入社員達程、苦しそうな表情をしていない。

 十キロメートル歩いたところで歩行訓練は終わった。


 こうして彼らは一日中、過酷な訓練を受けた。



 彼らが自衛隊での研修を受けた次の日。

 貸し切りのマイクロバスが、ある所に向かって走っている。

 乗車している者は、運転手を除くと、D社の新入社員数名と中年の男性講師が一人。

 講師はD社の社員ではなく、依頼されて外部委託先から来ている人間である。

 D社の新入社員は少ないので、マイクロバス一台あれば、全員を乗せるのに充分である。

 なぜ、新入社員が少ないのか。

 会社の規模が大きくないというのもあるが、業務の多くを派遣や請負等に任せているというのが、主な理由である。

 このような話はD社に限った事ではない。IT企業や製造業等では、よくある話である。

 バスの中にいる新入社員達は前日の疲れが取れていないのか、皆、ぐたっとしている。


 マイクロバスが目的地に到着した。

 中から講師と新入社員達が出てきた。

 彼らが前の方を見上げると、そこには大きな和風建築物がある。

 下総の口から「お寺!?」という言葉がこぼれた。

 彼らは講師に従い、寺の方に向かっていった。


「いらっしゃい」

 頭を丸めた人のよさそうな住職が、彼らを迎えると、講師が「お世話になります」と言って、頭を下げた。

「どうぞ、お上がりください」

「それでは、お邪魔いたします」

 彼らは靴を脱いで寺の中に入っていった。


 寺の一室にて新入社員達が畳の上であぐらをかき、足の上で手の平を上に向けるようにして両手を重ねている。座禅を組んでいるのだ。

 ――悟りを開くと、いい絵を描けるのかしら? いたーい!

 小柄な女性が考え事をしていると、警策きょうさく――住職が持つ木の棒――で肩をバシッとたたかれた。

 彼女は紺倉多絵こんくらたえ。企画開発部に配属予定。専門学校でCGを学んできた。


 座禅が終わると、彼らは白装束に着替えさせられた。

 もちろん、男性と女性で部屋は別々である。


 白装束に着替え終えた彼らは、住職に案内されて、後ろについていった。

 住職に案内された先には、水が流れ落ちて幾条もの糸に見える滝がある。

 講師が「皆さんには、これから滝行をしてもらいます」と言うと、新入社員達は顔をしかめた。どこからか「ええ~っ!」という声が漏れる。うんざりしている様子がうかがえる。

「それでは、お願いします」

 講師は住職に頭を下げた。


 新入社員達は両手を合わせながら滝に打たれている。

 ――冷たいっ! それに何だか苦しい…… こんな事にお金を使うくらいなら、他の事に使った方がいいのではないかしら?

 下総は滝に打たれながら、会社のお金の使い方に疑問を抱く。

 新入社員達が滝に打たれながら踏ん張っている一方で、講師は腕を組んで仁王立ちしながら、滝から少し離れた所で新入社員達を見守っている。


 修行体験を終えた彼らは、マイクロバスに乗って、寺を後にする。



 マイクロバスはビジネスホテルに着いた。

 彼らは、そこで食事と入浴を済ませた。


 入浴を済ませた新入社員達は、広間に集められている。

 彼らは前の方を向いて体育座りしている。

 広間は和室であり、一面に畳が敷かれている。

 部屋の前方にはスクリーンがあり、室内のテーブル上にあるプロジェクターからの映像を映し出している。

 映像は講師が用意してきた資料である。

 資料の内容はQCストーリーについてである。

 QCとは「Quality Control」の略であり、日本語訳すると品質管理という意味になる。

 QCストーリーとは問題解決及び改善、課題達成の手順であり、品質管理の一手法である。

 そのやり方について講師が説明を行っており、一項目終えるごとに新入社員達がうなずく。

 ――やっと、仕事に役立ちそうな事を教えてもらえた。

 須分は、ほっとした気持ちになった。他の新入社員達もまた同じかもしれない。

 講師は説明を終えると、室内の照明をつけた。これまで暗かった室内が明るくなった。

 講師は新入社員達の元に、ロール状になった一枚の大きな紙を持ってきて、それを広げた。そして、彼らにマーカーを渡した。

「それでは、今説明した通りの事をやってみましょう。テーマは『どうやったらバグをゼロにできるか』です」

 新入社員達は、まだ仕事に携わっていない。なので、講師が出したテーマは、あくまで架空の話である。

 彼らは広げた紙を囲むようにして座り、議論を始めた。

 現状がどうなのか、彼らなりに想像する。

 問題解決までの仮のスケジュールを作成したり、要因の解析や対策の検討について、ロジックツリーを書き起こしたりした。

 要因として「開発期間が短すぎる」「スキルが足りない」等の考え、対策として「余裕を持って開発期間を見積もる」「情報処理技術者等の資格を取る」等の考えを出した。彼らなりに知恵を絞り出した結果である。

 行くところまで行って、内容がまとまったところで、講師はOKを出した。



 歓楽街にあるラブホテルの一室に一組の男女がいて、ベッドの上に腰掛けている。

 彼らはバスローブを身にまとっている。

「今回のプロジェクト、大丈夫なの? 社員達はみんな、不安がっているけど」

 女が言った。この女性はD社で庶務を担当している岩蟻実恵いわありみえ。年齢は三十歳。

「大丈夫さ。開発に思いっきり投資して、優秀なスタッフを集めればできる」

 男が言った。男は椎尾格樹である。

 岩蟻には夫がいるのだが、夫は格樹ではない。

 夫は別にいて、現在出張中で家にいない。

 寂しさと不満がくすぶっている時に、格樹から誘われてここに来ているのだ。要するに浮気である。

「本当?」

「ああ。一時的に資金がかつかつになるかもしれないけど、売り上げで元を取る」

 格樹が自信ありげに答えた。

「そう……」

 岩蟻がバスローブを脱ぐと、そこから一糸もまとわない姿が現れた。胸は大きい上に形が良く、腰はくびれている。

「それでは、ヤろうか」

 格樹がバスローブを脱ぐと、やはり裸体が現れた。スマートながらも筋肉質な整った体だ。時間がある時にスポーツジムに通って鍛えているらしい。

 二人は布団の中に入り、横になる。そして、体を合わせる。

 妊娠すると流石にマズいので、コンドームを着用する等して、きちんと避妊する。

 新入社員達は研修で疲れ、他の社員達は今回のプロジェクトに不安を抱いているが、そんなの知った事かと言わんばかりに、二人は愛撫あいぶを続けた。

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