第8話 反省は一人でもできるが、更生は一人ではできない
警官曰く「不良からアウトローになったとは聞いていたが、全く人相も変わり、奇跡が起こったとしかいいようがない。こんなことは前代未聞である」
それから一週間後、俺はその警官から、今度開催される、非行防止取り組み運動の講演に参加してほしいと依頼された。
主催者は、もちろん警視庁、メイン司会は警視総監、ゲストは生活安全課課長となんとこの俺、更生者の代表として、会衆に講演してほしいと。
えっ俺が? しかし、前科者の元アウトローを呼ぶとは前代未聞の初のこころみである。
約百人くらいが、集まる予定だという。
みな、俺の過去を聞いて驚くだろう。なかには、恐怖感を感じ、途中で逃げるように退席する人もいるかもしれない。
しかし、俺は正直に語るしかないと覚悟を決めた。きれいごとの嘘をついても見透かされそうだし、なにより警官が俺の過去をみなご存じなのだから。
「なくそう非行 犯罪から守ろう 非行からの立ち直り、犯罪者からの更生」
黄色いのぼりが風に舞う公民館には、警察関係の重々しい雰囲気と、わが子の救いを求める涙のような悲劇的な雰囲気が、奇妙にミックスし、恐怖の末の悲しみのような雰囲気が漂っている。
深刻な顔をした保護司が前列を陣取り、その後ろには非行に走った子供をもつ親の涙顔、そして最後列には、Vシネマを鑑賞するような、半ば興味本位に集まった一般人だ。
警視総監から、昨今の非行の低年齢化と残虐性と多様性、そしてその検挙率が発表された。さすが、日本の警察は検挙率世界一を誇っているが、こうも予測もつかない犯罪が勃発的に起こると、自信喪失気味になり、不安さえ感じる。
生活安全課課長からは、非行防止対策が述べられた。
一日のうちで少しでいいから、親子で過ごせる時間をもつこと、できるなら一緒の家事をし、人生の先輩として、効率のよい家事のノウハウを子供に教えること、成績をうるさく干渉しないこと、子供の前では飲酒、喫煙は控えること、子供は親の言いつけよりも、背中を見て育つので、子供を変えたかったら、親自身が変わらねばならないことー言葉遣い、生活態度、人間性を改めること、ホームレスを軽蔑するような発言は、控えることなどを述べた。
しかし、これには反対意見がでた。というのは、昨今起こった父親殺しの娘は、前日まで家族全員でテレビを鑑賞し、自らカレーライスをつくっていたのだから。
それに、親の強制で新興宗教に入信させられ、ぐれた子もいる。
やはり、成績が良くないと就職先は難しい。
商売上、飲酒や麻雀はやむをえないこと。
唯一、納得されたのは、ホームレスを軽蔑した発言「勉強しなかったら、ああなっちゃうよ」を言わないことくらいだった。
要するにどの意見も、側面的には正しいが、すべてに通用するという真実性はなかった。
時代はどんどん変わり、それに伴い家庭環境も変化していく。何が正解なのかは、その当人のこれからの生き方でないとわからないのだ。
ただひとつ言えることは、この頃は少子化のせいか、ヤンキーというは減り、代わりに内向的な子が増加しつつあるという。おとなしいと思っていた子が、ある日突然爆発する、そんな時代がきている。
大阪の小学校の教師殺しのように、ゲームばかりしていた不登校の十七歳の子が、突発的に小学校五年のときの担任を殺す。
隣に存在しているおとなしめの人が、急に何をやらかすかわからない、先の見えない混沌とした時代である。
保護司や一般人のディスカッションのあと、俺の意見を述べる番がやってきた。
俺は今の日本には、更生施設が足りないという事実を訴えた。
俺たちの時代と違い、今はいわゆるおとなしめの子が犯罪を犯す時代、そして暴走族というのがなくなりつつある。
いわゆるまじめと悪のボーダーラインが、あいまいになってきているのだ。
ということは、いつ犯罪加害者が生まれるかもしれないし、案外、いじめや虐待の被害者が今度は社会に復讐するかのように、加害者もしくはその家族になるのかわからない時代に、突入しているということだ。
しかし、今までの日本は罪を犯しても、家族間で解決するのが常識であったが、核家族が増加し、その常識の壁が崩壊しつつある今、更生施設が必要となってくる。
そういえば、昔はおじいちゃんやおばあちゃんが庇ってくれることもあった。
これは、現在の俺の意見だが、俺は自分の生い立ちをも話した。
中学校のときのワルぶり、高校を喧嘩で三か月以内に中退し、暴走族を飛び越えてアウトローになった話。
アウトローの話は、皆、目を皿のようにして興味津々で聞いて下さった。
そりゃそうだろう。滅多に聞ける話じゃないんだから。Vシネマにあるのとは全く違うドラマ性などみじんも感じられない、過酷一辺倒の話、想像を絶する闇の世界。
しかし、アウトロー世界でも長所はある。
約束は必ず守る、時間には十秒も遅れない、人の奥さんとは二人きりで会わないなど、礼儀を重んじる部分はある。その礼儀正しさは、一般世間よりも厳しいくらいである。
もちろん、麻薬の話もした。アウトロー雑誌などで知識を得ている人は、何人かはいるだろうが、俺のように実際に携わった者が語ると、迫力がある。
麻薬の恐ろしさ、悲惨さが伝わったのだろうか。身震いしたり、涙を流す人もいた。
そんな俺がなぜ、ここまで這い上がったのか。
これは道徳のような理屈ではく、イエスキリストの力以外、なにものでもないのである。
人間の心と身体は一つではなく、肉体をもった身体は心を裏切ってしまう。してはいけないと思いつつも、辞められないということは誰にでもあることだろう。
しかし、イエスキリストは今も生きておられて、いつも自分を見守り、正しい道へと導いて下さる。
あるときは、自分の後ろに立ってバックアップして励まし、あるときは横に寄り添い、必要な知恵を与えて下さり、またあるときは前に立って、自分の進むべき道標べを与えて下さる。
まさに反省は一人でもできるば、更生は一人ではできず、イエスキリストの力が必要であるということを熱弁した。
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