第9話 小学校以来の親孝行
百人の会衆のうちの保護司の代表者は、バリバリの仏教徒だったが、納得したように聞いていた。
聞くところによると、仏教ももともとは、キリストの影響を受けているらしい。江戸時代末期、景教という名で伝わってきたのが、キリスト教だったという。
ただ、キリストの名はださないだけで、仏教の話の内容や絵はキリスト教にそっくりであり、観音菩薩はマリヤ様をモデルにしているという。
俺は、刑務所の中で神を声を聞いた
「藤木竜夫よ。お前は死ぬよりも、私と一緒に生きながら更生し、これから私と共に歩むのだ」という声を聞いたことも話した。
不思議そうな顔をする人、ぽかんとしたような表情の人さえいる。
無理もないだろう。元アウトロー麻薬の売人で、自ら麻薬中毒だったこの俺が、人の会衆を前に堂々と語っているんだから、奇跡と以外言いようがない。
そして、最後に俺は、更生施設を作りたいということも話した。
人間誰でも罪を犯す可能性、いや危険性はある。
昔は、そういう人はいわゆるヤンキーや暴走族が多かったが、今はアーレフ(オウム真理教)のような一見良い家庭の優等生が殺人を犯す時代なのだ。
時代が自由になりすぎているせいもある。たとえば、家に引きこもっても、インターネットやSNSなどで、外界とコミュニケーションをとれるのだから。
ただ女性の場合は、つきあう相手が麻薬をしていた。最初は止めていたが、気が付くと自分も麻薬に手を出し、中毒になっていたというケースが多い。
女子刑務所に服役している人の全員が、男からみ、そのうち半分は既婚者。
昔と違う点は、今は窃盗などはめっきり減り、服役者の八割が、麻薬中毒である。
「麻薬やめますか、人間やめますか」のメッセージ通り、一度でも麻薬をすると脳に異常がでて、社会復帰は難しくなる。社会的信用を失った人間は、一般社会では生きにくいのである。
実際、家族でさえ育児の難しい生まれながらのダウン症や発達障害者だと、努力次第で報われることもあるが、麻薬中毒だけは犯罪者なので、救いがないのである。
百人の会衆は皆、俺は自分でも熱演のあまり、自分が何を話しているのかもわからなくなってきた。
しかし、俺の熱意は通じたのだろう。やはり、耳を澄まして真剣な表情で、アウトロー時代とは別人の如く、今はすっかり穏やかになった俺の目をみて聞いてくれる人が多かった。
最初は好奇心半分で聞いていた、最後列の一般入場者も、徐々に対岸の火事のように、他人事ではないことに気付いたのだろう。
眉をひそめながらも、腕組みをして聞いていた。
拍手喝采を浴び、謝礼の喜びの余韻をあとにして俺は実家に着いた。
俺の講演の録音テープを渡し、一部始終をおかんに話すと、おかんは俺の小学校以来の大好物、おかん特製いかの天ぷらを揚げ始めた。
揚げるとき、水はねしないように最初にゆでたいかに、片栗粉とガーリック、醤油、刻み葱を混ぜたてんぷら衣をつけて揚げるのである。冷めても十分美味しいが、揚げたてを大根おろしで食べる、さくさく感は格別であり、まさにおかんの愛情がこもっている。
「こんな幸せな気分になったのは、たっちゃんが小学校六年のとき、運動会の徒競走で一位になったとき以来だね」
おかんも、俺と一緒にいかのてんぷらを美味しそうにほおばっている。
「覚えてるかい。あのときもこうやって、二人きりでいかの天ぷらで祝ったものだね。ちょうど、二十三年ぶりだね」
俺は、心の底がじわりとしてあったかい気分になった。
「俺は、神の兵士としてこれから生きていくよ。これ、講演の謝礼で買ったおかんの大好物の栗入り饅頭。でも食べすぎちゃダメだよ」
「うわっ、私が二十三年前、食べすぎてちょっぴりふっくらしたことを、まだ覚えててくれてたんだね。私は今まで神なんていないと思っていたけど、この頃はたっちゃんの影響で神を信じてみようと思うの」
俺は、心底嬉しく、自分の存在が誇らしくなった。
「嬉しいな。俺は自ら開拓教会を始めようと思うんだ。そこでだ。日曜日の昼間だけ、おかんの経営しているカラオケ居酒屋を貸してほしいんだ」
おかんは怪訝そうに言った。
「キリスト教会っていうのは、パイプオルガンがあったり、ステンドグラスの礼拝堂があったりするものだけど、こんな居酒屋でもいいのかい?」
「教会は建物じゃないよ。どんなに立派な建物でも、なかにイエス様がいなければそれは教会とはいえないんだよ。俺はイエスの為に働きたいんだ」
おかんは、納得したように言った。
「日曜の昼間だったら、喜んで解放するけどね。でも、夕方五時からは営業だよ。それまでに、礼拝とやらを終わらせてくれなきゃダメだよ」
「OK。礼拝は一時間半で終わるからね。おかんも出席するかい?」
「もちろんだよ。たっちゃんがイエスとやらによって、ここまで変えられたんだから、私が真っ先に出席すべきだよね」
嬉しかった。俺はおかんと一緒に、神に感謝の祈りを捧げた。
「さあ、礼拝を始めます。神様、この一週間無事に過ごさせていただいたことを、感謝します。神様はどんな人でも、優等生でも、たとえ罪にどっぷりと浸かった人でも、そうでない人でも、分け隔てなく愛して下さいます」
いつも通り祈りで始まる礼拝だが、神学校の同級生やその友人が出席してくれるようになった。
俺の教会は口コミで伝わり、今では元非行少年やその親、前科者もときどきやってくる。
変にオドオドせずに、素顔をさらけ出せるところが魅力だそうだ。
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