第4話 地獄の泥沼にどっぷり
蛇の道は蛇とはよく言ったものだ。
やはり、ラクして儲けようとする悪い目的を持った人間ばかりが、俺の元に砂糖にたかる蟻のように群がってくる。
まあ、だいたいは、女に麻薬を注射して、風俗で働かせ、その金をピンハネというより、無理やり奪い取ろうとする奴が多い。
実際、女子刑務所の囚人の八割は、麻薬中毒者である。ちなみに全員が男がらみ、そのうち半数が既婚者だというが、この頃は刑務所内で腰縄をつけたまま、出産する女性もいるようである。
なかには、麻薬がやめられなくて、つけで買った挙句、踏み倒そうとする奴もいる。俺はそんな奴には、やきを入れる必要があると思っている。
一度、二万円踏み倒されたことがあった。
俺は、そいつの事務所まで出向き、さっそく呼び出しタンカを切った。
「おい、A組(俺の所属団体)をベロンする(なめる)と承知しねえぞ。これは、A組のメンツのかかった大問題だ」
そこで、俺はそいつの車とケータイを預かった。
なめ「この車とケータイは担保として預かっておく。利子、手数料も含めて二十万円、明日までに用意しろよ」
そいつは一応、おとなしく二十万円払ったので、担保の車とケータイは返してやった。
まだしも、俺が相手になめられるのは、俺個人としては許すこともできるが、A組のメンツがかかっているので、相手をびびらし、土下座させるしか方法はないのである。そうしているうちに、俺は怖いものなしになり、組長代行にまで、のし上がっていった。
俺は二十二歳のとき、元ナンバー1ホステスと結婚した。
俺の一目惚れだったが、彼女は俺についてきてくれた。
しかし、今になって思えば、彼女は俺自身を愛するというよりは、俺のもっている地位や金を必要としていたのだったに違いない。
とにかく、贅沢好きで身につけるものは、すべてブランド品でなければ気のすまない女だった。
その当時は、俺も羽振りがよかったので、彼女と裕福な暮らしをすることができ、毎晩のように、寿司や焼き肉を食べにいった。
俺はこの少々見栄っ張りの女と一生を共にし、いずれはA組の組長になってみせるぞという野心がみなぎっていた。
自分の蒔いた種ー麻薬ーはやはり、確実に自分に跳ね返ってくる。
俺は、組長代行というナンバー2の座にあったが、所詮、組長と組員の板挟みみたいなものだ。
企業でいえば中間管理職にあたる。
しかし、アウトローの世界は、個人の人権や多数決や民主主義などは、一切通用しな世界である。
あるのは、ただ組長の命令だけ。これは、絶対100%守らねばならない。
俺が組長代行になれたのは、組に多額の上納金を納めていたからだが、俺の座を狙う組員はいくらでもいる。
皆、ライバルであり、アウトローの敵は身内なのである。全く、油断もスキも許されない世界。気が許すことができるのは、高級クラブでチップをはびらせ、酒に酔っているときだけ。
それに比べれば、外部との抗争など、組が一致団結するだけまだましである。
この頃から、俺は精神的に不安定になっていた。
とにかく、不安でたまらなかったが、人前では、一切弱みを見せられないからこそ、精一杯の虚勢を張りまくっていたが、一人でいるときは、酒を飲んでいても不安でたまらない。皮肉なことに、それをまぎらわすために、麻薬売りのこの俺が、麻薬に手を出すようになった。
全く、矛盾した話である。麻薬の恐ろしさは、誰よりも俺が一番知っている筈だった。麻薬に手を出す奴ほど、馬鹿で悪質な奴はいないと思っていた。
実際、自力では辞めることはできない。容易に辞められるものなら、違法行為にはならないだろう。依存症というが、麻薬を手に入れるためなら、人殺し、いや親殺しでもする、友人を金で売ることだって平気である。
犯罪のワースト一位が麻薬、二位が昔ながらの窃盗だというが、麻薬のために窃盗、売春はあとを絶たない。
ヒモ男は、女性を麻薬で縛っておいて、売春をさせるのである。
俺は、麻薬を商売道具としても自分がやるほど落ちぶれてはいないぞ、そう、俺はあくまで金儲けのために、麻薬を販売しているだけなんだというムシのよすぎる計画は、あっけなく打ち砕かれた。
麻薬を辞めることは、一生できないだろうと自覚したとき、俺は運よく(?)逮捕された。
手錠をかけられたときは、内心ほっとして、ありがとう助かりましたと言いたいのをこらえるくらいだった。
なぜなら、刑務所に服役されているときだけは、麻薬と縁が切れるからである。
なかには、こいつだけは一緒の部屋になりたくない、こいつと同じ空気を吸いたくないと思う奴もいた。それは、レイプ犯だ。
俺は、イケ面なので、女にもてないやつの気持ちなどわかろう筈もない。
嫌がる女をいたぶるなんて、何が楽しんだろう、こう思っているのは、俺だけじゃない筈なのだが・・・
刑務所内でも、組員から届けられた特別に高価な重箱が俺の食事である。
警察の取り調べはきつかったが、俺は組のメンツを守るため、口を割らなかった。警察も、目につく顔や腕を殴ったりはしない。あくまで刺青を狙って蹴りを入れたりする。
以前なら、刑務所を出たら、組員全員が迎えにきてクラブへ直行である。
俺は三回も逮捕されたということは、組はもう俺を必要としていないんじゃないかということに、気づき始めていた。
気がついたときは、もう手のつけようがないほど、俺はひどい麻薬中毒に陥っていた。ある日、やっぱり予想通り、俺は破門を言い渡された。
しかし、内部対立で抗争の末、チャカ(拳銃)や日本刀を振り回し、お互い傷害を負わされた挙句、逃亡生活を送るはめになった、広域暴力団よりは、平穏な結末だろうと、内心安堵していた。
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