第3話 幸せになっていいんですか
より子は有名シュウマイ店「麗美」でバイトをして一か月たった。
皿洗いから始まり、ホール廻り、そして現在は唐揚げも任されている。
そんなある日の三時頃 ちょうど店がヒマな時間帯に 穏やかで温厚そうな男性が来店してきた。なんと等身大の十字架を抱えていて、左耳に小さなほくろがある。
どこかで見たことのある顔。なんとそれは、ヒモ男になろうとしていた秀夫だった。秀夫の横には、以前新聞で見た元暴走族今は牧師といったタイトルで紹介されていた三十歳くらいの男性が座っていた
いらっしゃいませとなにごともなかったような顔で 接客した私に秀夫は
「あの頃は御免よ。後で話がある。六時頃、斜め向かいのカフェで待っている」
思わず私は「なあに、その大きな十字架。クリスチャンにでもなったの?」
なんと秀夫は私に聖書をプレゼントした。
表紙には、手書きで「神は愛です」と記されてあった。
待ち合わせのカフェにいくと、秀夫が手を振った。
それは私の知っているどことなく影のある秀夫ではなく、陽光に照らされたような明るさがあった。
「実は僕、今でもアウトローから逃げている真っ最中。そんなとき、先ほどの牧師と知り合って、今は大きな十字架を背負って十字架伝道をしている真っ最中なんだ」
私は思わずのけぞった。
「でもこんな大きな十字架を背負ってたら、誰の目にもうつるじゃない。
捕まったら殺されちゃったりしてね。アウトローは執念深いからね」
秀夫は納得したような顔で答えた。
「実はさっきもアウトロー三人と目があったんだ。でも、なぜか向こうは僕に
気づかなくて去っていった。僕はもう昔の僕じゃないからね。
僕は先ほどの野口牧師の教会に通い、洗礼を受けたクリスチャンになったんだ」
へえ、秀夫がクリスチャン? そして教会通い?
でも教会っていかめしくて、品行方正な人が通うところじゃないの?
不思議そうな顔で、まじまじと見つめる私に秀夫はこう切り出した。
「僕も教会なんて敷居が高くて、とても自分の居場所ではないと思っていたが、
野口牧師はこんな僕でも受け入れてくれたんだ。実はここだけの話、内緒だけど
野口牧師は、昔暴走族時代、ナイフ使いの名人と言われ恐れられていたが、そのとき、刺した相手がなんとアウトローの息子だったんだ。要するに、僕とまったく同じ
体験をした人なんだ。ただ、幸い僕の場合は相手はかすり傷ですんだし、アウトローもことが大きくなるのを恐れて、僕に手荒なことをするつもりはないらしいけど、アウトローのことだから、いつ気が変わるかわからないけどね」
私は、思わず秀夫からもらった聖書をパラパラと読んだ。
「人は皆、罪人です」と記されているのをみて、思わず
「えっ、でも私、警察沙汰になるようなことは何ひとつしていないよ。
なのになぜ、罪人なの?」
秀夫は「この場合の罪というのは、エゴイズムのことだよ。
人は神に造られたにも関わらず、創造主である神を忘れ、勝手なことを
している。まあ僕もそのうちの一人だったけどね」
まあ、人間誰でもエゴイズムがあって当たり前だけど、あまりにも自己中心だと
今度は自分で自分の首を絞める結果になり、居場所が無くなるということくらい、
この私にだってわかっている。
そういえば、以前ドキュメンタリー番組で、教誨師である野口牧師が女子少年院に伝道に行ったとき、ある若い女子が「幸せになっていいんですか」と尋ねられたとき、野口牧師は「人は変われる。幸せにもなれる」と返答していた。
女子刑務所でも女子少年院でも受刑者は全員といっていいほど、男絡みだという。
女子少年院の場合は、母親との仲がよくなると更生できるという。
そういえば、私も以前よくつぶやいていたっけ。
「学歴もなく、大した資格もなく、社交的でもなく、容姿端麗でもない私が
これからどうやって生きていったらいいのかな?」
しかし とりあえず働くしかない。
シュウマイ店「麗美」は確かに有名シュウマイ店であるが、繁華街の「麗美」は、忙しいのでスピードを要求され、短時間で多くの仕事をこなさなければならないので、退店する人も多く、とんでもない想定外な人が入店してくる。
こんななかで、私は長続きするのだろうか?
そんな不安に駆られてきたとき、このままだと幸せになれるのだろうかと、幸せになる条件があれば、誰か教えてほしい。
しかし、現在の秀夫は、温厚な雰囲気で幸せそうである。
私も、こんな幸せがほしい。
「ねえ、私も今度、教会に連れて行ってよ」
思わずそう言ったとき、店内からアメージング グレイスが流れてきた。
秀夫曰く
「この讃美歌は、奴隷船の船長が悔い改めて神に向かって
祈った歌詞だよ」
じゃあ、どんな人でも幸せになる資格は与えられてるんだ。
実体はなんなのか、わかっていないが、私も神を信じてみよう、
そして、秀夫のように幸せオーラを振りまけたら、自分も周りの人をも
幸せにできるかもしれない
気が付けば 毎日している十字架のネックレスをすがるように
握りしめていた
END(完結)
☆ 現代ドラマ 生きている限り誇りだけは失わないよ すどう零 @kisamatuma
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