第7話 私にないものー学歴、職歴、右手の小指
元アウトローというマイナスからの人生が、逆転ホームランになる日が訪れる。
俺はそう確信した。
その日の夜、俺は神の声を聞いたのだ。
「藤木竜夫よ。私はお前が死ぬことを願っていない。更生して、これからは私のために生きるのだ」
「たとえ、罪を犯した者であっても、自分の犯した罪を離れ、私のすべての律法を守り、公正と正義を行うなら、死ぬことはなく必ず生きる。彼が犯した過去の罪はすべて忘れられ、正しい生活によって生きるようになる」(エゼキエル18:21-22)
俺と同類の奴、いや兄弟(キリスト教においては、兄弟姉妹である)が、菅田牧師のところにやってきた。
広域アウトローの一員だった彼ー有賀は、闇金の取り立てなどをしていたが、弱い者いじめの生き方に疑問を感じ、脱退したが、菅田牧師の著書に感動し、できたら菅田牧師のような生き方にチェンジしたいと思い、近郊から訪れたのだった。
いくら代紋の有名な広域アウトローに所属しても、脱退すれば土方くらいしか道はない。彼はその中で真面目に肉体労働していたが、周りの話というと、女とギャンブルの話ばかり。
しかし、そんな環境においてもいちばん大切なのは、愛であると気づき、菅田牧師の弟子になろうと決心したらしい。まあいわば、同業者である。
俺たちは、プレハブ小屋に寝泊まりしながら、イエスキリストを求め、菅田牧師の指導を受けることになった。
しかし、意外なことに、クリスチャンとアウトローとは自分のエゴイズムを捨ててまで、別のものに仕えるという点では、共通点がいくつかあった。
自分を捨てるところーアウトロー時代は組長の命令が絶対であり、白いカラスが飛ぶ(カラスは元々ブラックだが、親分が清廉潔白だといえば、それが通用し、その通り実行する)の世界だったが、クリスチャンは、自我に死ね、自我を捨てろ、自我が砕かれろの世界である。ただ、キリストのみに従っていくのだ。
そして、呼び方もクリスチャンは兄弟姉妹だが、アウトローはアニキ、姉御である。
ただひとつ大きく違う点は、クリスチャンはイエスキリストに従い、アウトローは親分に従うといった方向性が天と地ほど違うということだ。
そして、クリスチャンは天国にいっても永遠、アウトローは利用価値がなくなれば捨てられ、野垂れ死にという結末が待っている。
アウトローのなかには、アウトローを辞めてから必死で努力し。一般社会へと這い上がろうとした人もいるようだが、失敗に終わるという。
でも、神と共にならやり直せるに違いない。
真夏のプレハブ小屋は暑苦しい。いくら居候の身とはいえ、やはり実家が恋しくなる。
おかんは、俺が回心したことを、大変喜んでいた。
俺は目つきも顔つきも、アウトロー時代から一変して穏やかになっていた。おかんでさえ、再会したとき、これが我が息子とは気づかなかったくらいである。
おかんは、以前はスナックを経営していたが、この不況の折でカラオケ居酒屋に転向した。
一度行ってみたいが、修業中の身ではたとえ実家でも、そのような自由は許されない。
しかし、俺はきっぱりと確信した。このイエスキリストしか俺を救ってくれる道はないと。イエスというのは、当時ユダヤではありふれた名前、キリストというのは救い主という意味であるという。
おかんの心配をよそに、中学のときから俺は非行に走り、暴走族を飛び越え、アウトローの道へ直行した。
この過去は消せるはずはないが、イエスキリストという修正液を上に塗ることはできる。今、おかんは俺が、キリストを信仰していることを喜んでいる。
おかんの愛は、昔も今も変わらない。しかし、現実に俺を立ち直らせてくれたのはイエスキリストである。
俺は、キリストのしもべになろうと決心し、菅田牧師を見習い、神学校に入学することにした。
神学校に入学願書を出しにいった帰り、パトカーが止まっていた。
なんでも麻薬中毒者が、あるマンションの一室に籠城しているというのだ。
相手は刃物を持っているという。警察さえも、手出しはできないパニック状態の真っ最中。あっ、警官の顔に見覚えがある。中学のとき、俺を補導した警官だ。しかし、当人である警官の方は、俺に全く気付いていない。やはり人相が穏やかになったせいだろうか。
俺は思い切ってその警官に、犯人のことを聞いてみた。
なんと、相手は俺の元手下で、俺より先に破門になった出来の悪い奴である。
たぶん行き場がなくて、拉致監禁という行動に走ったのだろう。
そのときだ、神の声が聞こえてきた。
「恐れるな。私はあなたと共にいる。たじろぐな。私はあなたを見捨てない」
(聖書)
俺はがぜん勇気がわいて、一大決心をした。
「おーい。そんなところに立てこもっていないで、出て来い」
警官が止めるのも聞かず、俺はマンションのドアを開けた。
うしろから警官が追いかけてくる。しかし俺はそんなことより、一刻も早く奴の犯行を止めることの方が先決だった。
人質になっているのは、小学生の子供二人であり、全身ブルブルと震えている。
「こら、出て来い」
と怒鳴った途端、奴は俺にナイフを向けた。
仕方ないだろう。俺は奴をリンチに合わせたことがあったのだから。そのときの復讐だと思えば納得がいく。
しかし、喧嘩は俺の方が上等だ。俺は奴からナイフを奪い取り、尻を蹴り上げ、マンションの部屋の外に放り出した。駆け付けた警官が、奴に手錠をかけたのは、いうまでもない。
俺は警察から感謝状がでかかったが、辞退した。
そのかわり、俺みたいな元アウトローでも立ち直れるという事実を、公衆の面前で証明してくれと言われた。
その日の夕刊に俺は「元アウトロー 麻薬籠城者を救い出す」という見出しで、写真付きで掲載された。
おかんが、涙を流して喜んでいる隣で、中学のとき俺を補導した警官は、信じられない、不思議なことがあるものだと怪訝な顔で、首を傾げていた。
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