第3話 キャバクラ嬢達の呪い

 D社のエントランスから二人の人物が歩いてくる。

 一人は、整った顔を持つやや背の高い青年――椎尾格樹。

 もう一人は、白髪頭をオールバックにした初老の男――椎尾門太社長である。

 二人の顔立ちは、どことなく似ている。こうして並んでみると、親子だと誰もが納得するだろう。

 時刻は午後八時。晴れた空に月と星々がきらめく。

 二人が正門に差し掛かるところで、守衛が頭を下げて「お疲れ様でした」と二人に声を掛けると、社長は片手を上げて「ご苦労!」と元気な声で守衛をねぎらった。

 二人は正門を出ると、まわれ右をした。



 道をまっすぐ歩く二人の表情は、何かを成し遂げたかのように満足げだ。

「今日のプレゼン、面白かったな~」

 社長が陽気な声で言った。

「面白かったって、どういうところが?」

 格樹が怪訝けげんそうな顔をしながら尋ねた。

 仕事中は、父親とはいえ社長である門太には敬語を使っているが、オフになるとタメ口になる。

 仕事中はビジネスパートナー同士、そうでない時は家族。二人はオンとオフを使い分けているのだ。

「社員の顔だよ。みんな青い顔して、ビビっちゃってるの。奴らには、冒険というものが必要だな。今回のプロジェクトは、いい機会になるだろう」

 二人は楽しそうに会話しながら道を歩く。

 二人が少しばかり歩くと、背の高いビルが、姿を現し始めた。オフィス街に入ったのだ。

 更に歩くと、大通りが二人の視界に入ってきた。乗用車、トラック、バス等、様々な車が、太い道の上を走っている。

 二人は、そこを左に曲がり、歩道をまっすぐに歩いていく。

 街灯も車のライトも明るく輝いているので、夜であるにもかかわらず明るい。

 二人の表情も明るい……が、かすかにニヤついているようである。


 二人は駅に着いた。

 本来なら、ここから電車に乗って帰宅するところだが、二人は素通りしていく。

 駅を抜けると歓楽街がある。

 派手な看板や煌びやかな電飾で、人の目を引こうとする飲食店や風俗店が立ち並ぶ。

 二人が少しだけ歩くと、キャバクラの店舗が目に入った。すると、二人のニヤニヤが、より露骨なものになった。

 二人は店舗の前に来ると、そこで左に曲がり、中に入っていった。


 店舗の内装はシックなカラーリングだが、照明が明るく、客もキャバクラ嬢も楽しくおしゃべりしているので、落ち着いた雰囲気と、にぎやかで楽しい雰囲気が、同居している。

「あら、社長さん!? それに格樹さんも!? いらっしゃーい」

 赤いミニスカートワンピースを着たキャバクラ嬢が、二人を出迎えた。

「やあ! クミちゃん元気そうだな」

 社長が陽気に声を掛けた。

「さ、こちらへ」

 クミと呼ばれるキャバクラ嬢は、二人を空いている席に案内した。


 二人が案内されたのは四人掛けの座席。

 クミは、ここに案内した後、ミソラというキャバクラ嬢を連れてきた。ミソラは青いオフショルダーの服を着ている。

 社長、クミ、格樹、ミソラの四人は、二人ずつ向かい合ってテーブルを挟みながら、柔らかそうなソファーに腰掛けている。

 社長の隣にクミ、格樹の隣にミソラがいる。

 クミとミソラの短いスカートからは、滑らかで綺麗きれいな脚がのぞいている。

 どちらの服も体にぴったりとフィットしているので、体のラインがしっかりと強調されている。

 どちらも髪がそこそこ長いが、金色に染めている方がクミで、茶色く染めている方がミソラである。

 化粧が濃く、どちらもケバい感じが否めないものの、生理的に受け付けない程、酷いというわけではない。それどころか、彼女らの美貌を引き立てるのに一役買っているくらいだ。

 社長と格樹は、キャバクラ嬢とおしゃべりしながら食事をとっている。食事内容は、唐揚げ、フライドポテト、ピザ、酒類等々、居酒屋にありがちなものと大差ない。


「今回は、ドカンとやってやりますよ! 父さん!」

「そうだ! その意気だぞ、格樹!」

 ミソラが「ドカンとやるって、何の事? 格樹さん」と、さも興味ありげな声で尋ねる。その声には可愛らしさとあざとさも同居している。

「新しいゲームのプロジェクトだよ」

「どんなゲーム?」

 ミソラが、いかにも興味津々という目つきで、格樹を見つめる。

「アクションアドベンチャーだ。企業秘密があるから、詳しくは言えないけど、制作陣に大物を集めてやるつもりだ」

 格樹が自慢げな顔で答えると、ミソラが「すごーい!」と拍手しながら言った。

「前回の『ギャザリングコンセプト』は面白かったけど、いかんせん手堅すぎたかな」

『ギャザリングコンセプト』とは前回のプロジェクトで開発したゲームである。スマホ向けのゲームで、課金制。ボードゲームとカードゲームをミックスしたような内容。美男美女が出てくるためか、男女双方に人気がある。売り上げは堅調。

「そうだね。父さんの言う通り、面白いよ。ボクが菊軽さんのアドバイスを受けながら、企画したんだけど、確かにあの人のアイデアは素晴らしい。それに色々な事知っているし、面倒見も良いから、本気で尊敬している。でも、良くも悪くも真面目で堅実な印象が拭えないんだよな~」

「ワタシ、『ギャザリングコンセプト』にハマっているんですよ。凄く面白いですよね! それよりも更に凄いのを作るんでしょ!? お二人さん!」

 クミが楽しそうに言うと、社長と格樹は「もちろん!」と声をそろえて元気よく言った。


「社長、ワインをおぎしますね」

 向かい側に置いてあるワインのボトルを取るために、クミがソファーから立ち上がり、前かがみになる。

 社長の目の先には、クミの尻がある。

 豊かかつ形の良い尻である。

 何を思ったのか、社長の片手が、クミの尻に向かって伸びる。

 手が尻に触れた。しかし、クミは気付いていないようだ。

 手が尻の中央下部に軽く触れながら、奥の方に向かってスライドしていく。

 手が尻を奥の方からで上げる。手によってできた盛り上がりが、押されながら上の方に移動していく。

「きゃあ!」

 クミは驚いたような顔をしながら悲鳴を上げた。

 クミと向かい合っているミソラも、少しばかりだが、驚いたような表情をしている。

「社長さ~ん! もう、エッチなんだから!」

 クミは眉を八の字にして、眉間にシワを寄せながらも、軽い口調で言う。

「父さん! ダメですよ!」

 格樹が社長に注意するものの、その口調からは真剣さが感じられない。

「ごめん! ごめん!」

 社長は笑いながら謝った。

 しかし、社長の顔からは反省の色が見られなかった。



 社長と格樹は、二人のキャバクラ嬢と騒ぎまくってから帰った。

 更衣室の扉が開き、赤い服の女性が入ってきた。クミである。

 ――何あれ!? マジでキモイ! お尻を拭くように触ってきて! マジむかつく!

 クミは苦虫をみ潰したような表情をしている。その額には青筋が立っているように見える。

「クミ、お疲れ。どうしたの?」

 クミの前方にいるミソラが声を掛けた。ミソラのそばには、緑の服を着た女性――ナナコ――と、黄色い服を着た女性――ヒマワリ――がいる。

「あのクソオヤジに、お尻触られた。マジむかつく!」

「さっきのアレね。アレはアタシもドン引きしたわ。全く、あのエロ社長には困ったもんだわ。この前、アタシなんか胸をまれたし」

 ミソラが、けだるそうに言った。スタイル良好な四人の中でも、ミソラの胸は一番大きい。

「二人とも、あのエロ社長にやられたの!? 私は、ふとももを触られたわ」

 ナナコは、ふとももの付け根までスリットが入ったスカートから、美しい脚を覗かせながら言った。

「あたしなんか、アソコをポンッと触られたわ!」

 ヒマワリが下腹部を指差しながら言うと、三人は「マジ!? 信じらんない!」と声をそろえて言った。


「許せないわ! あのクソオヤジ」

 クミが怒りを込めながら言っていると、ミソラが鞄の中からメモ帳を取り出した。

「ミソラ、そんなの取り出してどうするの?」とナナコが尋ねると、ミソラは「憂さ晴らしするのよ」と言いながら、メモ帳から紙を一枚破り取った。

 ミソラは鞄の中からハサミを取り出し、紙を人型に切り取る。

 人型に切り終えると、ミソラは壁の方に向かって歩いていった。

 ミソラは鞄の中からボールペンを取り出し、壁を下敷きにして、人型の紙に「椎尾門太社長」と書いた。

 そして、鞄の中から透明なプラスチック製の箱を取り出し、その中から一つの画鋲がびょうを取り出した。

 ――まさか?

 クミは固唾をごくりと飲み込む。

 ミソラは紙人形を片手で壁に押さえつけながら、もう片方の手で画鋲を紙人形の胸に刺した。そして、親指で画鋲をグイッと押し込む。

 その光景を見ていた三人が「やらせてー!」と一斉に声を上げる。

 ミソラは「どうぞ」と言いながら、三人に画鋲を一つずつ渡した。

 グサグサグサッ!

 三人は紙人形に画鋲を次々と刺して、押し込んだ。喜びながら、そして怒りを込めながら。


 更衣室の壁に貼られた紙人形。

 その胸にある四つの画鋲には、彼女らの呪いが込められている。

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